10.最高のスイーツ作り
「そうなるとまず、私のやることはひとつよね」
厨房を借り、私はさっそくレトルの実を使って、スイーツを作ることにした。
陛下に会う前に、まずは美味しいスイーツを作らなければいけない。それもできるだけ完璧なものを。
「そう、私の母が言っていたわ。男は胃袋だと。胃袋さえ握ればあとは流れでいけると」
「えっと、王妃様がそう言われたのですか?」
いいえ。前世の母です。
私はルイザの問いに笑顔だけ返し、曖昧にごまかした。
「さてと、とりあえずレトルの実をとってきたけど、どうすればいいかしら」
とれたてのレトルの実を見る。見た目はトマトそっくりだが、味はトマトよりも甘く、果物に近い。
レトルの実を手で転がしながら私はルイザに聞く。
「ねえ、ここのスイーツってどんなものが多いの?」
これは前回思ったことだが、真新しい何かを作ったとしても、それを陛下がためらいもなく食べるとは思えない。
レトルの実でさえ食べるまでにあそこまで間をおいたのだ。できるだけ見慣れたものの方が食べやすいだろう。
あんまり見慣れないものを作って食べてもらえなかったら、意味がない。
「スイーツって、なんです?」
「えっと、甘い物よ。お菓子とか」
「ああ」
私の質問にルイザは少し考え、答える。
「焼き菓子が多いかもしれませんね。オーブンを使用したものが多い印象です」
「なるほど」
そうするとゼリーやプリンなど冷やして固まるものはだめだ。レトルの実をじっと見る。赤く綺麗な色合いが特徴的だった。
「ジャムとかいいかも」
赤い色あいが綺麗だから、いちごジャムみたいな感じになるだろう。
私はレトルの実をこまく切り、鍋にいれる。
さて、ジャムを使うとなるとどんな焼き菓子がいいか。少し考えてから私は前世で作ったジャムを使ったパイを思い出す。
「ねえ、ルイザ。パイって料理はある?」
「パイですか?ありますよ。お肉や野菜を入れて焼きます」
「え、そうなんだ。果物を入れたりはしないの?」
「果物ですか?パイに果物をいれることはないと思いますが」
どうやらこちらのパイはミートパイのようなものが主流らしい。果物のパイもおいしいのに。もったいない。
「じゃあ、パイにしましょう」
見た目は見たことがあるから、そんなに警戒せず食べてもらえるかもしれない。さっそく、私は調理にとりかかった。
「できたわね」
焼き上がったパイを見て、私は満足げな笑みを浮かべる。さすが私。完璧。
パイなんて、すごく久しぶりに作ったからどうかなって思ったけど以外と覚えているものだ。
一時期お菓子作りにはまって、パイ生地をつかわず、生地から作っていたのが今ここですごい役にたった。
ありがとう前世の私!
ご機嫌のまま、できあがったパイを切り分ける。中からレトルのジャムがあふれ、実に美味しそうだ。
私はパイを一切れ皿にとるとフォークで切り、口の中にパイをいれる。
味はうん、悪くない。甘みが強いが、生地もさくさくしていておいしい。
「ルイザどう?」
私はルイザを見る。ルイザはパイを黙ってもくもくと食べていた。
「えっと、ルイザ?」
「おいしいです」
「そ、そう?他には?」
しかし私がいくら感想をきいてもルイザは美味しいしか言わず黙々とパイを食べている。
うん、美味しいのはわかったんだけど。なんかこう、もっとあるじゃん。ここはどうとか、ここが美味しいとか。
私はため息をつく。
どうやらルイザには食レポの才能はないらしい。ここはもう少し誰かに食べてもらった方がいいだろう。なにせ陛下が食べるのだから。
第一印象があれなのだ。あれを補うために今回は失敗できない。
とはいえ、他に食べる人なんているかな?本当は料理長とかに食べてほしかったんだけど、ちょうどみんな、食材を買いに出かけていないし。これだけの為に使用人を呼ぶのはさすがに気がひけるし。どうしたものか。
ふと視線を厨房の扉へとむけ、私はあっと声を出す。
そう言えばいる。すぐ近くに2人。
私は厨房の入り口を開け、外をみた。予想通りそこには制服を着た騎士が2人控えていた。
彼らは私を護衛する騎士だ。最初にここに来てからずっと私に付き従い、ほどよい距離をとりながらも何かあればいつでも駆けつけてくれるなんとも心強い人達だ。
「姫様?どうかいたしましたか?」
1人が私にそう尋ねてくる。たしか、彼はラルフという名前だったはずだ。
落ち着いた感じの騎士で焦げ茶色の髪を短く刈り込んでいる。
その後ろにいる若い騎士がクライドといったはずだ。
見た目からして年は私とそう変わらないだろう。さらさらな黒髪に、少年のようなあどけなさの残る顔をしている。
名前が何とも曖昧なのは実際に彼らと会話をしたことがあまりないからだ。
そもそもこの世界の騎士とは主人の意図を黙って組みとり、静かにそばに控えることが美徳となっているらしい。
その為、騎士から主人にはもちろん、主人から騎士にも気安く話しかけたりもしてはいけないらしい。
ちなみに私はそんな常識もちろん知らずに何度も話しかけてしまい、その度に彼ら2人からは驚きの反応をされた。
