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屋上から八階に降りる。
広間が広がっており、その中央に空っぽの大きな宝箱がある。
目印か何かなのだろう。試験のときには、中に何か入っているのかもしれない。
「ゴール地点って感じだな。どうせだから、ボスって感じの魔物を置いておいてやりたい」
蜥蜴男が数体潜んでいたのだが、大した敵ではなかった。
どうせならば、インパクトのある魔物を用意してやろう。
「トゥルム、どんな魔物だったら呼び出せる?」
『愚問であるな。妾を誰だと心得ておる。666もの悪魔と幾万もの魔物を従属させ、かつて創造主さえもを超えた、世界で最も高貴な悪魔、怨恨の王女、純粋なる破壊と狂気の……』
「前置きはいい」
『むぅ……つれんなぁ。最近、妾に冷たいぞ』
よく言ったものだ。
どこまでが冗談なのか、俺にどういった印象を持たせようとしたくてやっていることなのか、わかったものではない。
『イメージしながら、ページを捲るがいい。貴様の期待に添わせてやろう』
想像する。
俺を甚振って笑っていた黄坂の姿を、俺を騙して罠に嵌めて楽し気にしていた優の姿を、苦しんで死んでいったであろう妹と両親の最期を。
頭の中を、恨みと絶望、破壊衝動が埋めて行く。
ページを適当に捲っていたはずなのに、後ろの方で手が止まった。
『……ほう、破壊の巨人、グリントロルか。はっきり言って、たかが今回の相手にこいつを用いるのは魔力の無駄であるのだが、どうせ忠告しても退かんのだろうな』
「邪悪の化身よ、我に付き添い、従うがいい! 今この地を地獄と繋げ! 召喚、『破壊の巨人』」
広間中央に、燻った紫の光を放つ魔法陣が浮かび上がる。
やがてそれは血の赤へと変わり、それと同時に身長3メートル近くはある、淀んで緑がかった水のような色の体表を持つ、巨大な醜い男が現れた。
身体はひきしまっいて筋肉の塊のようだが、身体中に緑の血管らしきものがボコボコと浮かび上がっており、見ていて気分が悪くなりそうだった。
顔は叩き潰されたようにひしゃげており、鼻も折れ曲がっており、先端が唇とくっついている。
元からこんなおぞましい顔なのか、後からそうなったのかは見ていてもよくわからなかった。
「ヴァルブゥ……グルジャァァァアアッ!」
俺を見つけると、グリントロルは大声を上げて叫んだ。
「……こいつ、俺に襲いかかってこないだろうな」
『妾を持っている限りは、下手に歯向かいはせんであろう』
本当に頑丈そうなバケモノだ。
これをあいつらにぶつける。そう考えただけでゾクゾクした。
泣き叫びながら逃げ回る様が、目に浮かぶようだ。
「結局誰が来ることになるのか、楽しみだ」
黄坂に来てほしいが、扱いやすい人間を選ぶという方向になっているようだったので、あいつが来ることは考え辛い。
なかなか向こうでも選定が難航していたようで、結局確実に先回りするため早めに王都を出たので、メンバーは把握できていない。
学級委員長であった国木田が来そうだと、そのことだけだ。
それから七階へ降り、図面を見ているエレに先導してもらい、入り組んだ通路を最短経路で進んで六階に降り、そのまま五階へ続く降り階段まで移動する。
道中にも、魔法でいくつか軽い罠を仕掛けておく。
『グリントロルを出したのだから、七階六階にももっと魔力を割くのかと思ったのだが……案外、節約しておるのだな』
「そっちの方がトゥルムは嬉しいんだろ」
『ではあるが…六階から七階へ上がる階段は、三つあるはずであろう。結局、その辺りの対策が不十分なのではないか?』
「問題ねぇよ。しっかり、考えてあるさ」
『だといいのが。妾らの存在が明るみになり、貴様とダークエルフがまとめてとっ捕まるなんてオチだけはやめてほしいのでな』
五階と六階を繋ぐ階段のすぐ上の通路には、左端に空気穴がついている。
俺は空気穴のすぐ下の赤煉瓦にへと手を向ける。
「破壊よ、我が元に集いて炎を象れ。禁魔術、『破滅の豪炎』」
真っ赤な光の玉が俺の手を離れ、壁へと当たる。
すっと壁に入り込むように消えたその刹那、破壊音と同時に壁に大穴が開く。
『お、おい妾の下僕よ! こっちから逃げ道を作ってやってどうするのだ!』
「飛んで逃げられる相手がいるかどうか、ここで見極めておきたくてさ。五階と六階を繋ぐ階段はここしかないから、向こうの動きをコントロールしやすくて丁度いい」
わざと逃げ道を作り、飛んで降りられる人間を炙り出し、先に潰しておく。
それが一番手っ取り早い。
『あ、ああ、そういうことであるか』
魔導書をまたペラペラと捲り、感性で今必要な魔物の召喚魔法陣のあるページを探り当てる。
「邪悪の化身よ、我に付き添い、従うがいい! 今この地を地獄と繋げ! 召喚、『八足の暗殺者』」
白い、大きな蜘蛛が俺の目前に現れた。
