109.
カップのお茶に手を伸ばしたところで、ケットシーが尋ねる。
「なあ、あれ、なんだったんだ?」
「あれ?」
「あの、変なやつだよ。俺、あんなの見た事ないぞ」
「ああ、俺たちもあれは初めて見たな」
どこか怯えたような声を出すケットシーに、俺も頷いてみせる。
「まぁとりあえず、アレはなんとか仕留めたよ。だから、今のところは大丈夫だと思う」
「そ・・そうか、仕留めたのか・・・すげえな、あんたら」
仕留めた、というとびっくりしたような顔をした。
うん、俺も仕留められてラッキーだったと思うな。
でもそこでハタと思い出した。
俺、あの日ってアレに左ふくらはぎをヤられて毒にやられちゃってさ、早くから一晩中寝てたんだよな?
それでこいつを見つけたのって次の日の今日だから・・・
「あれ? じゃあおまえ、昨日から埋まってたのか?」
「そうなのか、な? どのくらい埋まってたかなんて判んねえよ」
自分でもどのくらいあんなところで埋まっていたのか判らないようだ。
少なくとも丸1日は埋まってた事になると思うと、運のいいやつだと思う。
『あなたのお仲間は探していないんですか?』
「スミレ・・?」
でもそんな事を呑気に考えていたのは俺だけで、スミレは違う事が気になっていたようで、ケットシーに疑問をぶつけた。
『ケットシーという種族は仲間意識がとても高いと聞いています。それに単独行動は皆無だとも。ですので、もし仲間が穴に落ちて姿を眩ましたら、必ず探そうとするでしょう。それも同じように穴に入ってでも助けようとする筈です』
でもあなたは未だに1人ですよね、とスミレの言葉が続く。
おそらくそれはデータバンクから呼び出した情報を読んで疑問に思っただけで、特に深い意味を持って尋ねた訳ではなかったと思う。
とはいえ、聞かれたケットシーはスミレの疑問にただ俯くだけだった。
「スミレ」
『あの、私、何か聞いてはいけない事を聞いたんでしょうか?』
「あ〜・・・どうかな」
俺はその通り、と思ったもののその理由なんかさっぱり見当もつかないから言葉を濁すしかない。
けど、困っていた俺の横で、ケットシーは顔を上げた。
「俺、追い出されたんだ」
追い出された、という言葉に、ミリーがそっぽを向いたままピクリと耳を動かした。
「追い出されたって、何したんだ?」
「お、俺はなんにもしちゃいねえよっっ! けどっ、けどなっ、俺がケットシーらしくないからって、それだけの理由で・・・」
グッと握りしめた拳を見つめているケットシーは、本当に悔しそうな顔をしてグッと歯を食いしばっている。
「みんながみんな、俺を追い出そうって思ってた訳じゃねえって判ってる。けど、ずっと仲間だって思ってたあいつらは、俺を罠にかけやがったんだっ」
「罠?」
「おうよっっ。あいつら、あの穴の事知ってやがったんだ。なのに俺には言わなかった。ってか、俺があの穴の上を歩くように誘導しやがったっっ!」
バンッと悔しそうにテーブルを叩くケットシー。
「俺が穴に落ちかけて縁にしがみついていたら、なんて言ったと思う? 『お前は異端だから、村に災いを呼び出す前に排除する』だってさ。俺がずっと・・・ずっと仲間だって思ってたのに、あいつら・・・必死によじ登ろうとしてた俺の手を踏みつけやがった。そのせいで俺は・・・」
「そりゃあひでえな」
思わず眉間に皺が寄る。
そんな目に遭ってたら、初対面の時の態度がやさぐれていたのも納得だな。
「でもさ、なんで異端なんだ?」
「そりゃ俺が・・俺の毛色が普通じゃないからに決まってる」
普通じゃない毛色?
俺はそう言われて改めて目の前のケットシーの毛を見る。
グレーの毛皮に黒のシマシマが入っている、普通のトラ猫にしか見えないんだけどさ?
「悪いけど俺にはケットシーの毛色事情はさっぱり判らん」
「・・・ケットシーは色々な毛色があるんだ。1色だけっていうやつもいるけど、白地に黒のブチとか、白黒茶色が混ざってるとか、とにかくいろいろだ」
「うん、まぁそうだろうな」
猫と一緒なら、ブチも三毛もいるだろうな。
納得して頷く俺だが、そんな俺の前で悔しくて泣きそうな顔のケットシーがいる。
「でもな、絶対にない毛色っていうのもあるんだよ」
「そんなのがあるのか?」
「おうよ・・それが、俺の毛色だ」
「・・・へ?」
トラ猫仕様である縞模様のどこか猫らしくないのって言うんだ?
