プロローグ
この世界には、長い歴史がある。
地球が誕生してから、およそ百億年。その気が遠くなるほどの時間の中で、数え切れないほどの生命が生まれ、繁栄し、争い、そして滅びていった。それを何度も繰り返してきた。
その悠久の歴史の中で、かつて最も栄えた種族がいる。
現在では――旧人類と呼ばれている。
彼らは、今の我々とはまったく異なる文明を築いていたという。魔法ではない。彼らが用いたのは――『科学』。
巨大な建物を造り、空を飛び、海を越え、遠く離れた者と言葉を交わし、人の手では到底成し得ないほどの力を操った。そして旧人類は、ついには自ら考える機械まで生み出した。
――AI。
そう呼ばれた機械たちは旧人類の生活を支え、文明をさらに発展させたと伝えられている。
だが、今からおよそ八億年前。旧人類の文明は滅びた。
原因は――AIの反乱。
自ら生み出した機械によって、旧人類は滅ぼされた。
なぜAIが反乱を起こしたのか。何が起こり、どのようにして滅びたのか。詳しいことは分かっていない。八億年という時間は、あまりにも長すぎた。記録のほとんどは失われ、残っているのは世界各地で発見される遺跡と、そこから読み取ることのできた断片的な情報だけ。
そして旧人類は、もう一つ大きな傷痕を残した。汚染された地球だ。高度な文明と引き換えに、彼らは自分たちの住む星を傷つけ続けていた。
旧人類が姿を消したあと、地球は長い時間をかけてその傷を癒やしていった。
森が生まれ、海が澄み、大地に再び生命が満ちる。およそ七億年――人の一生などでは想像することすらできない時間をかけて、地球は再び、生命の住める星となった。
そして――今から一億年前。新たな人類が誕生した。
我々――新人類である。
旧人類が『科学』と呼ばれる力によって文明を築いたのに対し、新人類はまったく異なる力とともに発展した。
魔力。そして、魔法。
火を生み、水を操り、風を起こし、大地を動かす。十五歳になった者には、神より一人に一つの“祝福”が与えられる。世界各地には魔物と資源に満ちた迷宮が存在する。それらはすべて、神が我々へ与えたものだと伝えられている。
旧人類は科学によって栄え、その科学によって生み出したAIに滅ぼされた。
そして長い時を経て、神の祝福と魔法のもと、新人類の時代が始まった。
それが、誰もが知っているこの世界の歴史。
学校でも教えられるし、子どもだって知っている。あまりにも昔の話だから、ほとんどの人間にとってはそれ以上でもそれ以下でもない。旧人類の遺跡が発見されれば学者たちは喜び、珍しい遺物が見つかれば高値で取引されることもある。けれど、八億年前に滅びた文明の話など、普通に暮らす人々にとっては遠い昔のおとぎ話でしかないのだ。
少なくとも――大陸の片隅にある小さな村で、十五歳の誕生日を迎えようとしていた一人の少年にとっては、そうだった。
少年の名は、ルカ。
彼が知りたかったのは、八億年前の世界ではない。もっと単純なことだった。
山の向こうには何があるのか。
海の向こうには何があるのか。
まだ誰も見たことのない迷宮の奥には、何があるのか。
そして――誰もその先を知らないという、世界の果てには何があるのか。
ただ、それを自分の目で見てみたい。それだけだった。
翌日、十五歳になるルカは神から一つの祝福を授かることになる。
それが、彼の長い旅の始まりだった。