大蜘蛛は召喚されてすぐ、視界に入ったゴブリンを追って素早く移動し始めた。
気付いたゴブリンが逃げようとするが、大蜘蛛は一気にスピードを上げてゴブリンに追いつき、糸で絡めて動きを封じる。
それからガブリ、頭を丸かじりにした。白い糸に身体を覆われている、頭部のないゴブリンの死体がその場に転がる。
そのまま大蜘蛛はゴブリンの腹に歯を立て、内臓を引っ張りだして喰らう。
しゃく、しゃくしゃく、しゃっく。
しゃくしゃく、しゃっくしゃっく、しゃっくしゃっくしゃっく。
それは妙に耳に付いて気味の悪い音で、エレはぶるりと身体を震わせていた。
しかし、俺は自然と自分の顔が弛緩するを感じていた。
いける。
この魔物ならば、外へと誰かを取り逃がしたりはしない。
「おいっ!」
俺が声を掛けると、蜘蛛は口に咥えたピンクの腸を引き摺り出しながらこちらを振り返った。
ゴブリンの身体からずるずると腸を引き離しながら、咥えた腸を引き摺ってこっちへと向かってくる。
エレが小さく悲鳴を上げ、俺を守ろうとするかのように前へと飛び出し、手を広げる。
それ……俺が呼んだ助っ人なんだけどな、と少し可笑しく思う。
ガタガタと震えているエレの肩に手を置き、彼女の前に立つ。
「穴の外に隠れて、そこから逃げる者がいたら捕らえてくれ」
俺が命令すると、大蜘蛛の頭部がこくりと頷いた。
それから一気に引き摺っていた腸を、麺でも啜るようにちゅるちゅると口の中に収め、辺りを血で汚した。
食べ終わった後、白い大蜘蛛の身体が赤茶色へと変化していく。
煉瓦に溶け込み、隠れられるためだろう。
変色が完了すると長い脚で床を這い、穴から外に出て、壁に外側から張り付いていた。
俺はゴブリンの無残な亡骸へと近づく。
その小さな肩を掴み、持ち上げる。俺の身体にもゴブリンの血が垂れてくる。
頭を丸齧りにされ、身体中を蜘蛛の糸に巻き付かれ、腹を喰い破られ、内臓をほとんど喰い荒らされている。
これがクラスのあいつらだと思うと、口許がついにやけてくる。
「はは……はは、ははは……」
惨死体を持ち上げて笑っているところなど、とでもないがメアリーには見せられない。
彼女がついて来なくて良かった。
俺は亡骸をそっと足許に置き、エレと共に五階に降りる。
これで、準備はほとんど整った。
後はこの五階で、明日の昼にあいつらがのこのことやってくるのを待つだけだ。
俺が床に座ると、エレも俺のすぐ右横にすっと座った。
「ありがとう。俺は左目が見えないから、左側に来られると落ち着かないんだ」
「ええ、存じております。エレは、ずっと御主人様のことを見ていますから。メアリーさんは、御主人様の素振りに気付いていない様子で、よく左側に立っていますよね。エレはメアリーさんとは違って、御主人様のこと、わかっていますから!」
喋っている内に熱が入ったのか、だんだんとエレは早口になっていく。
エレは可愛らしいし、好かれていて悪い気はしない。
けれど、なんとなく罪悪感に似た感情が湧く。
エレは、俺がエレを助けるためにあの地下の見世物で殺戮を行ったのだと、そう狂信している。
しかし実情は違うし、そのことを言い聞かせてもまるで理解してくれない。
俺はただ、あのときの拷問の様子を見て虐められていた頃の記憶や、マンドラゴラ達が惨殺される光景がフラッシュバックを起こし、そのまま魔導書に駆り立てられるように死体の山を築き上げたに過ぎないのだ。
色々と考えごとを巡らせていると、エレが不安気に俺の顔を覗き込んでくる。
「あの……何か、エレに至らないところでも……」
俺が神妙な顔をしていたので、自分が何か不手際をしたのではないかと考えたらしい。
最近、どうにもならないことにばかり頭を悩ませているような気がする。
「……あいつら、殺さないと」
何か言わなくては思い、誤魔化すように口に出た言葉がそれだった。
我ながら、どうかしていると思う。
エレは少し驚いたように口をぽかんと開け、しかしすぐにそれをきゅっと閉める。
「エレも、お手伝いしますから」
「……頼りにしてるよ」
仮眠を取ろうかと考えていたのだが、まったく眠たくならなかった。
最後にゆっくりと心地良く眠られたのはいつのことだろうと考え、久々に登校する前日だったな、と思い返す。
優と知り合ったのは幼稚園の頃だった。
近いけれど、だからこそ一定の距離を保っている。そんな繊細な関係だった。
少なくとも、俺はそう思っていた。
そんな優からの、強引で急な接吻。
俺が高校に行くと言い、一番喜んでくれたのが妹の麻衣だったかな。
ちょっと恥ずかしくて、かなり情けなくて、それでも不思議と悪い気分ではなかった。
新しい学生生活への希望を胸に被った毛布がとても心地良かったことを、今でもよく覚えている。
あいつら、殺さないと。
さっき無意識に口から零れた言葉を、今度は意識的に強く脳に刻み込む。
今夜も、眠れそうにない。




