108.
スミレが俺とミリーを連れてきたのは、坑道の一部が広くなった6畳くらいの空間だった。
今までみたいな部屋っぽい場所じゃないけど、昼飯を食べるくらいならこれで十分だ。
俺はさっきの場所で出した椅子とテーブルを取り出す。
「ミリー、サンドイッチ作るぞ」
「てつだう?」
「そうだな・・じゃあ、パンにマヨネーズ塗ってくれるかな?」
「わかった」
このマヨネーズはスミレ特製だ。
俺はマヨネーズは卵と酢、それに油が入ってるって事しか知らなかったから作ろうなんて思わなかったけど、そんな俺《役立たず》のためにスミレが俺の記憶というデータを使って作ってくれたものだ。
とはいえやっぱり俺の記憶程度じゃあマヨネーズというよりはマヨネーズもどきといった方がいいような出来上がりだったけど、でもまあそれでも十分だよ、うん。
俺はポーチから出したパンとマヨネーズをミリーに手渡すと、同じくポーチから取り出したハムを俺にできる薄さにスライスする。
でも厚さは2−7ミリくらい、ちっとも均等じゃないけど愛敬だよ。
それからレタスもどきとトマトもどき。どっちもリーファとタンパというんだけど、取り出してタンパを1センチくらいの厚さに切ってからリーファを5枚ほど毟ってポーチに戻す。
「コータ、塗れた」
「よし、えらいな。じゃあ、このハムを乗せてくれるか?」
「わかった」
「それからリーファとタンパを乗せたらできあがりだよ。その間に俺はお茶を用意するから」
「みゃかせる」
「うん。任された」
こうやって仕事を任せると、ミリーはすごく嬉しそうな顔をする。
俺はお茶の入った水筒と木のカップを2個用意する。
俺のカップには猫の足跡、ミリーのカップにはスミレの花の焼き印がそれぞれのカップを見分けるためにつけられている。
俺のカップの猫の足跡はミリーが決めた。
お返しに俺がスミレの花を選んだんだ。
その時に花の名前を教えたら無茶苦茶喜んでくれたのを覚えている。
「よし、こっちはお茶の用意できたぞ〜」
「わたしの、サンドイ、ッチも、できた」
ミリーの前には5つのサンドイッチが並んでいる。
大きさで言えばパンは食パンを一回り小さくしたようなものだが、ライ麦パンのように重たいパンでなかなかのボリュームあるサンドイッチだ。
「コータ、お腹すいた?」
「ん? ボチボチな」
「こんなに、たくさん、食べれる?」
「まぁなんとかなるだろ」
っていうかさ、多分ミリーも気づいているんじゃないかと思うだけどなぁ。
「スミレ、探索終わったか?」
『あと10分ほどだと思いますね』
「おっけ、んじゃミリー、食べるか?」
「うん、いただき、みゃす」
「いただきます」
2人向き合って座ってから手を合わせる。
俺が教えてたんだけど、ミリーがいたく気に入ったんだよな、これ。
俺はサンドイッチを1口がぶりと齧り付く。
それからチラリ、と視線を坑道のやって来た方向に向ける。
薄暗いけどランタンの明かりがあるからさ、はみ出たブーツの爪先が見えてんだよ。
「スミレ」
『どうしますか?』
「ん〜、どうするかなぁ・・・」
このままほっといてもいいんだけどさ。
「どのくらい坑道にいたと思う?」
『さあ?』
「冷たいな」
『関係ないですから』
「なんかスミレまでミリーみたいになってきたぞ」
「わたし?」
ミリーの名前を出したからか、本人はサンドイッチから顔を上げて俺とスミレを交互に見る。
「気づいてんだろ?」
「何が?」
そう言いながらもミリーの視線はさっき俺が見たのと同じ方向をチラリと見る。
「ああもうっ、めんどくせえなぁ・・・はぁ」
思わず溜め息がでたけど、これは仕方ないと思ってほしい。
「おい、おまえ」
俺ははみ出たブーツに向かって声をかける。
でも返事は戻ってこない。
「おい、おまえだよ。見えてんだよ」
少しブーツが動いた気がする。
「あのな、隠れてるつもりだろうけどさ、ブーツが見えてるぞ」
途端にブーツが動いたものの、それ以上下げる事ができないのか爪先ははみ出たままだ。
「素直に出てきたら、サンドイッチ、やるぞ?」
「コータ、もったいない、よ」
「ミリー。お前容赦ないなぁ・・・いいんだよ。いくらでも作れるんだから」
もったいない、と言い切るミリーは真剣で、本気でそう思っている事が伝わってくる。
グゥゥゥ・・・
小さな腹の虫が聞こえた。
「腹減ってんだろ。今の聞こえたぞ。いいからこっちに来いよ」
「お、俺は・・・」
小さな声が返ってきた。
「ほら、いいから来いって。来ないと俺とミリーで全部食っちまうぞ」
ランタンの影が揺れたかと思うと、陰からゆっくりと出てくるケットシー。
そいつはさっきまでの強気な態度はどこに行った、と言いたくなるほどおずおずと近づいてくる。
ノロノロと近づいてきたケットシーは、そのままテーブルから2メートルほどのところに立ち止まる。
