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 ミノタウロスを召喚して見張りにつけ、レッドタワーの五階層で一夜を過ごした。

 一睡もできないまま夜が明けた。

 空気の通り穴から入り込んできた日差しが、俺の顔を照らす。


 早朝からエレに精霊魔術を使ってもらい、レッドタワー周辺の音を拾ってもらった。


 予定では昼間のはずだが、クラスメイト達がここを訪ずれる時間が早まることが考えられるし、逆に遅れることも考えられる。

 もしかしたら中止になる、ということもあり得ない話ではない。

 しかしどの場合であったとしても、少しでも早くそれを察知しなくてはならない。


 手持ち袋から干し肉を取り出し、喰い千切った。

 香辛料の臭いにつられてか、ゴブリン達が寄ってくる。


 俺が召喚した牛の頭を持つ魔人、ミノタウロスが近づいてきたゴブリンを斧で狩る。

 仲間が縦に真っ二つにされ、ようやくゴブリンは目の前の魔物が、レッドタワーでは規格外の相手であることを悟る。

 慌てて逃げ出すも、ミノタウロスがその後を追う。

 すぐに追いつき、ゴブリンを縦に叩き斬る。


『しかし……カタリよ。貴様、本当に危ない魔物ばかり召喚するの』


「念じて魔導書を開けば、求める魔物が現れると言ったのはお前だろう」


『グリントロルはまだしも……ミノタウロスは、少しまずいかもしれんな。力だけならグリントロルの方が上であるが、ミノタウロスは戦闘狂である。残しておけば、カタリの標的を滅ぼしてしまうやもしれんぞ』


「それはちょっと嫌かな」


 元より、夜間の見張り役として召喚したに過ぎない。

 もう役目は果たしてもらったし、帰ってもらおう。


 俺は立ち上がり、ミノタウロスに近づく。

 

「トゥルム、帰らせるにはどうすればいい?」


『従う気があるならば、念じれば帰ってくれる。であるが、どうやらこちらの言うことを聞く気はないらしいぞ』


 ミノタウロスはゴブリンの破片に、何度も何度も斧を振りかざす。

 舌をだらしなく口許から伸ばしたまま、息を荒くしていた。興奮しているようだ。


 床のゴブリンの小指の断片を斧で砕き、それからようやく俺の方を見た。


 丸々と大きな、牛特有の目。

 もっと俺に殺させろと、目はそう語っていた。


「トゥルム、案外、人望がないみたいじゃねぇか」


 いや、魔物望と言った方が正しいのか、としょうもないことを考える。


『ふむ……これは予想外であった。この妾ともあろうものが、ミノタウロスに見縊られようとは。そこまで頭の悪い奴ではなかったと思うのだがな』


 俺も茶化したしトゥルムもそう言ったが、しかしこの場合、舐められているのは俺の方だろう。


 貴様の言うことなんぞ、なぜ俺が聞くのか。

 人間が来るのなら、俺に狩らせろ。


 ミノタウロスがからしてみれば、そんな心境か。

 しかしクラスメイトをミノタウロスに瞬殺させるなど、つまらないにもほどがある。

 そんなことで、俺の気は晴れない。

 家族を焼き殺され我が身を闇に落とし、その対価があいつらの安らかな死なら、そんなバカげた話はない。


「退いてくれ、ミノタウロス。昨夜は守ってくれてありがとう、助かった」


 声を掛けると、ミノタウロスは涎を垂らしながら、斧を持つ手を振り上げた。

 そのまま俺に向かい、突進して来る。


「ブォォオオオオオッ!」


 どうやら意地でも帰らないつもりらしい。

 まさか、召喚者に武器を向けるとは思わなかった。

 これからは魔物の扱いにもう少し気を付けねばならない。

 こんな相手だとわかっていれば、一晩守りを任せることはなかった。


「その蔦は地の果てから天にまで伸び、やがては神々を穿つ一本の槍となった。禁魔術、『魔界庭園の暴れ者オルトゥムアリムヘデラ』」


 俺の周囲から図太い蔦が伸び、ミノタウロスを襲う。

 ミノタウロスは斧を振り回し、蔦を切断する。

 が、しかし、蔦の動きにフェイントを交え、数の暴力でミノタウロスに絡みつき、動きを縛った。

 俺まで数歩及ばず、ミノタウロスはその四肢を蔦に封じられる。


「トゥルム、話が違うぞ」


『妾も予想外であった。ミノタウロスに見縊られるほど、今の妾が落ちぶれているとは思わなんだ。次から召喚前に、魔物の性格を教えておく必要があるかもしれんな』


 ミノタウロスは諦め悪く、手足の筋肉を膨らましながら足掻く。

 ダラダラと口から垂らされる涎が、床に小さな水溜りを作っていた。


 首を絞めてトドメを刺そうと、俺は天井に魔法陣を浮かべる。

 ミノタウロスの頭上からも蔦が伸び、図太い魔人の首を狙う。


『む、気をつけろ! まだ終わっておらんぞ!』


「ブゥモォォオオオオオオッ!」


 ミノタウロスががむしゃらに身体を動かす。

 押し負けた蔦の拘束が緩み、振り解かれる。

 自由になったミノタウロスの腕が斧を振るい、迫りくる蔦を薙ぎ払う。


 そして斧を構え、また俺に向かい飛び込んでくる。

 タフな奴だ。


『まずい! 蔦ももう読まれておるし、『破滅の豪炎ペルデルスフィア』でもこいつの動きを止めることは難しいぞ!』


 俺は片手で魔導書を捲り、ミノタウロスの頭へと手を向ける。


「その者が通るとき、人間だけでなく小動物や草木はおろか、秩序なき混沌さえもが頭を地に着け、ただ震えてその者が過ぎて行くのを待っていた。禁魔術、『万物の王アザトゥース』」


 魔法陣が浮かび、ミノタウロスが俺の目前で動かなくなる。

 そのまま少し手を伸ばし、俺はミノタウロスの頭に手を触れる。


 戦闘狂の牛魔人、ミノタウロスはその場に跪き、がくがくと震え、頭を地につけた。


 天井から蔦が伸び、無抵抗なミノタウロスの首を締めた。

 太いミノタウロスの首に蔦が喰い込んでいき、その巨体を持ち上げる。


 ミノタウロスは魂を抜かれたように抗わず、縛り首を受け入れた。

 時折上げる苦しげな声も最小限といったふうで、そしてやがて、静かにこと切れた。


「生かして帰した方が良かったか?」


『いや、そんなことはないが……しかし、随分と、魔術に慣れてきたものであるな』


 しかし、五階層にミノタウロスの死骸をぶら下げておくわけにもいかない。

 蔦に運ばせ、そのまま六階へと続く階段の上へと移動させる。


 俺が待機するのは、六階へと続く階段下だ。

 それより手前側で、余計なものを見せて警戒させるわけにはいかない。


 クラスメイト達には、六階まではすんなりと上がらせる。

 仕掛けるのはそこから上だ。


「あの、御主人様……」


「どうした、エレ?」


「その……来た、みたいです。予定より少し早いですけれど……9人、います」


 俺は、自分の口端が持ち上がるのを感じた。

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