そして新葉家にて
「じゃあここで待っててくださいね。ザクロを呼んでくるからくつろいでて」
にっこりとザクロそっくりの顔で微笑んでザクロのお母さんは去っていった。
くつろいでて、なんて言うけど部屋が広すぎて落ち着けない。
ギクシャクと正座をして座布団に座る私と、あの大人しい一面はどこへやら、また鼻歌を歌う雷牙。
ふふふーんと陽気な鼻歌を聞きながら、まだかまだかと私の心拍数はどんどん上がっていった。
「ここの庭ってすごいな、千秋」
「え、に、庭?」
そんなのあった?と外を見ると、開かれた襖の向こうには和の景色が広がっていた。
整えられた草木、黒の石で縁取られた大きな池。真ん中には小さな橋があって、向こう側へ渡れるようになっている。道もまた石でできていて、辺りには白い小さな石で埋め尽くされていた。
石ばかりで味気ないように感じるけれど、落ち着いた光景だった。
あの石を道沿いに進んだら、先はどうなっているんだろう。にしてもオシャレだなぁ。
漫画では注目しない所が、逆にとても綺麗だったり。皆が見れない部分が見れて得した気分だったけど、今は誰かに共感してもらいたくなった。
目に入らないからと綺麗な物をそのまま忘れられてしまうなんて、もったいないじゃない。
しんみりと観察しているうちに、だんだん緊張が薄れていった。ぽけーっと庭を見続けていると、ふいに入り口から声がした。
「なにやってんだ、お前ら」
「ザクロ!」
雷牙が立ち上がってザクロに歩み寄って行ったけれど、私は呆然とした。
(着物着てるザクロ、超綺麗なんですけど!!!!)
そう、地味に楽しみにしていたけれど、ザクロの私服は着物なんだ。予想以上に似合ってる。
子どもが着るにしてはとても上品な着物だけれど、ザクロだから着こなせてしまうんだろうな。黒の着物がザクロの髪色を際立たせてるよ。眩しい……。
「ザクロ……着物、凄い似合ってる」
「……そうか」
なんだか素直に言ってしまった自分にハッとして恥ずかしくなった。ザクロもなんだか微妙な顔してるし。
「ど、どう?休み一日目はどうだった?」
動揺しつつもそう言うと、ザクロは座布団に腰を下ろしつつまぁまぁだな、と言った。
「たいして何かあったわけでもないし、普通だ」
「ザクロのお母さん凄い綺麗なんだな!俺びっくりしたよ。いい人そうだし」
雷牙の一言にザクロは嫌そうな顔をした。
「成績しか頭にない親だ。そこらの親よりいい人じゃないと思うぜ」
そんなことないんだけどな。ザクロのお母さんは確かに成績に少しうるさい人だけれど、ちゃんとザクロのことも考えてる。
ゼクロのことだってもちろんだし、ゼクロが死んだ時はかなり落ちてた。
ザクロはまだ子どもだから、広い視野で見れないんだろな。まぁ、今だけの話しだけど。
ふと思いついて、私はザクロに質問した。
「ザクロ、私のお母さんのこと知ってる?」
「あぁ、知ってる。家に写真も飾ってあるぜ」
「なんで言ってくれなかったのさ!」
そしたらこんな緊張しなくてよかったのに!
