6.まずはこの国の料理をなんとかしよう
「あの、姫様!困ります!」
そう言って、私を止めようとする料理人達。まあ、当然こうなるだろうなと思いつつ、私は厨房にやって来た。
当然ながらルイザには散々止められ、小言を言われた。しかし私の意思は変わらない。
やがてさすがのルイザも諦めたのか、今は私の後ろにつき、ことの次第を見守っている。
「厨房をすこし使わせてほしいの。もちろん、忙しい時間帯はいいわ。空いてる時間帯に少しだけ料理をさせてほしいの」
「そんなこと言われましても」
料理長と思われる男性は困ったような顔をする。
そんな顔をさせてしまって、申し訳ないと胸が痛むが、これだけは私も譲れない。
私は料理長をまっすぐと見る。
「ここに来た時、アルフガルト王は言っていたわ。この離宮にいる間は好きにしていいって」
そうよねとルイザに確認するように視線を送る。ルイザは渋々と頷く。それを見て、私は再度料理長に視線をやる。
「つまりここで何をしようが私は許されるはず。だって陛下の許しがあるもの」
私の言葉に料理長の顔が青ざめる。本当にごめんなさいと内心思いながら、私は更に続ける。
「まさか、貴方、王の命令に逆らう気なの?」
私のその言葉に料理長は情けない声を上げ、大きく首を横に振った。
そう、これは脅し。いいの?貴方この国で一番偉い人の命令にそむいちゃうけど、いいの?そう言って私はまさに料理長を脅し、厨房をつかう権利を無理矢理にでも奪おうとしている。
本当にごめん。でもね、わかって。本当にまずいの。合わないの。ちょっとは我慢しようとは思ったのよ。人間は慣れる生き物だって自分に言い聞かせてみたの。でも、やっぱり無理。やっぱりそこだけは譲れない。かと言って、普通に頼んでも断られるのはわかっている。
だから、私は強硬手段をとるしかなかった。
「姫様がどんどん人の道からはずれていく」
ルイザの小さな呟きに私の胸がますます痛む。
やめてよ、そういうこと言うの。今回だけだって。
私はすっかり青ざめた顔で小さくなっている料理長に、できるだけ優しげな表情を浮かべて言う。
「あのね、少しだけだから。本当にちょっと作ったら出て行くから、ね?」
私のその言葉に料理長はほんの僅かだが落ち着いたようだ。やつれた顔をしながら、そっと厨房の中を案内してくれる。やっと厨房の中に入れて、私の気分が上がる。
まさにそこは厨房らしい厨房だった。昔、テレビで見たどこかの高級店の厨房は確かこんな感じの内装だったろう。
とにかく、白くて綺麗で、広い。いろんな調理道具に器具、オーブンなど、料理に必要なものがそろっている。もちろん私の思い描く前世の頃の厨房に比べれば、そこの厨房は些か古めかしい。
電子レンジなどいわゆる家電製品と呼ばれるものは当然ながらないからだ。でも、これだけそろっていれば料理をするには十分だ。
私は何を作ろうかなとわくわくしながら中を見て回る。
「あの、姫様。先ほど作ると仰っていましたが、その、料理など姫様はできるのですか?」
料理長はおそるおそる聞いてくる。もちろん、普通の王女であればできないだろう。しかし前世の記憶がある私は違う。
10年以上独り暮らしをしていたのである。自炊はほぼ完璧だ。ある程度のものは何でも作れる。厨房の使い方でわからないところは料理長に聞けばいい。
ただ、問題があるとしたらこの世界の食材だ。前世の私の世界と同じ様な物があればいいんだけど。
私は料理長に頼んで食材を見せてもらう。野菜と思われる物は、やはり前世の物とは違っていた。とはいえ、似たような物はある。
私はそっと目の前の葉の塊を見る。葉の感じとしてはキャベツによく似ている。一枚むしって口の中に入れてみた。味もそう変わりはない。
よし、使えそう。
「ねえ、お肉はないの?」
「肉ですか?こちらに」
そう言って、料理長は肉をわざわざとってきてくれた。何の肉かはわからないが、肉は肉だ。私はそれらを見て、それから料理器具へと視線をやる。
おおむね前世のものと変わりなさそうだ。よし。
「ロールキャベツを作りましょう」
「ろー、なんです?それ?」
ルイザが訝しむような顔をする。料理人達も私の言った言葉の意味がわからず、皆顔を見合わせている。
どうやらロールキャベツというものはこの世界ではないらしい。
「まあ、見てなさいって」
私はそう言うと腕まくりし、さっそく調理にとりかかった。
「完璧だわ」
そう言って鍋から取り出し、私は皿にできたばかりのロールキャベツを盛りつけた。そう見た目は完璧。どこからどう見てもロールキャベツ。
