95.
スクリーンを展開して陣を呼び出すスミレは、普段スキャンする時に比べると何やら色々とプログラムをしているみたいだ。
俺はスミレに言われる前にバックパックから闇纏苔の入っている入れ物を取り出して、少し考えてから陣の横に並べた。
ミリーはそんな俺を見てから慌てて自分のリュックサックから同じように闇纏苔の入っている皮袋を取り出すと、俺の並べた入れ物と並行するように並べる。
「言われなくてもちゃんとできるミリーは偉いな」
「えらくないよ。コータ見て、やっただけだもん」
「いやいやいや〜、偉いよ、ミリーは」
頭をガシガシと撫でてやると嫌そうに頭を振るが、尻尾は左右にゆっくりと揺れているから本気で嫌がっている訳ではない事を教えてくれる。
『準備できました』
「んじゃどうすればいい? 1つずつ、それとも全部?」
『そうですね・・・全部入れてくれますか? 一度に全部をスキャンすれば、多少の違いをすぐに比較する事ができますから』
「オッケー。ミリー、全部陣に入れろってさ」
「わかった」
俺とミリーはお互いに手分けして、陣の側に並べておいた入れ物を陣の中に入れていく。
「でもどうやって見分けるんだ?」
『成分をスキャンしようと思っています』
「成分?」
成分って、どれも同じ苔じゃないのか?
『はい、苔の成分は蕾が付いていても付いていなくても同じだと思います。ですがおそらく蕾の成分は苔の部分とは違うと思うので、その成分が余分に含まれているものを選べば良いのではないかと思って、そのようにスキャンのセッティングをしました』
「なるほどな。まあスミレだって初めてスキャンするもんだしな」
『はい、私には闇纏苔に関する物質データはありませんので、これが一番確実なやり方だと思います』
「まあ、とりあえずそれでやってみようか。もしかしたら蕾がついているからそのせいで物質が減っているかもしれないしな」
『コータ様?』
「だってそうだろ? 蕾を生成するために苔が持っている一定の物質を使用しなくちゃいけないかもしれない。もしそうだろすれば物質が少ないものが当たりかもしれない」
『それは・・・ではどうしましょう?』
俺の逆説に、スミレは少し困ったような表情を浮かべて俺を見る。
「ま、とりあえず物質の多いものを選んでみればいいじゃん。もし違ってたら、次は少ないものを選んでみる。どっちに蕾がついているかを比べて、蕾がついていないのを薬師ギルドに出せばいい」
だってさ、5つで20000ドランっていうのが依頼料だ。
そこには蕾が付いていたら増額、とは一言も書いてなかった。
だったら価値の高い蕾付きを手元に置いておいた方がいいだろ?
『では始めます。スキャン開始』
いつものように陣が光に包まれる・・・・が、いつもとちょっと違うな。
「コータ、光の色、違う?」
「そうだな、いつもは白い光だけど、なんか今日は緑色っぽい?」
「うん。草の色、してるね」
スキャンするにしても物を作るにしても、陣に現れる光の色はいつも白だった。
なのに、今回に限って緑色の光を放っている。
「スミレがいつもと違うって言ってたから、そのせいだと思うぞ?」
『はい、ミリーちゃん、心配しなくても大丈夫ですよ。今回は複数を同時にスキャンしているので、こういう色の光になっただけです』
「そっか・・よかった」
胸元を押さえてホッと息を吐いているミリーの仕草が可愛くて思わず笑みを誘われる。
「スキャンにかかる時間は?」
『いつもでしたら1分程度ですが、今回は5分ほど必要です』
「結構かかるな」
『仕方ありません。成分スキャンはどうしても分子レベルになるので手間がかかるんです』
申し訳なさそうに謝るスミレに俺は手を振って気にするなと伝える。
「いいよ、んじゃその間にポーション作りに必要な物を出すから教えてくれないかな?」
『判りました。数が多いのでそちらにスクリーンを展開して、そこにリストを出します』
そう言い終わらないうちに俺の目の前に小型のスクリーンが現れた。
ちょっと待っていると15種類ほどの物の名前が浮かび上がってくる。
「マジか・・・本当にたくさんあるな」
『それは魔力回復ポーションと傷病回復ポーションの両方の材料です。どれもコータ様のポーチに入っている物ばかりですので、陣の横にでも並べてください』
「数は?」
『とりあえずあるだけ出してください』
「オッケー」
俺がリストの物を出そうとポーチに手を伸ばすと、その手にそっとミリーの手が乗せられた。
俺が顔をあげるとミリーは耳をピクピク動かしながらぎゅっと手を握ってくる。
「手伝う、よ」
「そっか? じゃあ俺がポーチから出した物をあそこに並べてくれるか?」
「うん、がんばる」
手伝いを受け入れられた事が嬉しかったみたいで、さっきより大きく尻尾が左右に揺れる。
俺はスクリーンを見ながらポーチから1つずつ出す。
それを受け取ったミリーはそのまま陣の横に1つずつ袋ごと並べていく。中には袋が3つ4つある物もあるけど、それを1つずつ受け取ってから陣に何度も往復して思っていく。
「ミリー、まとめて持っていってもいいよ」
「ううん、だいじょぶ」
「そっか? まあミリーがいいって言うんならいいけどさ」
疲れないのか?
