9.衝撃な出会いの後で
「どうしてこうなったの?」
自室のベッドに横になりながら、私は呟く。すぐそばではルイザが哀れみの目で私を見ていた。
やめてよ、その目。余計に落ち込むじゃない。
私は深くため息をつく。
まさか、まさか、陛下とあんな出会いかたをするなんて!?
思い出すだけで私の気分は沈む。
違うのよ!本当だったらもっと、素敵な出会いになるはずだったの!それこそラブロマンスの始まりのように、もっとロマンティックに、それがまさか!
「どうぞ、食べてみて下さい」そう自信満々にレトルの実を差し出した昨日の自分を殴り飛ばしたい。
それはどんな出会いよ!?全然ロマンティックな出会いじゃない!どうやったらそれで素敵なラブロマンスにつながるのよ!?絶対にありえないじゃない!
「失敗した!失敗した!」
あーと声なき声をだし、私は手足をばたつかせる。いつもならとがめるはずのルイザも、今は気持ちを察してか、何も言わない。
「だいたい陛下は今年で28になるって言ってなかった!?」
「そうですが」
「老けすぎでしょう!?どう見ても30後半よ!」
「それはさすがに言い過ぎでは?」
私はしばらくうーうーうなった後、がばっと顔を上げた。そう、こうなったら。
「もういいことにしよう」
そう、切り替えよ。切り替え。もう起こってしまったことはしょうがないし。
今更後悔してもどうしようもない。私は気持ちを切り替えることにした。
というか無理矢理そうした。もうね、それが私の長所だから。
「まあ、あれはあれで衝撃的な出会い方だったろうし」
少なくともあの出会いは陛下の印象に残っただろう。しかもあれほどここに近づかなかった陛下がまたくると言ったのだ。
それだけでもよしと判断するべきじゃない?私頑張ったよね?
そう思っているとそんな私をルイザは心底かわいそうなものを見るような目で見る。
「衝撃的と言いますか、まあ、確かに陛下の記憶には残ったでしょうね。良い意味とは限りませんが」
「もう!追い打ちかけないでよ!人がせっかく切り替えようとしているのに!」
そう言って、責めるようにルイザを見れば、ルイザはため息をつく。
「これを期に姫様はもう少しおしとやかに過ごされたらどうですか?」
「何もせずに大人しくしてろって言うの!?嫌よ!ただ待つなんて私の性分じゃないわ!」
今度こそ思いっきり恋愛をしてみせる。そう決めたのだ。
私はベッドの上で立ち上がり、拳を握りしめ、高く上げる。
「絶対陛下とラブラブになってやるんだから!」
「らぶ、何です?それ?」
「つまり陛下と愛し合うってことよ」
「愛し合う?あの、陛下と、姫様が?」
ルイザはそう言うと黙り込む。流れる沈黙。
あのね、うん、わかってる。言いたいことはわかるよ。確かにあの陛下とそうなるとか難しいよね。
というか、私も全然想像付かない。うん、わかってる。わかってるけど。お願いだからそんな目をしないで!私はわりと本気だから!
「今は無理でもいずれ、そうなるから、ね!」
私がそう言うとルイザは信じられないという顔をする。わかるけど。気持ちはわかるけど。私だってどうかなって思うけど、そこは信じようよ!ルイザが信じないでいったい誰が信じてくれるのよ!?
「あの、姫様」
「なに?」
「その、冗談じゃなくて、本気で言っているのですか?」
「そうよ!」
私の答えにルイザはやっぱり信じられないと言いたげに私を見る。とはいえ、ルイザがそこまで信じられないのも実はよくわかる。
そう、この世界での結婚は前世の世界のものとは違う。前世の世界は恋愛結婚が主流だったが、この世界では攻略結婚が主流であり、むしろ私の様に恋愛にこだわるこの考え方の方が異常なのだ。
それでも、それでもだ。
「だって、陛下がきたんだもの!もしもこのまま会えないままだったら、私もさすがにあきらめようと思ったわよ!」
でも、目の前にいたのだ!
誰か気づけなかったとしても、たしかに私は陛下と出会えたのだ!
諦めようと思っていた。自分には向いていないと。なくても平気だと、そう自分に言い聞かせて、また逃げようとしていた。前世でそうしたように今度も。でも。
今度こそ恋愛に生きたい。
脳裏に前世の思いがよみがえる。今度こそは。そう決めたのだ。
「やってやるわよ」
そう、ラブロマンスは無理だとしても、思いっきり恋愛することはまだできるかもしれない。
たとえ諦めるにしても、それは精一杯やって、見事にふられたときだ。
「絶対に陛下とラブラブになってやる!」
あの無愛想な陛下がそんな感じになるとは全く思えないけど。
決意を新たにしている私を見て、ルイザは何も言わない。いつものならすぐに小言がとんでくるのに。
どうしたのかと思って、ルイザを見るとルイザは何故かひどく優しげな瞳でこちらを見ていた。
「えっと、ルイザ。どうしたの?」
「いえ、姫様はずいぶん変わられたなと」
ルイザはそう言って僅かに目を伏せる。
「なんと言いますか、前までの姫様はすこし投げやりな印象があったので。ここにくる時もこれは仕方ないことだと諦められ、まともにご家族とも話さないままこの国に来られて。この国に来てからは陛下とも必要以上に関わりたくないとそう頑なに仰っていたので」
ルイザのその言葉に私はえっと情けない声をだす。
初耳ですけど!?え、そうなの?私って前世の記憶が戻るまでそんな暗い女だったの?全然覚えてないんですけど!?
「えっと、そうだっけ?」
「はい。ですが、ここ最近の姫様はなんというか生き生きしていると言いますか、とても前向きになられたなと思いまして」
「そ、そう」
まあ、前世の記憶が戻ってからは、人格がだいぶ前世よりになっちゃったからね。
そう思っているとルイザが私を見て、にっこりと微笑む。
「私は今の姫様の方が好きですよ。たまにやりすぎる感もありますがね」
私は思わず言葉を失った。てっきり、ルイザは前の私の方がいいと思っていたからだ。淑女で王族の姫君らしい、私が。それが。
私はベッドから降りるとルイザに近寄る。
「姫様?」と不思議そうに言うルイザの目の前にいくと何も言わずに思いっきり抱きついた。
今までの感謝とそしてこれからもよろしく。そういう意味を込めて強く強く抱きつく。突然のことにルイザは驚き、私を抱き留めきれず、そのまま後ろに倒れ、尻餅をつく。
そして。
「レティシア様!?なにやっているのですか!?」
部屋一杯に響く怒声。
私の思いを込めて抱きついたんだけどな。どうやらルイザには届かなかったらしい。
ルイザのお説教はそれから2、3時間続いた。