スペース・ネット(宇宙網)
システム管理を担当する台湾系カナダ人、アレックス・チェンがキーボードを叩く。
「先ほどタブレットがあれば研究はできる、と言いましたが居住棟の中にもいくつかのワークステーションがあります。幸い近くのステーションが空いていますので、そこに行きましょう。カプセルの捕捉の様子が観察できます。エレナ先生は、カプセルが取り込まれれば、すぐに忙しくなるんでしょう」
「そうね、そうしてくれると助かるわ」
4人がカフェテリアを出て左に向かう。廊下が上向きの曲線になっている。床の部分が直径25メートルの円筒になっている。アレックスが先頭になって、カフェテリアから2つ目のドアを開ける。
アレックスが天井灯を点けると5メートル四方ほどの小さな部屋で、中央に机が置かれていて、机の上には3枚のディスプレイとキーボードがあった。机の向こう側の壁には何も置かれておらず、全面がクリーム色の壁面だった。
あそこにも、投影画像が映るんでしょうね。エレナが思った。
アレックスが机の前に置かれた椅子に座り、コンソールの電源を入れる。机上の3枚のディスプレイが灯った。
中央のディスプレイに黒色の小さなウィンドウが開き、アレックスが短いコマンドを打ち込む。
机の向こう側の壁面に9分割された投影画面が映し出される。アレックスがさらに幾つかキーボードを叩く。
壁面の右上にログ画面のようなものが表示され、下から上に文字列が流れる。
「投影画面の右上、あれがサムのログです。サムが何をやっているのか、追跡することができます」アレックスが言った。
さらに、壁面の左上の4面に大きく船外を撮影したカメラ画像が映る。
「トラスに設置されたカメラの画像です。カプセルが飛来してくる方向を向いています」
トラスとは『ヒュギエイア』ステーションの背骨にあたる構造物だった。トラスの中央部分の両側に、トラスとは直角に司令・居住棟と実験棟が接続されている。2つの棟は一本の軸(トラスと直角な軸)を共有し、それぞれ反対方向に回転している。
2つの棟から離れている、トラスの片方の端のところに、ほぼ両者と同じ大きさの倉庫棟が置かれていて、これは回転していない。
3つの白い棟以外の所には、多くの太陽電池パネルが置かれている。
壁面のカメラ画像では、手前から左上方に向けてトラスが映り、その先に倉庫棟が見えた。
「ログを見ると、サムはすでにカプセルのビーコンを捉えているようです。カプセルの相対位置と相対速度が表示されています。そして、カプセルのコントロールも握っていますね。すでにサムはカプセルに対して減速を指示しました」
右上のログ画面を見ながら、アレックスが言った。
「三面図の画像も表示してみましょう」アレックスが言う。
壁面の一番下段の三面にワイヤーフレーム画像が表示される。
「1番左が、トラスをz軸としたときの、x軸方向から見た画像、2番目と3番目はそれぞれy軸、z軸方向から見た画像です。実際のカメラ画像ではなく計算値からのCG画像です。点滅しているのがカプセルです」
「カプセル、ちっとも近づいてこないように見えるけど」エレナが言った
「カプセルの接近するにつれて、ズーム倍率を変えているからです。それぞれの右下にスケールがありますよね。あの数字がどんどん小さくなっているでしょう」
いわれてみると、そのとおりだった。
カプセルが視認できるのか、4人が船外カメラを見ていると、カメラの左側の視野に船外服を着た宇宙飛行士が現れた。カメラの脇から現れ、カメラから離れようとしているようだった。
飛行士がカメラの方に振り返り、両腿の所を軽く叩く。そしてカメラに向かって親指を立てた。
次いでもう一人の飛行士が右側から現れ、これも同じような仕草をした。
「あの二人は船外活動が専門のアンナ少尉とジョンです。ジョンはマルコの部下です」アレックスが言った。
「あの二人がカプセルを捕まえるの」エレナが尋ねる。
「いえ、カプセルの捕捉はサムが行いますが、あの二人は万一サムが失敗したときの予備です。それと捕捉したあと、実験棟に運び込むのも二人の仕事です」
「サムが捕捉って、どうやって」
「高い衝撃耐性を持ったダイニーマとよばれる素材で出来た網を宇宙空間に広げ、そこにカプセルを捉えるのです」
「網でとらえる、といってもカプセルもかなりの重さと相対速度でくるんじゃないの」エレナが言う。
「ダイニーマは同じ重さのピアノ線と比べて、はるかに高い強度を持っています。衝撃で破れることはありません。そしてダイニーマの網には、ニッケルチタン形状記憶合金のワイヤーを編みこんでいます」
「網がカプセル捕捉の衝撃を受けた瞬間に形状記憶合金のワイヤーに電流が流れ、加熱されたワイヤーが収縮し、網が折り畳まれてしまうので、カプセルを逃がすことはありません」
「飛行士の二人が腿の所のパイプみたいな物を叩いていたのは、どういう意味なの」
「あのパイプのようなものも、捕獲網です。万一サムが失敗したときには、俺達がやる、そんなことが言いたかったんじゃないですか」
「もうすぐ、サムが捕獲網を展開しますよ」アレックスが言った。
「いま、1枚目の捕獲網を射出しました」
カメラの視角外のどこか、おそらく司令棟のあたりから射出されたのだろう。左側から『糸巻き』のようなものが現れた。回転しているらしい。
そして、周囲に幾つかの重りのようなものがあるらしく、回転しながら傘を開くように拡がっていった。
広がるにつれて、回転速度は遅くなり、カメラ画像から見ると直径10メートルほどの円盤になった頃には、ほぼ回転は見分けられなくなった。
宇宙空間では空気抵抗がほとんどないので、網はわずかに前進し続ける。
続いてさらに2枚の網が射出される。3段構えというところだ。
二人の宇宙飛行士が、最後に射出された網の数か所にワイヤーを接続する。宇宙空間に漂う網を変形させないため、スラスターを使わずに、自らもワイヤーで移動する難易度の高い作業だった。
網はわずかに回転し、前進している。ワイヤーは自由に動けるように遊びをもたせてあるが、反対側の端トラスに固定されている。
そして、ワイヤーの接続を終えると、二人は展開された網の背後に移動し、万一サムが展開した網が捕捉に失敗した場合に備える。
自身の腿に取り付けられた宇宙網射出装置を外し、尾部をワイヤーでトラスに接続し、展開済みの網に向かって射出装置を構えた。
「一番手前の網しか見えないので、倉庫棟のカメラも見てみましょう」アレックスがそう言って、壁面投影画像の右下を切り替える。
宇宙空間に白色の楕円が3つ、並んでいた。
エレナが縦に並ぶ3つの楕円を見ていた時、その中心部が急に窪み、捕獲網が傘を畳んだように閉じた。