でもまあ本人は張り切っているから、ここでやる気をへし折る事もない。
そう思いながら俺は2つずつミリーに手渡してやる。
「あっ、消えた」
丁度ミリーが都市ケートンに来る途中で集めた青色の実が入った皮袋を陣の横に置いたタイミングで、陣の中の光がおさまった。
『スキャン終わりました。予想通り成分の種類が多いものが3つありました。その3つには蓋に赤い点をつけてあるので判ると思います』
「スミレの予想通りか、さすがだな」
『おそらく成分の種類が多い方に蕾があるのだと思います』
「なんで?」
『そちらは成分が3つほど多かったからです。成分を使って蕾を作るのであれば、3種類も必要となると少し多すぎる気がします。それだけ苔の成分が欠乏するというのはあり得ないかと』
「判った。じゃあ、とりあえず赤い点がついた入れ物を1つ残してあとは移動させるよ。んで、取り出した材料の下に陣を展開してくれよ。それなら自分で動かせるだろ?」
『判りました』
「よし、ミリー、手伝ってくれるか?」
「手伝うよ。なにする?」
「さっき陣の中に置いたコケの入れ物を陣から移動させるんだ」
「わかった」
俺とミリーは手分けして9個の入れ物を避けると陣から出る。
『では、こちらの闇纏苔を使って魔力回復ポーションを作成します。必要になるのはあそこの陣の中で光っている6種類のものです』
「陣に入れるか?」
『お願いします』
陣の中に入れておけば少しはスミレが自分で動かす事ができるけど、俺が手伝った方が早いからな。
「わたしも、てつだう、よ」
「んじゃ、ミリーも頑張れ」
「うん」
2人ですればあっという間に6種類の材料が陣の中に並ぶ。
『作成、始めます』
「あれ、今度は白い?」
「うん。白い光だな。でもまあいつも通りって事だよ」
「そっか・・・あっ黒くなったっ」
俺とミリーが見ている前で陣の中にあった闇纏苔の入れ物の蓋が開かれた途端に陣の中心に黒い霧が集まってできたような球体が現れた。
おそらく光を吸収しようとしたものの光の量が多すぎて黒い球体になったんだろう。
『蕾を確認、分離します』
おっ、蕾があったんだ。スミレの予測通りだな。
陣の中の黒い球体が少しずつ小さくなっていくのが見て取れる。
というか、黒い霧みたいなのが少しずつ拡散していってるみたいだ。
そうしているうちに黒い球体は光に取り込まれてしまい、陣が一際明るい光に包まれたかと思うと、光が消えたあとの陣の上に3本の小さなポーション瓶が残った。
「コケ1つで3本しかポーションができなかったのか・・・」
『いいえ、あれは濃縮ポーションです。あれを100倍に薄めたものが中級魔力回復ポーションになります』
「へっ、そうなんだ?」
『はい、今300本ものポーションを作る必要はないだろうと判断して、手間を省くために濃縮ポーションにしておきました』
確かに300本ものポーションを作るとなると一体どのくらい時間がかかるのか想像もつかないよ。
だからそんなスミレの気遣いがありがたい。
俺は立ち上がると陣の真ん中に置かれている3本のポーションを取り上げる。
「真っ黒だな」
『黒じゃありませんよ。濃縮100倍だから黒く見えるんです。薄めると緑色になります』
そう言われてランタンの明かりに向けて光を通してみると、確かに真っ黒なんだけどうっすらと緑色っぽく見える。
でもこれ1本で100本作れるのか、すごいな。
「なあ、これを100倍にしないで50倍とかにしたら、100パーセント魔力回復にならないのか?」
『無理ですね。50倍にしても回復魔力量は50パーセントです』
「んじゃもったいないから100倍だな」
考えが甘かったようだな、うん。
少しがっかりしながらポーチに濃縮魔力回復ポーションを片付ける。
『それでは今度は先ほど分離した蕾を使って解毒ポーションを作ります。申し訳ありませんが残りの材料を陣の中に入れてもらえますか?』
「オッケー」
「てつだう」
すぐに立ち上がったミリーは両手で持てるだけの材料を抱えて陣に運ぶ。
俺も陣から出ると残った材料を陣に並べて、今度はミリーと2人で陣から出る。
『それでは始めます』
俺とミリーの目の前で陣が光る。今度は黒い球体が現れる事もなく、ただいつも通り白い光を放っている。
ただ、その白い光の中心にあるものがうっすらと赤い色をしているのが見える。
って事は、解毒ポーションは赤いのか?
そんな事を思っているうちに光は収まり、陣の真ん中に25本のピンク色のポーションが残った。
「あれも濃縮ポーションか?」
『いいえ、あれだけの花しかありませんでしたから、あれだけの解毒ポーションしか作れませんでした』
魔力回復ポーションほどの数じゃないのは、蕾の量がそれだけのポーション分しかなかったって事だろう。
でもコケの大きさだと花の数はそんなにないだろうから、よくあれだけの解毒ポーションになったと思うよ。
「きれいな、ピンク色」
「うん、そうだな。ミリー、1本リュックの中に入れておくんだぞ」
「リュック?」
「もしかしたら必要になるかもしれないからさ」
「わかった」
俺から1本ポーションを受け取ったミリーは、それをすぐにリュックに仕舞う事もなく、ランタンの明かりに照らしてキラキラ光るポーションを眺める。
俺はそんなミリーの隣に座って同じように解毒ポーションをランタンの明かりに照らして、ピンク色の明かりをミリーと一緒に眺めた。
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