三日目【11】
「伽羅をこの場に同席させてくれ」
「ああ、別に構わぬぞ」
勢い込んで白檀様に訴えたフレドリックは、あまりにあっさりと許可を与えた彼に目を丸めた。
先に私から伝心で報告していたのだが、それを彼は知らない。
そして別に報告せずにその場で勇者が提案していても今と同じ気軽さで許可を出していただろうことを知っているので、私も別に驚かない。
肩透かしを食らって目を瞬かせるフレドリックに席を指差すと、私にはこちらに来いと手招く。
招かれるままに近寄れば、ひょいと片手で抱き上げられた。
膝の上に乗せられると、そのまま腰に腕が巻きつき抱え込まれる。
わずかばかり力が篭められた抱き方に顔を上げれば、少しだけ責めるような視線が注がれて思わず破顔してしまう。
どうやら朝先にベッドから抜け出たので不機嫌らしい。
「・・・何で伽羅がその位置なんだ?」
「この子が俺のものだからに決まっているだろう」
「止めろ。勇者を前にしてする態度ではない」
「ほう?ならどのような態度が魔王らしいのか教えてもらおうか」
「少なくとも、幼女を膝の上に抱きだらしなく表情を崩すのではないな」
フレドリックの言い分に瞳を細める。
白檀様を前にしてあまりな言い分に苛立つが、白檀様自らに宥められ心を落ち着かせる。
そのまま緩やかに髪を指先で弄ぶと、余裕たっぷりな態度で嗤う。
「そうか。だがこれが俺だ。些細なことを気にするな勇者殿。度量がしれるぞ」
「ッ」
「───それ以上は止めなさい、フレドリック。魔王様に無礼を働くなら、私はこの場から消えるわ」
「伽羅」
「勘違いしないで。私は貴方が望んだからこの場に居るけれど、そもそもそれ自体が勇者の面倒を見るように仰った魔王様のお言葉に従った結果よ。私の前でこれ以上魔王様を侮辱するのであれば、私が貴方の相手をするわ。・・・度量が知れてよ、勇者様」
「・・・・・・」
私の言葉で黙り込んだ勇者に鼻を鳴らす。
悔しげに唇を咬みこちらを睨んでいるが、別に怖くも何ともない。
彼の視線を真っ向から受けていると、それを遮るように後ろから伸びてきた掌に視界を塞がれた。
小悪魔姿の時であれば片手て顔を覆うのは容易だ。
そうして私の視界を塞ぎながら顔を近づけた白檀様は、耳元でそっと囁きを零す。
「俺の可愛い養い子。どうして朝は俺をきちんと起こさなかった」
「ぐっすりとお休みになられていらしたので。僭越かとは存じましたが、昨日はあまり眠っていらっしゃらないでしょう?眠れるときに体を休めるのが一番かと」
「・・・それで俺の腕から抜け出し別の男と逢引か?」
「まさか。私が逢引などありえません」
「ふん。どうだかな。挨拶もせずに消えたくせに」
「眠りを妨げぬよう、一度だけ額にさせていただきました」
「目が覚めていなければ挨拶とは言えぬだろう」
視界を覆う掌を両手を使いそっとどけ、拗ねた口調の彼を見上げる。
柳眉を寄せて不機嫌そうな様子で私を見る白檀様に、不謹慎だが笑ってしまった。
「では、この場で挨拶をさせて頂いても宜しいですか?」
「・・・ふん。構わん」
つん、と僅かに視線を逸らし許可を与えて下さったので、遠慮なくと体を伸ばす。
膝の上に座っている状態から彼の肩に手を置き、伸び上がるようにして頬に口付けた。
「一度だけか?」
促され、さらに反対の頬、額、唇すれすれの場所に口付ける。
すると漸く機嫌を直してくれたのか、私の髪を耳にかけると白檀様も頬に口付けを与えて下さった。
嬉しくて笑みを零すと、瞳を細めてその様子を眺めた白檀様は頭をゆるりと撫ぜる。
そのまま前髪をどけ、額にも口付けると満足気に笑った。
「・・・何やってるんだ、あんたたち」
白檀様との今日二度目の触れ合いに喜びを噛み締めていると、冷め切った声に水を差される。
この場に居るもう一人の存在を邪魔に思いながら笑顔を消して振り返った。
「挨拶よ」
「何が」
「見ていて判らなかったの?」
「ああ、判らないな」
「なら説明しても判らないでしょう。黙っていなさい」
「こらこら。そんなことを言っては俺の仕事が捗らん」
「申し訳ございません」
「レイノルド。お前も焼き餅ばかり妬いていないで少しは会話をする努力をしろ。お前に与えられた使命は何だ」
「・・・・・・」
再び黙り込んだフレドリックは、悔しげな眼差しで白檀様を睨み付けた。
その態度に苛立ちつつも、行動には移らない。
幾度も止められているのに先走っては白檀様の意思に背いてしまう。
人間如きに白檀様を貶されるなど容赦できる内容ではないが、私を抱く腕が体を緩く拘束している。
そして何より勇者を相手にして白檀様が愉しげに笑っているので動けない。
「さあ、勇者殿。俺にお前たちの世界の話を聞かせてくれ。それこそが勇者の務めで、お前がここに存在する意義。伽羅に興味を持つのは構わぬが、最低限の仕事はせねばな。伽羅も一々突っかかるな。話が進まぬ」
「・・・はい」
「判ればレイノルドに謝罪を。お前の態度も悪い」
「はい、魔王様。───出過ぎた真似を致して申し訳ございません、勇者様。ご無礼をお赦し下さい」
白檀様に促されるままにフレドリックに向かって頭を下げる。
そんな私に、今日の中で一番苦々しい視線を向けたフレドリックは、それでも吐き捨てるように『赦す』とただ一言返事をした。
その瞳に宿る色は、過去に見た『勇者』のそれと酷似したものだった。




