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41.離宮からの大脱出


「姫様どうぞ。これがリクボの実です」

「うわあ、ありがとう!」


 私はそう言って、料理長に用意してもらったリクボの実を受け取った。

 リクボの実は前世にあった栗によく似た実である。とげとげの固い殻に入っていて、その中の実も厚い皮に覆われている。いがはともかく、中の実はほぼ栗と同じ見た目をしている。


「これをどうするのですか?」

「これで新しいデザートを考えようと思って」

「それはいい案ですね。何か困ったことがあったら言って下さい。手伝いますよ」


 料理長はそう言ってにこにこと人の好さそうな笑みを浮かべる。

 彼は全く私を疑っていない。その信頼に私の胸が痛む。

 嘘をつくのは苦手だ。罪悪感に締め付けられるような気持ちになる。それでもすると決めたのだ。

 私は必死に笑顔を浮かべる。


「ねえ、料理長。実は試したい料理方法があるんだけど」

「どんな方法ですか?」

「たき火でこのリクボの実を焼くの。火をつける道具とかって借りられる?」

「いいですよ。これをどうぞ。火打ち石です。薪も厨房のものを使ってもらっていいですから」

「うん、ありがとう」


 料理長は火打ち石を持ってきてくれて、私に渡す。私は受け取った石を握りしめる。


「使い方は大丈夫ですか?」

「ええ。前に教えてもらったから大丈夫よ」


 厨房では火を使うことが多い。火打石を使えると便利だと言われ、以前教わった。

 最初は慣れなかったけど、今では容易く火をつけられるようになった。


「くれぐれも火事にならないように気をつけて下さい」

「わかってるって」


 そう笑って、私は厨房を出る。すぐに外にいたラルフ達がやってきた。


「今度はリクボの実を使うのですか?」

「そうよ」

「これをどうするんです?」

「焼いてみようかと、中庭で焚火をして、焼きましょう」

「へえ、珍しい食べ方ですね」


 私は笑ってそうでしょうと答える。

 やっぱり。ラルフとクライドは知らない。リクボの実を火に入れるとどうなるかを。

 そもそもリクボの実は焼いたりせず、生のまま乾燥させて食べるのが主流らしい。だからこそ料理長達も焼くことを止めなかったのである。

 私はラルフ達に気づかれないように、いつものように笑顔を浮かべながら歩く。

 準備はできた。

 あれから数日、みんなが言うように陛下をおとなしく待っていたが、陛下は来なかった。

 連絡も何もない。これで心配するなというのが無理である。

 だから今日決行する。

 心臓が緊張でどきどきと鳴っている。

 うまくいくだろうか。いや、うまくいかないと困る。

 ここで失敗してしまえばもう二度とここを出るチャンスはない。


「さあ、2人とも焚火を作るのを手伝って」


 そう言うと2人は快く引き受けてくれた。

 ラルフとクライドには薪や木々、葉を持ってきてもらい、焚火のもとを作ってもらう。

 私はその間に焚き付けの材料を集める。準備が整ったところで、さっき借りてきた火打ち石を取り出し、火をつける。

 焚き付けが一気に燃え、木々へ火がうつる。そしてあっという間に焚火ができた。


「それじゃあ焼いてみましょうか」


 私は焚火の中にリクボの実をさっと入れ、火から離れる。

 どうかうまくいきますように。

 そうこっそり祈っているとやがて、ぱちぱちと音を立ててリクボの実が跳ね始める。そして次の瞬間、一気にそれらが破裂した。


「うわあっ!?え、何!?」

「クライド離れて!」


 ラルフがそう言って、慌てて私の前に庇うように出る。

 パーンとリクボの実が弾ける音が響く。私にとっては見たことある光景だが、ラルフ達にはそうではない。

 何が原因かわからず、2人は周りを見渡す。おそらく襲撃かどうか確認しているのだろう。

