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高度に発達した異世界では転生しても無双できないか  作者: イ尹口欠


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29/60

29.ネカフェ妖精の闇は深い

 シャワーを浴び終えたジネッタは、昨日の定位置に座った。ロイヤルスイートの豪勢なリビングルームに、ジャージ姿の男女がふたり向かい合う。そんな不釣合いなメンバーで唯一、僕の肩に腰掛けている小さなメイドだけがフォーマルである。

 今朝のニュースについてジネッタに教えると、「調べておく」と言って二台の端末を操り始めた。ジネッタお得意の端末二刀流だ。情報収集用のAI(人工知能)があるらしく、起動しておけば十分後には主だったニュースサイトから記事をリストアップし各記事の細かい違いなどを比較してくれるのだとか。


「で、ユウはスペックでウェブをブラウジングしたいんだって?」

「ああ。でもブラウザとかウェブの仕組みについて知らなさすぎて、スペックにできないんだ」

『できればウェブ全体の仕組みからお願いします。ブラウザの仕組みはその後に』

「いいよいいよー。そのくらいは余裕だよー」


 ジネッタは余裕しゃくしゃくで〈ホロウィンドウ〉を出して説明を始める。

 僕はすぐにイメージできなくなったが、五十鈴はどうにか説明に食らいついている。僕の苦手分野は五十鈴に補ってもらおう。がんばれ五十鈴。


 雷属性の魔術で電波の送受信は可能であり、また情報魔術によりそれらを解釈、〈ホロウィンドウ〉で表示すれば、端末がなくても魔術だけでブラウジングはできるそうだ。

 しかし複数の魔術を並列起動しつつ、更にウェブへの理解や使用されているプログラミング言語の構造など、前提知識が多く使いこなせる魔術師は多くはいない。

 全てを魔術に頼らず、一部を補うような魔術具を作って持てばそれも可能なのだが、そもそも魔術具を持つくらいならケータイを持つ方が便利だというスタート地点に戻るのだ。


「わたしも携帯端末なしでウェブ・ブラウジングはできると思うけど、その魔術を維持する容量を情報の処理に使った方が結局は効率がいいんだよね」

「僕はケータイ壊しちゃったし、市民登録証がないから新しく契約もできない。それにこのニュースのせいで変装しなきゃ外も歩けない状況だ。スペックだけでブラウザが再現できるなら、便利だと思うんだが」

「うん。ユウはそれでいいと思うよ。ケータイくらいなら買ってあげることもできるけど、今はちょっと難しそうだしね」


 それに僕には五十鈴がいる。ウェブの検索くらいなら五十鈴に任せて、結果だけを教えてもらえるようにすればいいのだ。何も僕自身が常にネットしたいわけじゃない。


「そういえばジネッタ、その端末のGPSはどうなっているんだ?」

「ああ、大丈夫。わたしの端末たちも別人が使っていることになっているし、位置情報も偽装してあるから」

「えらく念入りだな」


 市民登録証も架空の人物だった。今回のために準備したわけではなく、ジネッタは日常的に個人情報を秘匿して生活しているようだ。

 そもそもこの妖精は、なぜネカフェに引き篭もってしまったのだろうか。


「……ジネッタ、なにを警戒してそんな準備をしていたんだ。その、なんか」

「気になる?」


 アゲハチョウの羽根が揺れる。昆虫のような感情のない目が僕を覗き込む。どうしてそんな怖い顔をするのかな。

 気にならないと言えば嘘になる。だが重い話ならわざわざ聞きたいというほどでもない。


「いや、話したくないならいいよ」

「……ううん。別に大した話じゃないよ。まあいいか、わたしばっかりユウのこと知ってるのも不公平だもんね」


 ルームサービスで朝食を頼んで、僕は彼女の昔話を聞いた。


     ◇


 自然に親しみ自然と共に生き、時にイタズラをし、時に世界の理の運行を司り、明るく楽しく生きて死ぬ。古来より妖精とはそういうものであり、純粋な妖精よりヒトに近しい妖精族(フェイ)もそのような存在であった。

 都市ではなく森の中に妖精族(フェイ)の集落はある。文化文明の発達により便利な道具や生活は流入していたから、自然が極端に多いという点を除けば都市での生活とそう変わりはない。ジネッタはそのようなありふれた里のひとつに生まれた。


 魔法が得意な種族である妖精族(フェイ)は、全ての属性を最低限ではあるが扱え、更にそれぞれ得意な属性をもって生まれるとされている。

 ジネッタの得意属性は情報。情報という属性は無いので、得意属性というよりは得意分野と言い換えなければならないが。応用性が高く現代的であるが、妖精族(フェイ)の得意分野からは幾分かズレていた。

 そのためジネッタがその得意分野を活かそうと思えば、里を出て都市で学ばなければならない。独り立ちできる歳――それが具体的に何歳などとは決まっていないが――になると、ジネッタは里を出て都市に移り住むことにした。