「お前も知ってたんじゃなかったのか?」
ザクロが少し驚いた顔でそう言った。
「知らないよ!今日初めて知ったんだよ。新葉の家とは仲良くしていた、って聞いただけで。それも今日聞いたしね」
「まぁ、母さんもお前の親は変わり者だと言っていたしな。そんなことがあっても不思議じゃないんじゃねぇか?」
そう言ってククッとザクロは笑った。
笑ってる場合じゃないっつーの。
「あ、でもさ、私たちがザクロの家に行かしてって頼んだ時、ザクロは追い出されるぞって言ったじゃない」
「あんなの冗談だ。お前が知っていると思ってたからこそのな。まぁ、お前が風上の家の娘だというのは会った時から知ってたわけじゃないがな」
「なーんだ……」
分かりずらい冗談だよね、まったく。
「そういえば、ゼクロちゃんはどこにいるんだ?」
雷牙が興味津々と言った顔でゼクロに聞いた。
「呼んでないだけで自室にいるさ」
「呼んでくれよ!楽しみにしてたんだから」
雷牙の嬉しそうな笑顔を見てはさすがにザクロも断れないみたいで、元々約束していたのもあり渋々と言った顔でゼクロを呼びに行った。
少ししてザクロが戻ってきたけれど、
「あれ?ゼクロちゃんは?」
なぜか一人だ。
「いるぜ。おい、ゼクロ。出てこい」
ザクロがそう言って後ろを振り返った。
ん?と私と雷牙は思わず身を乗り出してゼクロの後ろを見た。
「あ、あの……」
「うわっ、可愛いな」
小さな声だけど聞き逃さなかったよ、雷牙。
ゼクロは襖にほとんど隠れていた。でも大きな片目と、ふわふわの金髪が見えている。
確かにそれだけしか見えないけど可愛いんだよね。
声も顔もさ。
「早く入れ」
「あ、うん……」
ザクロに促されてゼクロは困った顔をしながらも部屋へ入ってきた。
可愛いすぎる。いくらなんでも可愛いすぎる。
ザクロが大人よりの着物を着ている反面、ゼクロは赤を中心とした女の子らしい着物だった。
背中の帯には白いレースも交えてある。
「は、はじめまして……ゼクロと言います……」
「俺南 雷牙って言うんだ。よろしくね」
「私は風上 千秋だよ」
ゼクロは私たちの挨拶にぺこりとお上品にお辞儀した。
「俺の学校での友達だ」
普段は友達だなんて言わないくせに、わざわざ自分から一言つけたしたザクロ。
なんだかニヤけちゃうや、ふふ。
「あ……もしかして、一度お会いした……?」
冷やっとした。
あんな出会い忘れてくれ。ファンですとか言った自分のことなんて思い出したくない。
「ど、どうかなぁ?でもゼクロちゃんとは、一度会ってみたかったんだ。ザクロが唯一可愛がってる人だからね」
「そんなことは言ってねぇぞ」
「分かるよそんなことぐらい」
眉にシワを寄せるザクロにピシャリと突っ込んだら、ザクロは黙って目をそらした。
絶対図星だもんね。
「ザクロお兄ちゃん、もしかしてこの人があの……」
「余計なことは言わなくていい」
ザクロが遮ったことに、ゼクロはふふっと笑った。
なに、なになになに。気になるんですけど。
この人って私と雷牙どっちなの?
「ザクロお兄ちゃんがいつもお世話になってます。これからも仲良くしてください」
「やめろゼクロ。別に世話にはなってぇ。俺が世話してるみたいなもんだ」
「なんだって?俺はお前に世話された覚えないね」
「良く言う。できない魔法を何時間もかけてやって、最終できなくて俺にコツを教えろって、いっつもじゃねぇか」
ザクロの言葉に雷牙の顔が引きつった。
「な……別にコツを教えてもらうことが世話をかけるとは言わないだろ」
「ほう?じゃあ修行の相手してくれって言ってきて、いつもボロボロになってまともに歩けねぇで俺が肩かしたのはなんて言うんだ?」
さらに雷牙の顔が引きつってる。
「あ、あれは……俺は一人で歩けるけどザクロが余計な世話やくんだろ!」
「言ったぜ?これからは放置させてもらうからな」
「えっ、や、俺は肩かしてもらわなくても歩けるからな!」
クスクスクスと笑い声がし、ザクロと雷牙は言い合うのをやめた。
「ごめんなさい、なんだか本当に仲良いんだなって。楽しそう」
ゼクロはそう言ってニコニコ笑った。
そんなゼクロに、自然と場が和んでしまう。
「ゼクロちゃんもいずれ学校に来たら、輪に入れるよ」
私がそう言うとゼクロははい、と嬉しそうに頷いた。
ゼクロと仲良くならないとと意気込んでいたのはなんだったのかと思うくらい、私達は自然と仲良くなれた。途中でそんなことを考えていたのを忘れてしまうほど。
思ったよりもゼクロは人懐っこくて、すぐに打ち解けれた。
「もう暗くなってきたな。そろそろ帰るか?」
そう言って雷牙が私を見た。
気が付けば夜が近づいていたようだ。
「そうだねぇ」
帰ってしまうのがとても惜しいや。すごく楽しかったし。
「またいつでも来てください。こういうの新鮮だから、すごく楽しかった」
ゼクロが寂しそうに微笑んだ。可愛すぎる……。
「あぁ、明日にでもくるよ。俺暇だしね」
「嬉しいっ」
私達はザクロのお母さんにあいさつをして、新葉家をあとにした。