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閑話【香】

香は今日も忙しく仕事をしていた。


この屋敷は『伽羅の拾い物屋敷』と呼ばれるだけあり、伽羅が拾ってきた生き物が何匹も居る。

薄汚い狐だったり、手が捥げた下級の魔物だったり、あるいは翼の折れた鳥だったり、矢が刺さった犬だったり、その種類も大きさも体調も様々だ。

共通するのは『捨てられた』という事実のみ。


彼らが捨てられた相手は実に様々だし、伽羅が拾う基準も香は知らない。

そうして拾われた彼らは基本的に伽羅が面倒を見て、彼女が居ない間だけ香が面倒を任された。

伽羅がいない間彼らの様子を見て管理するのも香の役目で、放って置けば捨てられた生き物を延々と拾い続ける主に苦言を呈するのも香の役目だ。


怪我を負う生き物の傷の様子を一通り見て、今度は部屋の掃除をする。

不思議なことにこの屋敷の中に共存する『拾い物』は、互いを仲間とでも思っているのか争いや諍いを起こさない。

怪我をしている生物としての本能を疑うところだが、十分な餌をやっているため食事を理由に相手を殺す必要がないのかもしれない。

動けるものは皆一階の開け放してあるドアから外に出るため、室内の汚れもそこまで酷くない。

香は箒片手に、愛する伽羅に留守の間の屋敷の管理を任されている部屋の隅々まで綺麗に磨く。

そしてどれだけ仕事が忙しくとも、一日に一度は必ず訪れてくれる主が安らげるよう彼女の好みの花を生けるのだ。



香がこちらの『世界』に足を踏み入れたのは今回が初めてだ。

話には聞いていたが、やはり本来住んでいる世界とはところどころ違っている。

中でも驚いたのは『人間』の存在だ。


先月伽羅が拾ってきた人間は、正確には人間と言えなかったが、それでも酷く脆く脆弱だった。

伽羅に与えられた血は一滴だと言っていたのに、血に馴染むのに三週間も掛かった上、その間伽羅直々に看病されていた。

本来ならそんな僥倖を得る立場の相手は限られているのに、それだけで香の『人間』への評価は下がる。

伽羅が仕事の間は香も彼らの面倒を見たが、苛立ちは常に共にあった。


香を一番苛立たせたのは、彼らが伽羅に向けた視線だ。

憧れ、尊敬、敬慕、思慕、そんなのは慣れているから我慢できる。

そんなものは向こうの世界でも伽羅には溺れんばかりに浴びせられるものであり、傅くためなら何を投げ打っても良いと言う輩で溢れていたから。

美しく気高い主は香の誇りであり、永遠の憧れだ。

他人への関心がない故の冷淡な態度とは違い、香には柔らかな笑みも向けてくれる。

堪らない優越感と共に与えられる至福。

相手が伽羅の視線に映っていないのを理解しているからこそ、彼らが伽羅にすげなくされる瞬間を見るのがとても好きだ。


そうではなく、彼らの視線に僅かに含まれた『憐憫』の色。

それが香の気に酷く障った。


伽羅から予め『人間』は自分たちと違う生き物だと教えられている。

あちらの世界で師匠にもそう言われていたし、知っているつもりでいた。

それなのにこちらが当たり前のつもりで行動しても、彼らは時として憐れみ・・・に満ちた眼差しを向けてきた。

それが苛立たしく、憎々しい。



「・・・香」

「黒方様」



声を掛けてきたのは伽羅の弟分である黒方だった。

白檀とよく似た漆黒の髪を持つ男は、瞳すら伺えない分厚いレンズの底から視線を向ける。

不思議な意匠の服の上に医者でもないのに白衣を着た彼の手には、湯気を立てた何かが乗る皿があった。



「伽羅はまだ来ないのか?」

「ええ。お姉さまはあちらで勇者達と昼を摂る事になったそうです」

「そうか。・・・折角、伽羅の好きな『マフィン』を焼いたのにな」



物静かな様子で、それでも眉を下げて悲しみを表した黒方に、香も釣られて眉を寄せた。

朝から厨房に篭って何をしていたかと思えば、彼の世界のお菓子を作っていたらしい。

焼きたてのそれを皿に乗せたまま俯く彼の気持ちがよく判る。

香も昼の時間を伽羅と一緒に摂れるものと思っていた。

伽羅の好物であるスープも昨日の晩から仕込んでいたのに、勇者の言葉で伽羅はあちらで昼食を摂る事になってしまいとても残念だったのだ。

先ほど伝心を繋げられた時にさりげなくどうするか聞けば、夜に一度こちらに来てくれると言っていたのでその時にお腹が空いてらしたら出そうと思っている。

師匠直伝のこのスープは、伽羅がとても好んだものだから。



「そう言えば、あの二人はどうした?さっきまで庭で片手間に扱いてなかったか?」

「・・・あちらに送りました。梅香様からお姉さまに要請があったらしく、訓練は中止です」

「訓練、か。随分と激しいものだったな」

「どこがですか。加減しすぎて訓練にもなっていないくらいですよ。内蔵も潰してないですし、体も欠損していません。ちょっと強めればすぐに意識を失うし、お姉さまの盾に相応しくなるのはいつのことか判らないですね」

「盾になる素養はないか?」

「・・・どうでしょう。人間を鍛えるのは初めてですから。ですが、普通とは違いお姉さまの血を飲んでいます。素養は出来ているはずです」



そう。元がどれだけ惰弱でも伽羅の血を飲んでいるから素養がないとは言わせない。

香が人間を見たのは彼らが初めてで、相手をして更にその弱さに驚いたが、何をされても文句一つ言わずに喰らい付いて来る根性だけは認められるだろう。

だが香に言わせればそれ位は当たり前だ。

何故なら彼らは伽羅の眷属・・・・・なのだ。

根性の一つも示せないで、彼女への忠誠心は謳わせない。



「憐れだな。折角選択肢を示してやったのに、脆弱な身でありながら進んで堕ちて来るとは」

「僥倖ですよ。捨てられた身でありながら、お姉さまに拾っていただいたのですから」



嘲りと自嘲を含んだ笑みを見せた黒方に、つんと顎を逸らして宣言する。



「お姉さまの行動に意味はありませんが、彼らはお姉さまに尽くします」

「言い切れるのか」

「当然です。私達はそういう生き物・・・・・・・なんですよ」



黒方は自分と違う。正確に言えば自分や伽羅、そして新たに眷属に加わったあの二人とも違う。

同じ立場でありながら、その在り方が根本から違う彼は、きっと生涯理解できない。

それでもその心は想像できる。

複雑な想いを抱きながらも、結局彼も伽羅が心配なのだ。


黙り込んだ黒方を眺め、近くの窓を覗くと視線を庭先に落とす。

そこには血を撒き散らしながら回復しようと力を溜める獣が居て、その獣の『元』を知っているだけに香は少し不思議だった。


『彼らは『人間』。私たちとは種族が違うわ。想いの表し方も、感情の起伏も、恐怖する対象も愛情の示し方も』


不意に脳裏に伽羅の言葉が蘇る。

口で教えられても、実際に目にしても、まだまだ香には人間は理解できそうになかった。



「お姉さまが」

「え?」

「夜にはお姉さまは一度こちらに来ると仰ってました。食べてもらいたければ、それは夜まで置いとくと宜しいかと」

「・・・そうだな」



教えてやると、嬉しそうに黒方は口元を綻ばせた。

そこから感じる愛情は香ととてもよく似ているのに、やはりどこか違うもので、やっぱり香は不思議だった。

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