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あれ以来、度々シルヴィア姫が絡んでくるようになった。時には褒め、時には喧嘩を売ってくる。何がしたいかよくわからないが、なんだか段々子猫を相手にしている気分になってきた。


というわけで


「……なんですのこれ」

「ロゼリア商会のお菓子」


餌付けしてみようと思う。

ちなみに本日はカップケーキである。チョコに生クリームに苺と抹茶にチーズ。それから薔薇。全部で6種類。暫くじっと見ていたシルヴィア姫は、やがて薔薇のカップケーキを選んだ。


薔薇のカップケーキは生地とクリームの両方に薔薇が練り込んである。見た目に拘ってほんのり赤い生クリームを薔薇の形にデコレーションしている。薔薇薔薇し過ぎているが、割と人気だ。あまり薔薇を押し出してはいないのに、何故か一番薔薇関連の商品が売れる不思議。


「ここは飲食禁止ではなくて?」

「誰も見ていない。…あぁ、毒味は必要か?」


はくっと生クリームだけのシンプルなカップケーキに齧り付いて食べてみせたが、物が違えば信用度は低い。貸してみろ、と手を伸ばしたらシルヴィア姫はゆるりと首を横に振った。


「……必要ありません」

「そうか」

「でもマナーはどうかと思いますの」

「誰も見ていない」

「私が見ています!」

「………はっ」


鼻で笑ってやると、顔を真っ赤にしてぷるぷる震える。メイドと護衛は元からノーカウントだ。というか主が馬鹿にされているのに、何とも微笑まし気に見ているぞ。背後の様子に気付けないシルヴィア姫は上品にフォークとナイフでカップケーキを切り分けて一口。


「…………おいしい」


ほわりと顔が綻ぶ。小さな声だったが確かに届いた。

もう一口、先程よりも少し大きめに切り分けているので大分気に入ったらしい。更に一口食べたところでじっと見られていることに気付いたのか、はっと顔を引き締めて一言。


「ま、まぁまぁですわ!」

「………そうか」


ツンとそっぽを向く姿に思わず喉の奥から笑いが溢れる。いいな、こんな妹欲しい。末妹は心が壊れ過ぎて会話もままならないし、2つ下のグレイシアなら自分で自分に毒でも盛って私に罪を擦り付けることぐらいやりそうだ。いや、そもそも呼んでも来ないな。悲しい。


残る希望は正妃の子だったが……残念ながら駄目だったらしいと報告が届いた。あの人も今まで運良く生き残り過ぎているからなぁ。初めの子を流し、長男を病で亡くし、それから今回を含めて二度子を流してしまっている。限界まで張り詰めていた精神はついに壊れてしまって、何度か自殺を図っているようだ。幸いというべきか──彼女からすれば残酷なことに──全て未然に防がれてはいるが、もはや正妃としての役目は果たせないだろう。今は何もいない腹を撫でながらずっと子守唄を歌っているらしい。そんな状態でも彼女が正妃である限り、これから先も命を狙われ続けるだろう。


彼女を救う術を持ちながら、見てみぬふりをしている私がどうこう言う資格はないが。


「……どうかなさいまして?」

「いいや。……シルヴィア姫、ここについているぞ」

「え、」


口元についていたクリームを取ってやれば、白く滑らかな肌がほんのり赤く染まった。わざとらしくならない程度に笑みを向ければ、更にぽっと赤みが増す。癒やされると同時に湧き上がるこの不快な感情を何とか飲み込み、そういえばと話を変えた。


「最近、兄君がエミリア=ワズワイズに追いかけ回されているらしいな」

「え、あぁ…そうですわね。お兄様も大変困っている様子ですわ。忙しい方ですから随分とお疲れが溜まっているようですし。だからと言って私に八つ当たりされても困りますのに…!」

「ふぅん。やはりそちらは兄妹仲が随分と良いんだな」

「そうかしら?いえ、そうですわね」


その一挙一動を見逃さない。

シルヴィア姫だけではなく、背後に控えるメイドと護衛も。こちらに気を使いながらも、よほど兄が好きなのかぽろぽろと兄妹の話を零し始めたシルヴィア姫に至って普段通りに相槌を打ちながらこちらで集めていた情報と照らし合わせていく。こうやってあの王宮を生きていたのだ。相手に悟らせるような無様な真似はしない。


「あら、随分話過ぎましたわ。今日はこれで失礼致します」

「あぁ、これは差し上げる。疲れた体には甘いものだからな。兄君とでも食べるといい」


残っていたカップケーキの入った箱をメイドに渡すと、シルヴィア姫は嬉しそうに微笑んだ。実際に食べるかどうかは知らないが。


彼等が居なくなって静かになった図書館で小さな溜息を一つ。


「どうかなさいましたか、ディア様」

「厄介なことになったと思ってな」

「厄介、」

「あぁ。どうやら父上が存命なことはバレているらしいぞ」


本当に、なんて厄介な。

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