オリエンテーション
佐伯大佐が出ていったあと、エレナ・ロペスと3人のアシスタントが残った。まず、それぞれ自己紹介する。
エレナ・ロペスはスペイン系アメリカ人でニューヨーク州出身だと言った。
ミア・ハーパーはニュージーランド出身の医師だという。
マルコ・ロッシはイタリア人で施設管理の技術者だ。
そして、アレックス・チェンは台湾系カナダ人でAIシステムの管理をしている。彼がかけているスマート・グラスで、AI複合体の出力するログを監視しているそうだ。
3人がエレナの居住区などを案内する。
「プライベートの居室兼寝室は内層にある、こちらは外層に比べて重力が0.3Gと弱いので注意してほしい。しかし、寝る分にはむしろ快適だろう」マルコが言う。
「トイレは、ここ。Gがあるから使い勝手は地上と同じよ。ただ、男女兼用だから」ミアが言った。
「作業は船内のどこでも、タブレットがあればできる。必要ならばマウスとキーボードは貸与される。タブレットでAIの『ジェフリー』に話しかければ、リモートで実験が進められる」アレックスが説明した。
「そのあたりは、地上で指示するのと同じだと思っていいのね」エレナが尋ねる。
「地上で実験するのと、まったく同じだと感じるはずだ」
『ヒュギエイア』の司令・居住区の長さは80メートルだった。ステーションの背骨であるトラス側の3分の1は司令区なので居住区は50メートルほどだった。
新幹線の一輌が25メートル程なので、2輌分の長さだと思うと大体の大きさがわかる。
その車両を、ぐるりと半径12メートルの円に沿って一回り並べたのが『ヒュギエイア』の居住区のサイズだ。
2時間もかからないうちに居住区の紹介が終わる。まだ午前9時だった。
「月から動物個体が来るのは16時だと言っていたわね」ミアが言う。
「ええ、司令がそう言っていたわ」
「まだ6時間以上もあるのか」マルコが言う。
「エレナは、準備しておくことがあるんでしょ」ミアが尋ねる。
「実験計画のこと、それならドラゴンにいる間に立てているから、動物個体が来るまでは、とくにやることはないわ」エレナが言った。
「そっか、じゃあ時間をもてあますことになりそうだな」
「それだったら、ねえ。あれの続きをやらない」ミアがアレックスの方を向いて言った。
「あれって、なに」エレナが尋ねる。
「アレックス・チャン師匠に、『生成AI』について教えてもらうのさ」マルコが言う。
「そうそう、前回の、『生成AI』の歴史、あれは面白かったわ」と、ミア。
「たしかにそうだ。特に2020年代半ば以降、人間が『生成AI』に振り回されるのが面白かった」これはマルコ。
「そうね、AIが電力網を乗っ取ってみたり、仮想通貨サーバーから銀行強盗したり」
もう30年も前の事件だ。昔話になっている。
「それで『生成AI』開発会社が、あわてて哲学者や法律家、宗教家をリクルートして、『生成AI』に法律やら、エラスムスの『格言集』やらを『強化学習』させたというのは、傑作だった」
「そうよね。AI開発会社が哲学堂か、修道院になっちゃったようだったわ」
アレックス・チャンが微笑む。
「で、そうやっても、まだ解決できないので、しかたなくほとんどの実業に携わるAIは汎用性をなくしたのよね」ミアが言う。
「そうだ、現在のほとんどのAIは『専門家AI』だ。専門外の余計なことは考えさせない。そうするしかなかった」アレックスが答える。
「このステーションで言えば、AIの『ドクター』と『サム』が『専門家AI』で、私たちと会話できる『ジェフリー』だけが『汎用AI』なんでしょ」
「そのとおりだ。だが、エレナ先生に関心があるかどうか……」アレックスがエレナの方を向いて言う。
「それは、ぜひ聞きたいわ」エレナが言った。
「『生成AI』については、どれくらいご存じですか」
「さっぱりよ、中身については何も知らない。割り切って人間だと思って会話してるわ」
「そうですか、では『生成AI』についておはなししましょう。前回の終わりに、次は学習する仕組みを教えて欲しい、ということだったので、そのあたりを解説したいと思います」
「そうそう、それを教えて欲しいの」ミアがうれしそうにいった。
「なるべく数式を使わないようにします」




