16.結ばれた約束
「着いたぞ」
陛下はぶっきらぼうにそう言う。私の身体を横抱きにしたまま。
もう嫌だ。
私は顔を覆っていた両手をとり、再び陛下を睨む。それに陛下は何だと言いたげな顔をする。
「自分で登るって言ったのに!」
「お前の足では日がくれる。余はそれに付き合うほど暇ではない」
「だからって横抱きにしなくても!」
「担ぎ上げられたかったのか?」
そういう意味じゃない!
私は頭を抱える。こう、どうして陛下って常識がないというか乙女心がわからないというか。
色々と終わった。
私はそっと天を見上げる。私の気持ちとは裏腹に空はとても青く、綺麗だった。
「おい、何をほうけている?」
「誰のせいですか!」
「余のせいだと言うのか?」
「そうですよ!全部陛下のせいじゃないですか!」
そう思いっきり大声で言っても、陛下は表情一つ変えない。それが余計に腹がたつ。
私はこんなに振り回されているというのに!
陛下は大きくため息をつく。
「お前は本当にめんどうな娘だな」
「なっ!?どういう意味ですか!?」
「お前が行きたいと言うからきてやったのだ」
「はい!?」
いつ私が行きたいなんて言いました!?こんな離宮から離れた塔に行きたいなんて私言いましたっけ!?
どう思い返しても陛下が勝手に私をここまで連れてきた気がするんですけど!
そう言い返そうとした時、陛下がそれまでの怒声とは違う、小さな声でぽつりと言う。
「高いところから景色を見たいと言っただろう」
思わず私は言いかけた文句を飲み込む。
まさか?え?そんな……。
さっきの木の下でのやりとりを思い返す。確かに私はそんなことを言った。
そしてまさか陛下はそれを真に受けて、わざわざ私をここまでつれてきてくれたってこと?
それはつまり、落ち込む私を元気づけようとしたってことで。
陛下が。
あの陛下が。
「陛下」
「なんだ?」
「やっぱり、さっき、私が落ちたときに頭とか打ちませんでしたか?」
「お前は余をなんだと思っているのだ」
私の一言に陛下の眉間の皺が深くなり、一瞬にして目が冷たいものへと変わる。
うん、怒ってる。わかるよ。言えば絶対怒ると思ったよ。
でも、言わずにはいられなかったんだよ!だって、あの陛下がまさかそんなことするなんて!
あ、けしてばかにしてないですよ。いちおう褒めています。
「陛下、下ろして下さい」
私がそう言うとさっきまでのしつこさが嘘のように陛下はあっさりと私を下ろした。
どうやらさっきの一言がよほどきいたらしい。そうか、今度からそういう感じに言えばいいのかと思いながら、私はやっと自由になれたことを喜ぶ。
そして先ほどからちらちらと視界に入っていたそれを見にいく。
「うわあ、すごい!」
外側の壁に身体を押しつけ、身を乗り出す。それは本当にすごい景色だった。
もとからこの塔は城を守る為、兵士が見張りをする塔だ。だからこそ見晴らしがよく、城壁の外がよく見える。
城の周りを囲むように流れる河。そして城壁の外に広がる城下町。
街には多くの人々が行き交い、とても賑やかだ。街並みはまさに中世ヨーロッパみたいな感じだ。そしてそれはずっとずっと奥まで続いている。
この王国は大きいと聞いていたけど、まさかここまでなんて。
私はもっとよく見たくて更に身を乗り出す。
するとすぐさま強い力で襟を引っ張られ、引き戻される。
ちょ、首が!首がしまる!相変わらず容赦ない!
慌てて、振り向けば、案の定とっても怒った顔をした陛下が私を睨んでいた。
「なにするんですか!」
「お前は二度も落ちる気か?」
「いやいや、さすがにおちませんよ!」
さすがにこの高さで落ちたら危ないって私だってわかるよ!?だから落ちないように注意はしていたのに!ちゃんとわかっていたのに!
そう言い返したが、陛下は無言でこちらをじっとりとした目で見る。
その目はこれっぽちも私を信用していなかった。
いや、まあ、前科のある私も悪いんですけどね!