よくもまあ、あそこまで素材のないなか、ここまでできあがったものだ。我ながら褒めたくなる。問題は味の方だけど。
結局前世と同じ調味料はなかったので、片っ端から調味料をなめ、それっぽい味に仕上げた。
おそらくは大丈夫なはず。そう自分に言い聞かせ、私はできあがったばかりのあつあつのロールキャベツを一口大に切り、口に運ぶ。
「うんっ!」
「ひ、姫様!?大丈夫ですか!?」
ルイザの心配げな声が遠くで聞こえる。周りのざわめきも、ここがどこかもどうでもよくなった。
口いっぱいに広がる至高の味。懐かしい前世の味。ずっと食べたかった、求めていた味。
「すっごくおいしいじゃない!」
さすが私!すごくない!?見た目もだけど、味も完璧!というか高級な素材で作ったからか、前世で作っていたものよりもずっと美味しい気がする。
「ルイザ、ルイザ!食べてみて!」
私はこの感動を誰かと分かち合いたくてルイザを呼ぶ。ルイザはえっとあからさまに嫌そうな顔をした。
うん、わかるよ。そりゃあ、初めて見たものなんか食べたくないよね。でも、いいからだまされたと思って食べてみて。
「絶対おいしいから!」
私が勢いづいてそう言えば、ルイザは若干顔を引きつらせながらもロールキャベツを食べた。そして、それが口に入った瞬間、その顔がぱっと輝く。
「レティシア様!?こ、これはいったい!?」
ルイザはきらきらした目で私を見る。そうよ。いつもそういう目でみてくれればいいのに。私はここぞとばかりに胸をはった。
「言ったでしょ。ロールキャベツよ」
私が作ったの。すごいでしょ。ほめて、ほめて。そうアピールを送ったが、いつまでたっても賞賛の声はこない。
私はおかしいなと思いつつ、ルイザの方を見る。するとルイザは私の方など一切見ず、ロールキャベツをひたすら食べていた。
ちょ、え!?そこは私を褒めてよ!ただでさえ、褒められるところがすくないんだから!
そう言ってルイザに詰め寄るも、ルイザはロールキャベツに夢中で、全く私の相手をしてくれない。
もう、なんて食に正直なの!そういうルイザも好きだけどね!
私は軽くため息をつくと、すぐそばから「あの」とどこか遠慮がちな声が聞こえた。振り返れば、料理長が何か言いたげな顔をしてこちらを見ている。
「あ、ごめんなさい。もう厨房を使う時間?それならすぐに出て行くわ」
「いえ、それは、大丈夫ですが」
料理長の視線がちらりとルイザの食べているロールキャベツへ向けられる。
ああ、なるほど。私は鍋に残っていたロールキャベツをすくって皿にもると料理長に差し出した。
「はい、どーぞ」
「え、いいのですか!?」
「ええ、ぜひ食べてみて!」
できれば食べて、褒めてくれると嬉しいです。そんなことを内心思いながら、料理長にロールキャベツをすすめる。
最初はためらっていたが、やはり、興味があったのか、すぐにロールキャベツを口に運んだ。そして、かっとその目が見開かれる。
え、何?しばらく料理長は口にそれを入れたまま動かない。
もしかして口に合わなかった?え、でも、ルイザは喜んで食べていたんだけど。そう思って料理長を見ているとその身体が小刻みに震え、やがてむせび泣くような声が聞こえた。
「ええ!?」
ちょ、泣くほどまずかったの!?
「ご、ごめんなさい!口に合わなかったかしら!?えっと、あの、今度は他のものを作るからそれで」
「姫様!!」
「はい!?」
料理長は持っていた皿を料理人の1人に押しつけると私の肩をがっちりとつかむ。
え、あれ、大丈夫?そんなこと普通しちゃだめでしょう?
案の定、厨房の前で待機していた私の護衛と思われる騎士が腰に下げていた剣に手を置き、こちらに駆けてくる姿が見えた。しかしそれよりも早く料理長は私に詰め寄る。そして。
「姫様!私は感動いたしました!こんな、こんな、素晴らしいものが作れるなんて!貴方は天才、いやまさに料理の神の申し子!」
え、料理の神って何?そんなのいるの?
という私の冷静な突っ込みはさておき、料理長は止まらない。最初に会った怯えた姿が嘘のように今はらんらんと目を輝かせ、はじけんばかりの笑顔を見せている。
「ぜひともご教授を!どうか、何でもいたしますので!私めにその英知の片鱗をお与え下さい!」
うわあ、さすがは料理人。料理のことになると人が変わるのね。ちらりと見るとさっきまで戦闘態勢をとっていた騎士達が呆然と立ち尽くしている。
うん、そうなるよね。そしてルイザ。貴方、いつまでロールキャベツを食べているの?少しは私を気にして。
私はにっこりとお姫様らしく、可愛らしく微笑む。
「もちろんです」
こうして、私は見事厨房の乗っ取りに成功したのだ。