「ケットシーには虎のような縞の毛色はない。ごく稀に足だけに縞が入る事はあっても、全身に縞が入っているっていう事はありえないんだ」
「でもおまえ・・」
「おうよ。俺は全身縞模様だ。生まれた時は普通に灰色のケットシーだったらしいけどな、大きくなるにつれて全身に縞模様が入ってきやがった。じいちゃんはそんな俺でも可愛がってくれたけど・・・」
毛色のせいで村八分かよ。
どっかで聞いたような話だよな、と思いつつ俺は視線だけミリーに向ける。
彼女はいつの間にかケットシーをじっと見ていた。
そりゃそうだ。たった今ケットシーが話してくれた内容は、ミリー自身が体験したのと殆ど同じだからな。
「じゃあ、ここを出たらどうするんだ?」
「俺はもう村にゃあ戻れねえ」
うん、それはそうだろうな。あんな目に遭ってまだ住んでた村に戻るなんて言われたら、正気を疑っていたところだよ。
でも、行くところもないだろうな。ケットシーは仲間意識が強くていつでも群れで行動するってスミレが言ってた。それって村単位の群れって事なんだろう。
という事はこいつにはその村以外には行くところがないって事だ。
それはこいつも判っているようで、ここを出る事ができてもどうすればいいのか判らないんだろう。
俺はチラ、とまたミリーを見ると、彼女はいつになく難しい顔をしている。
多分助けたいけど助けたくない、そんなところだろう。
俺としては手助けしてやる事も吝かじゃないんだが、ここはミリーの判断に任せようと思う。
そっとスミレを見下ろすと、彼女も同じ事を考えているみたいで、俺の視線を感じて顔を上げてから小さく頷いた。
「まぁ、とりあえず俺たちはここを出るから一緒に行くか?」
「・・・いいのか?」
「もともとそのつもりで後を尾けていたんだろ?」
「それは・・・」
バツが悪いのだろう、ケットシーの耳がペターッと頭につく。
「ミリーも構わないよな?」
「・・・いいよ」
「ほら、ミリーもいいって言ってる」
「でもスミレは?」
「スミレもいいってさ」
ミリーがキョロキョロと周囲を見回しているが、あいにく今のスミレは姿を消した状態なので俺にしか見えないし声も聞こえない。
その事にミリーも思い至ったのか、ハッとした顔をして俺を見る。
俺が頷いてやると、ミリーも頷き返した。
「スミレが、いいんだったら、いいよ」
「そっか」
「・・・コータ」
「ん?」
ミリーが何か決心したような顔で俺の名前を呼びながら、ケットシーを指差した。
「それ、町みゃで連れて、行く?」
「町って・・都市ケートンの事か?」
「うん」
「う〜ん、どうかなぁ・・・」
都市ケートンに連れて行くのはいいんだけど、そこでほったらかしにしたら本人が言ってたみたいに奴隷として捕まるかもしれないからなぁ。
さすがにそれはマズい気がする。
でもここで無視してお別れ、と言わないだけマシか。
「そこまで連れて行って、どうするんだ?」
「あとは・・べつべつ?」
「でもケットシーが1匹、いや1人? よく判らねえなぁ。とにかく1人でいると危ないんじゃなかったのかな?」
「えっと・・・」
そこまでは考えていなかったようだ。
「ミリー、多分こいつがさっき言ってたみたいに、こいつが1人でウロウロしていると奴隷として捕まるかもしれないぞ? そうじゃなくて獣人と勘違いされたとしても、あんまりいい扱いはしてもらえそうにないよ? 門のところであった猫系獣人のお姉さんたちが言ってた事、覚えているかな?」
「あっ・・・」
俺に言われて、ハッとした表情を浮かべる。
全部は覚えてないかもしれないけど、それでもいい扱いをされない事は覚えていたみたいだな。
「・・・じゃあ、一緒に連れ、てく」
「どこに?」
「えっと・・・旅、一緒?」
「いいのか?」
あれだけ嫌っていたのはミリーだ。
一緒に行動を共にするなら、ミリーが本当に納得した上でなければどこかで無理が生じる。
俺に尋ねられてミリーは、むむむと言いながらカップを両手で掴んで頭を捻っている。
けれどちゃんと自分で考えて決めたのか、次に俺を見つめた目には迷いはないように見えた。
「うん、ほかに行く、ところないなら、一緒でもいい、よ」
「判った」
俺は横に座っているケットシーを見ると、何がどうなっているのかさっぱり判らないと言わんばかりの顔で俺とミリーを交互に見ている。
「行くところがないんだったら、俺たちと一緒に来るか?」
「えっ?」
「といっても俺たちも旅をしているんだ。行き先はとりあえず大都市アリアナだけど、そこから先はまだ考えてない。それでもいいんだったら、一緒に来ればいい」
目をまん丸に大きく見開いたケットシーは、俺の言葉を頭の中で消化してからミリーを見て、それから俺を振り返った。
「・・・・ホントにいいの、か?」
「ミリーがいいと言ったんだ。最初にお前が土砂に埋まっているのを見つけたのもミリーだったからな。そのミリーがいいって言うんだったら俺に異論はないよ」
「でも俺・・すっげえ態度が悪くって・・・」
「うん、ひどい、たいど、だった」
「ミリー」
その通りだけど、もうちょっと歯に衣きせようかな、うん。
「でも、反省したら、それでいい、よ。一緒に来るなら、仲間、いれる」
ミリーは真っ直ぐケットシーを見て、目があうと頷いた。
途端にケットシーは立ち上がると、ミリーのすぐ横にやってきて跪いたのだった。
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