とりあえず、今回は私も少なからず悪いので引くことにする。
身をのりだすのをやめ、外側の壁から少し離れる。それを確認してから陛下は私の襟から手をはなした。
「陛下」
「なんだ」
私が呼ぶと陛下は不機嫌そうな声で、視線だけちらりと私に向ける。相変わらず態度がでかい。
それでも。今はそれさえ許せる。
「これが陛下の国ですか?」
「そうだが?」
何か文句があるのか?そう言いたげな顔で私を睨む。
それに私は笑って答える。
「素敵な国ですね」
これはお世辞じゃない。本当にここから見える国は素晴らしかった。
レティシアの記憶の中を探ってもこれだけ賑やかで大きな街はなかっただろう。それぐらいに立派だった。
そしてこの国をこれだけ発展させ、その状態を維持する為に、どれほどの労力がいるか。想像もつかない。
陛下は忙しい。
面会を求めた際に言われたその言葉はあながち間違いではなかったのだろう。
隣にいるこの人は本当にこの国の全てを背負っているのだ。
たった一人で。そりゃあ、態度もでかくなるよね。
そうでなければきっとその重圧に押しつぶされてしまうから。
ふと静かな陛下に違和感を覚える。いつもならそっけない言葉が返ってくるのに。
どうしたのかと思って、私は陛下を見る。そして、私は固まった。
ああ、私はまた幻を見ているのかもしれない。
陛下が、あの無表情が当たり前の陛下が、私を見て笑っている。
しかもさっき見た、声を出して笑っていたのとはまた違う。
もっと優しく、もっと感情のこもった、とても暖かい笑みを浮かべていた。
陛下って、こんな顔もできたんだ。
普段の様子からは全く想像もつかない。
予想外のその笑顔に釘付けになっていると陛下は静かに口を開く。
「当たり前だ。余の祖国なのだから」
その返答は今までの陛下のどの言葉とも違った。
今までの陛下の言葉は淡々としたものが多く、他の感情が見えたのは怒った時だけだった。しかしそれは違う。
その返答には喜び、そして誇り、自慢があった。
ああ、この人はおそらく本気でこの国が好きなのだろう。そうでなければ、こんな顔も声もできない。
「陛下」
「なんだ?」
「私、陛下のこと誤解していました」
私の言葉に一瞬にして陛下の笑みが消える。
いつもの不機嫌そうな顔をしたまま私を見る。それに私は笑って答える。
「陛下はもっと冷たい人だと思っていました」
「お前は本当に余が誰か分かって言っているのか?」
王になんてことを言うんだ。そう言いたげな陛下に私は笑う。
陛下はいつもそう言うけど、そう言うくせに一度だって私を罰しようとはしなかった。つまりそういうことなのだ。
「陛下って顔はこんなに怖いのに、実は優しいんですね」
私のその言葉に陛下の顔がますます不機嫌なものになる。
というか、ちょっと怒ってる。さっきまでの優しいまなざしが嘘のように、冷たい視線が私につきささる。
うん、どうしよう。素直に言い過ぎた。
私はこれ以上は何も言わない方がいいなと思って口を閉じ、景色を見ることに集中した。
しばらくそうして、無言で二人して眺めていると不意に陛下が口を開く。
「何故落ち込んでいたのだ?」
「え?」
「さっきそう言っていただろう」
「えっと、それは……」
ちらりと陛下を見る。陛下はこちらを見ない。
その目は自分の国に向けたままだ。それに少し安堵しながら、私はなるべく明るい感じでさらりと言う。
「陛下のせいですよ」
「何?」
「陛下が次の約束をしてくれなかったから、もう来ないと思ったんですよ」
そう、てっきり呆れられたかと。そう思ったのだ。
陛下の視線がこちらに向けられる。
視線が合う。深緑色の瞳が綺麗だった。
「そんなことで木に登ろうなどと考えたのか」
「そんなことじゃないですよ。陛下とケンカしちゃったし、しまいには逃げるし、正直もう国帰されるかなとか思っていました」
私がそう答えると陛下は呆れた様な顔をする。
「そんなことで帰すか」
「そうですね」
今となってはそうだろう。
陛下は優しいから。それぐらいで本気で怒って、私を国に帰したりはしない。
今ならそうわかる。
「陛下」
「なんだ」
「あの料理美味しかったですか?」
「ああ」
間をおかずに陛下はすぐに答えた。それに私は思わず表情をくずす。
「じゃあ、また食べたくないですか?私、また作って陛下にごちそうしますよ」
そのかわり。私が付け加えたその一言に陛下は訝しむように私を見る。
うわあ、めちゃくちゃ怪しんでる。
でもここで引けない。私は意を決するとその続きを言った。
「そのかわりまたここに連れてきて下さい」
そう、また。次の約束が欲しかった。
いつ来るかもわからない相手を待つのは正直好きじゃない。
でも陛下はきっと忙しいからそう簡単に次会う約束はできないのだろう。でも、ここにもう一度くる約束をすれば、陛下は必ず約束通り私をまた連れてきてくれる。
それがいつになるかはわからなくても、必ず。
陛下は顔に似合わず、優しい人だから。
次がある。そう思えれば、待つのも少しましだ。そう思って口にした願いだったが陛下はそれに対しなかなか答えない。
あれ、もしかしてまずいお願いしちゃった?え?だめ?たしかにそう何回も陛下がこんなところにきたらまずいかも?