 特にツテもなく手持ちの財産も少なかったが、その辺はなんとでもなると軽く考えてまず行動するのが妖精族(フェイ)である。実際になんとかなった。親切な下宿に辿り着き、情報魔術を教える専門学校に入学することができた。

 学生生活は順調だった。だがある老人との出会いが、彼女の人生を大きく変えることになる。

 ある寒い冬のこと。道路の片隅でダンボールと新聞紙にくるまっているホームレスの老人を見かけたジネッタは、「なぜこんな寒い日に野営をしているのか」と質問をした。すると老人は「お金がないから、仕方がないのだ」と返す。

 だからジネッタは老人の市民登録証に紐付けられている預金口座にあった雀の涙のような残高に、ゼロを十個付け加えてやったのだ。


 次の日、警察が来た。その頃はデータ操作の際に自分のもとに辿りつけないよう偽装することも知らなかったから、ジネッタは酷く困惑した。ジネッタにとって無防備にウェブ上に放置されている数字は、路上の落書きのように消すも加えるも自由なものだと信じていたからだ。

 セキュリティを無いも同然と言い切ったジネッタを、皇国の防衛大学校の情報システム研究室が目をつけた。犯罪者扱いが一転して好待遇で迎えられたジネッタは、ひとまず満足な環境に置かれたので言われるがままに研究を手伝い始めた。


 研究室に何年在籍したのか、時間感覚が曖昧な妖精族(フェイ)であるジネッタは覚えていない。最後に携わったのは総務省の市民登録システムのセキュリティ再構築だった。

 そこでジネッタが見たものは、市民ひとりひとりがただのデータの寄せ集めとして管理されているにも関わらず、息遣いすら感じられるほどリアルな行動記録の集合体となってデータベース上で生きている姿だった。都市で生きるということは必然的にあらゆる情報との接点を作り出すことである。朝起きて見たニュースがなんなのか、何時何分に通勤のために駅の改札を通ったか、途中で買ったコーヒーはなにか、仕事の合間に見たウェブページ、ランチの内容、……ひとつひとつは小さな出来事でも、積み重ねられると人生が浮き彫りになる。

 管理されたデータが最終的にどうなるのかは知らないが、ジネッタはそこに恐怖を感じた。自分がこの中で管理されることに耐えられない、と。


 ジネッタは全てを捨てることにした。自分のありとあらゆる情報をこの世の全てのシステムから削除した。

 市民登録は抹消。消した事実すらも詐称して、初めから存在しなかったことにした。

 預金口座も解約。そんな口座は存在しなかった。過去から全ての辻褄を合わせて幾許(いくばく)かの金額が消滅した。

 防衛大学校の名簿から除籍。軍の名簿からも除籍。だいたいそんな人物は存在しないのだから、消えても困るまい。

 街頭に設置されたカメラの映像から自分を念入りに消して。市民登録証をつかってした買い物をなかったことにして。

 ジネッタは片っ端から自分の痕跡を消した。手が足りないので自分の痕跡を消すためだけに大量のAI(人工知能)をウェブに放ち、それは今も稼働し続けジネッタの痕跡を消し続けているはずだ。


 そうしてジネッタは、人の記憶の中だけに存在するようになって、ようやく安堵した。


     ◇


「その後、ネカフェに引き篭もったんだよ。わたしはこの世から消えてなくなったわけじゃないけど、研究には興味なくなったし、外で生活している限りどこかに記録が残るかもしれないからね。でも不便だから市民登録証は架空の人物を作って取得しちゃったんだよね。その架空の人物が預金口座を作って生活しているように見せかけたり、位置情報を更新し続けて生きているように見せかけたり、楽しい作業ではあるんだけど。でもそれが自分と結びつくのは耐えられないんだ」


 行き過ぎた中二病というのはこういうものだろうか。僕はなんとなく覗いてはいけない深淵を垣間見た気がして、ブルリと背筋を震わせた。

 ジネッタは肩をすくめて言った。


「若気の至りってやつかな」

「その一言で自分の半生を済ませるのは、どうかと思うけど」


 僕は苦笑する。肩の五十鈴も目を丸くしてジネッタを見ていた。

 いままでも随分と突飛な発言をする妖精だと思ってきたが、それもそのはず。こんな複雑怪奇な代物、たかが十八年しか生きてない高校生が理解できるはずもない。


 だから惹かれた。


 ゾクリと冷たくなる首筋。


 アゲハチョウの羽根が真っ黒い穴を広げているみたいに、僕を怪しく誘っている。


 この妖精は危険だ。あぶなっかしい。


 でも、――良い。すごく良い。


 この女はそんじょそこらではお目にかかれない希少品だ。


 病的な性質が(たま)らない。


 見目麗しい少女の容貌のくせして、中身はとびっきりドロドロのニトロみたいなダメな女(完成形)


 セクシィじゃないか。目を覚ませとばかりに頬を叩く五十鈴を無視して、僕は食い入るようにして目の前の妖精を眺めていた。

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