ルイザから主人の格が下がるから、あまりそういうことはしないようにと言われて、それからは気をつけてはいたけど。
もういいかな。主人の格とか今更だし。
「あのね、新しい料理を作ったんだけど、良かったら食べない?」
私がそう言うと2人の身体が、はたからわかるほど大きく揺れた。
厨房の奥から姫様ととがめる声が聞こえる。ルイザだ。
さっきまでパイに夢中だったくせに。そもそも誰のせいでこうなったと思ってるのよ。
私はルイザのその声を無視した。
「姫様の手料理を頂くなんて恐れ多いです。我々は結構ですから」
「いいから、いいから!食べてみてって!」
私はラルフの腕をつかみ、無理矢理厨房の中に引っ張り込む。
ラルフはしかしと断りの言葉を言いながらも私の行動に抵抗はしない。
いや、できないのだ。私が彼らにとって守る対象であり、主人だからだ。私はそれが分かっていながら、あえてラルフを強引に厨房に入れる。
仕方ないじゃない。こうまでしないと、この人達絶対に厨房に入ってこないし。
ちらりと厨房の外に目をやる。厨房の入り口からクライドがちらちらと中をのぞいていた。
その顔はどうすればいいか迷っているようだった。
私の強引さに観念したのかラルフが小さく頷くようなサインをクライドに送る。
すると少し迷いながらもクライドも厨房の中へと入ってきた。それに私は満足げな笑みを浮かべる。
作戦どおり。さて、重要なのはここからだ。
私はパイを皿に盛り、2人に差し出す。
「はい、どーぞ。レトルのパイです」
「レトルの?」
ラルフが首をかしげながらも受け取る。クライドも珍しそうに見ている。
しばらくしげしげと眺めてから、ラルフはそっとパイを切り、それを口に運んだ。
「これは、おいしいですね」
そう言ってラルフは目を見開き、パイをじっと見る。
でしょうでしょう。
私はちらりとクライドに視線をやる。それに答えるようにクライドもパイを切り、一口口に運ぶ。そしてきらりとその目を輝かせた。
「お、おいしいです!」
これは!そう、こんな反応を求めていたのよ!
私はすかさず、どこがいいのか尋ねた。
「この中のものがとても美味しいですね。レトルの実はほとんどが生食で食べられますから、ここまで煮詰めたものを見たのは初めてです。しかも生食で食べるよりも絶対にこっちの方がおいしいです!」
「でしょう!」
私は嬉しくなって、ぱんと手をたたく。そうそうこういう感想を待ってたのよ。
「パイもとてもおいしいです。しっとりしていて、さくさくしていて、中のレトルの実を煮込んだものとよくあっています!」
「本当!?」
これなら陛下に食べてもらっても大丈夫そうだ。まったくどこかの誰かさんとは大違い。
責めるような視線をルイザにやるが、ルイザは私よりも、ふたきれめのパイに夢中だった。
貴方、そんな調子だとまた体重が増えるわよ。後で嘆いても知らないからね。
私はあえてルイザには何も言わず、2人に視線を戻す。
「気にいってもらえて良かったわ。今度陛下にお出ししようと思って作ったのよ」
私がそう言ったとたん、それまで黙っていたラルフが不意に口を開く。
「陛下に、ですか。それだとこのパイは少々甘すぎるかもしれません」
え。甘い?
私は動きを止める。
甘いってどういうこと?そう思ってラルフを見るとラルフは最初の1口以外パイを食べていなかった。
「甘いですか?自分はそうは思いませんが」
クライドはそう言ってラルフを見る。クライドの皿には既にパイはなく、綺麗に食べきっていた。
「美味しいですよ?」
「美味しいとは思うが、私には少々甘すぎる。甘い物が好きなお前ならいいかもしれないがな」
ラルフはそう言って、私の方を見る。
「陛下は甘い物があまり好きではありません。このパイは少し甘すぎるかもしれません」
「そっか、甘いか」
ラルフに言われたその言葉を私はじっくりと考える。
確かに男性で甘い物が苦手という人は多い。先に聞いておいて良かった。
危うく、好みじゃない物を出して失敗するところだった。
私は思わず、ラルフに向かって頭を下げた。
「ありがとう!ラルフ!貴方のおかげで助かったわ!」
「なっ!?」
私の行動にラルフは顔を青ざめ、辞めて下さいと慌てる。
私はそんなこと気にせず、ラルフの手をつかみ、詰め寄る。
「しかも陛下の好みまで教えてくれるなんて、本当になんてお礼を言えばいいか!」
「いえ、その」
ラルフは何故かしまったみたいな顔をする。
もしかして、陛下の好みは内緒だったとか?だとしても、聞いちゃったものは利用しなきゃね。
私はラルフから離れると腕まくりをする。
「じゃあ、作るわよ!」
「え?姫様、何を作るんですか?」
「なにってもちろんパイよ。今度はもっと甘くないものを作るわ!」
甘い物が苦手な人でも食べられるような、さっぱりとしたパイを。
私はラルフ達ににっこりと微笑む。
「もちろん付き合ってくれるわよね?」
断ることなど出来ないように無言で圧力をかける。
2人の騎士は互いに見合ってから、観念したように小さく頷いた。