私は慌てて、それに付け足す。
「あ、えっと難しいならいいんですよ?ただ、その、ここからまたこの眺めを見たいというか、国が見たいというか、今度は自分の足でここまできたいといいますか、その、えっと」
「それだけでいいのか?」
私の訳のわからない言い訳を遮り、陛下は静かに答える。
「それだけでいいのか」と。何故そんなこと言われるのかわからないが、今のところ思い当たるのはそれしかない。私は頷く。
そんな私を見て陛下は何故かため息をつき、私を呆れたように見る。
え、なんで?なんでそんな目でみるんですか!?また私、何かやらかしました?
訳が分からず私は陛下を見るが、陛下はすぐに視線をそらした。
「別にかまわん」
かまわないんかい!かまわないなら、さっさとそう答えてよ。内心焦ったじゃん!
やっときたその返事に私はほっとしながら、陛下に小指を差し出す。
「じゃあ、はい」
「なんだ、それは」
「指切りですよ。約束の印。ほら、陛下も小指出してください」
そう約束といえばこれでしょう。
もちろんこの世界にはない風習だろうが、そんなこと私の知ったことではない。
陛下はじっと私が差し出した小指を見ている。私が再度促すと渋々といった感じで小指を出した。
陛下の小指に私は自分の小指をからませる。そして私は昔歌ったように歌う。
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます。指切った」
私はそう言って、指をきる。それに陛下は物凄く怪しむような視線を私に向ける。
「なんだ、その珍妙な歌は。まさか呪いのたぐいじゃないだろうな」
「大丈夫ですよ!約束守ればいいんですから!」
まあ、万が一陛下が約束を破ってもさすがに針千本なんて飲ませられないけど。
訝しむ陛下に私は笑う。
「安心してください。呪いじゃないですよ。願かけみたいなものです。陛下が約束を守ってくれますようにって」
「ほお。余の言葉を疑うのか?」
「え、いや、そういう訳じゃないんですけど!?」
確かによくよく考えれば言われたとおりかも?これだとよっぽど陛下を疑っているように聞こえるかも?いやいや、たかが指切りでそこまで考える?いいじゃん、気もちの問題なんだから!
私は焦りながら、そんなことを思っていた時だった。不意に私の身体が浮いた。
「え?」
気づけば、私は陛下に身体を持ち上げられていた。そしてそのまま、当たり前のようにまた横抱きにされる。
「な、なんで!?」
どうしてまた横抱き!?思わず陛下を見れば、陛下は無表情で私を見返す。
「ちょ、なんで?」
「帰るぞ」
「帰るって、ええ!?」
まさかまた帰りも横抱きにして運ぶ気!?
そんなの嫌だとじたばたと暴れるが、陛下はびくともしない。
「帰りは自分で歩きますから!」
「余に口答えするな」
「口答えじゃなくて、まっとうな主張です!」
いくら階数があるとしても下りは下り。下りぐらい歩ける。そういくら主張しようとも陛下は私をおろす気は全くないらしい。そのまま横抱きにしたまま階段のところまで行く。
階段のすぐそばには護衛の騎士達が脇によけ、そこで待っていた。
陛下は私を横抱きにしたまま、階段を下り始める。その後に騎士達は黙って続く。
ちょ、違うでしょう。誰かちょっとつっこんでよ!
なんで横抱きにするんだって、誰でもいいから言ってよ!
「陛下!ちょっと聞いてます!?」
「うるさい。耳元で騒ぐな」
「騒ぐなって、ついさっき私の耳元で散々怒鳴ったくせに!」
そう私がいくら騒ごうと陛下は全く動じない。
結局私を最後まで、横抱きにされたまま運ばれていった。