 やがて、離宮の入り口にいた兵士達も音に気付き、焚火のもとへ飛んでくる。跳ねるリクボの実。やっと原因が焚火だと気づいたのだろう。火を消すようにとラルフが言う。

 私はそれを確認すると気づかれないように、そっとその場を抜け出す。

 大騒ぎになっている中庭を後にし、私は離宮の2階へと走った。そして物置になっている一室へ飛びこぶ。

 既に準備はしてある。

 私はその部屋に隠していた丈夫なロープを取り出す。長いロープと短いロープ。私はその2本を持つと、 部屋の奥にあった窓を開ける。


「見えた」


 窓を開けた先には王宮が遠くに見えた。

 この窓から下に降りれば、この離宮から出られる。離宮の出入り口には見張りの兵士がいるけど、今なら中庭の騒ぎに気をとられているはずだ。

 やれる。後は。

 私は手元のロープを見る。やることは単純だ。ロープを使って、ここから降りる。一見簡単そうにみえるが、問題はロープだけというところだ。

 私は前世の記憶を探る。

 必要なのは登山の際に雑学程度に教えてもらった知識。

 私は長いロープの先をその場にあった一番大きな棚の脚に結ぶ。その際、結びの王様と呼ばれる通常よりも頑丈な結び方を選んだ。

 結び方を教えてくれた登山の先生は一応人の体重も支えられると言っていたけど、本当のところはわからない。

 いくらアウトドア経験が豊富な私でもロープだけで降りたことは流石にない。

 とはいえ、ここまできたらもう信じるしかない。

 結んだロープを地面に向かって投げる。そしてそのロープに短いロープをこれまた先生に教わった特殊な結び方で結んだ。

 これで降りる際にこの短いロープを引っ張ることでスピードを調整できる。

 これで準備はできた。後は降りるだけ。


「大丈夫。怖くない、怖くない」

 

 そう言いつつもちらりと下を見る。

 2階と言っても離宮の2階は高い。下まで5,6メートル近くはある。

 やっぱり怖い。

 そう思って尻込みしそうになっていると、私を呼ぶ声が聞こえた。


「姫様!姫様!どこですか!?」


 ラルフだ。ラルフが私を呼んでいる。

 まさか、もう私がいないことに気づいた!?

 声は案外近くから聞こえる。

 もう迷っている時間はない。

 私は覚悟を決めるとロープを持って、窓のさっしの上に後ろ向きで立つ。これであとは下へ降りるだけだ。

 その時、部屋の扉が開いた。ラルフが部屋の中へと入ってくる。そして今まさに降りようとしている私を見て、その場で固まる。


「姫様?いったい何を?」


 もう行くしかない。

 混乱するラルフをよそに私は短いロープを思いっきり引きながら、ロープにしがみつき飛び降りた。


「姫様!?」


 ラルフの驚いたような声がする。

 身体に衝撃が走る。びんと音を立ててロープが張る。

 手に痛みが走るが落ちてはいない。

 どうやらうまくいったらしい。

 短いロープを緩めながら、私は素早く下へと降りていく。そして地面に無事着いた。

 上を見れば、ラルフが身を乗り出し呆然と私を見ていた。

 本当にごめんなさい。

 私は心の内でラルフに謝るとそのまま離宮に背を向け、走り出した。予想通り、門番の兵達は中庭の騒ぎに気をとられていて、私が外に出たことに気づいていない。


「レティシア様!いけません!戻って!」


 ラルフが私を止める声が後ろから聞こえる。

 その声が聞こえながらも私は足を止めない。

 全速力で走る。

 後ろから更に姫様と私を呼び止める声が聞こえる。門番たちもようやく気づいたのだろう。

 でももう遅い。

 ここまできて、誰が追い付かれますか!せっかく離宮の外に出たんだから、陛下に一目会うまで絶対に逃げ切ってやる!

 そう思い、私は更にスピードを上げた。


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