俺はポーチから椅子をもう1つ取り出して、俺とミリーの間に置いた。
「ほら、ここに座れよ。お茶も飲むか?」
「・・おう」
俺は何のマークもついていない木のカップを取り出すと、水筒のお茶を注いでからケットシーの目の前においてやる。
「それからサンドイッチも1つ目の前の置いてやった。
ゴクリ、と喉を鳴らす音がして、ケットシーは椅子の横に立ったままじっとサンドイッチを見つめている。
「ちゃんと椅子に座らないと食わせないぞ」
「わ、わかった」
ガタっと音を立てて椅子を引くとそこに座るが、ミリーでもようやくテーブルに届くくらいの高さだから、ケットシーだとテーブルからは目から上しか見えない。
「ちょっと低いか・・・じゃあ、ちょっと立ってくれ」
「お前、今座れって言ったくせに」
「それじゃあ低すぎるだろ? 台をおいてやるよ」
俺はポーチからクッションを取り出すと椅子の上においてやる。
するとケットシーはよじ登るようにして椅子に上がるとクッションの上に座った。
うん、丁度いいくらいの高ささな。
「ほれ、食っていいぞ」
「お、おう・・・あり、がと」
頷いてから口にしたお礼の言葉はとても小さくて、ようやく俺の耳に届くような大きさだった。
それから凄い勢いでサンドイッチを食べ始めた。
あっという間に1つ食べると、お茶をぐいっとカップ半分ほど一気に飲む。
それから奴の目はじーっと残りのサンドイッチを見つめる。
でも食わせろとは自分から言わないみたいだな。
俺は目の前に座るミリーを見るけど、彼女はケットシーから視線を完全に反らして反対方向を向いたままサンドイッチを齧っている。
まだまだミリーの機嫌は治らないようだな。
仕方ない、俺が勧めるか。
「まだ食えるか?」
「お・・おう」
「じゃあ、食っていいぞ」
俺はサンドイッチの載った皿ごとケットシーの前に押してやると、少しだけ躊躇ってからサンドイッチを掴むとガツガツと食べる。
そうして、結局俺とミリーは1つずつ、残りの3つのサンドイッチはケットシーの腹に収まってしまった。
「どこに入ったんだよ」
思わず声に出して言ってしまったが、食後の顔の手入れをしているケットシーには聞こえなかったようだ。
それでも毛繕いが終わってから、漸くケットシーは自分の置かれている状況に気を向ける余裕ができたようで、俺とミリーの顔を交互に見る。
「で、なんで俺たちを尾けていたんだ?」
「べ、別に尾けてなんか・・」
「うそ、ずっと、後をつけてた」
「うっ・・・・」
ミリーがピシャリというと、ケットシーは言葉に詰まってしまう。
てか同じ猫族っていうとどっちからも怒られるかもしれないけど俺にしてみれば似たようなもんだ。
んで、猫っていうのは気配に敏い。その猫にあとをつけている事がバレてない筈ないって考え付かないもんかな、と俺は思うだけどさ。
でもケットシーはバツが悪い顔をしてから、ぺこりと少しだけ頭をさげる。
「その・・・出口が判らなくて・・あんたたちについていけば、外に出れるかと・・・」
「あのな、俺たちは奥に入ったんだぞ? それくらい気づいただろ?」
「それは・・・でも、そのうち外に出るだろうって・・・」
「まあ確かにな。でも、それまでずっと後を尾けるつもりだったのか? ってか、お前どうやって坑道に入ってきたんだよ?」
「それは・・・」
言いにくそうなケットシーの表情は、ネコ頭のくせに意外と読み取りやすい気がする。
今はどこか罰バツが悪そうな顔をしているんだよ。
「鉱石を取りに来たのか?」
「ちがっ・・・その・・落ちたんだ」
「はぁ?」
「だから、歩いていたら穴が空いてて・・・気づかなかった俺はその穴に・・・」
『コータ様、おそらく換気穴かと』
いつの間にかスミレは俺の肩に乗っており、俺に思い出させてくれた。
「ああ、そういや3つくらい開いているって言ってたよな」
『はい』
「つまりなんだ? おまえ、穴から落ちて埋まってたのか?」
「違うっ。落ちてから俺は出口を探していたんだ。でもなかなか見つからなくって・・・そうしたら変なのがやってきた。俺はなんとかして逃げようと思って窪みに隠れようとしたんだけど、その窪みが小さすぎて入りきれなくて・・慌てて掘っていたら上が崩れてきた・・・んだと思う」
変なの、というケットシーの言葉に、俺は肩にとまっているスミレを見下ろした。
「スミレ?」
『はい、おそらくはパラリウムではないかと思います』
「土砂に埋まってたから助かった、って事か?」
『かもしれません。でもデータがあまりにも少ないので断定はできません』
そりゃそうか、スミレのデータバンクにはパラリウムなんかなかったもんな。
それにしてもアレに遭遇して助かったのか、ラッキーだったな。
読んでくださって、ありがとうございました。
お気に入り登録、ストーリー評価、文章評価、ありがとうございます。とても励みになってます。




