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三日目【2】

アースの背に乗り外を駆ける。うっすらと残る痕跡を辿れば、どうやら勇者は森の中へと向かったらしい。

白檀様の屋敷は、広大な森に覆われている。自然に手を入れていないので、碌な歩道もない。

ここ二十年は太陽も顔を出していないので、進化が狂い不気味な成長を遂げた植物が蔓延っている。

白檀様の力の影響で枯れることはないが、それ以上の手入れはされていない。

人間達の間では、『迷いの森』とそのまま呼ばれているらしいが、別に幻影の魔力をかけているのではない。

単純に入り込んだ人間は、森に住む魔物に喰われているだけなのだが、それを知らせる存在が居ないだけだ。

どうせ臆病な人間が呪われていると噂のこの地に足を踏み入れることなどほとんどなく、それを知る私達も態々教えてやる義理はないので人間に伝えない。

方位磁石など方向を知るアイテムを持っていれば道には迷わないだろうが、白檀様の守護が掛かっていた馬車の中ならともかく、人の身でこの森をうろつくのは少しばかり危うかった。


しかめっ面をしたまま移動する内に、目的地の見当は付いていた。

始めは訓練のために早起きして出かけたのかと思ったが、どうやらそれは違うようだ。



「どうしてこんなに面倒ばかり起こすのかしら」

「・・・うるるゥ」

「判っているわ。別に何かする気はないもの」



私を乗せるアースも、その方向に何があるか察したらしい。

ため息混じりに漏らした私を宥めるように唸ると、さらにスピードを上げる。

流れる風を冷たく感じるほどにスピードは出ているが、遮蔽物は全て器用に避けていく。

しなやかな体を躍動させる獣の首に回した腕に力を篭めると、到着を知らせるようにアースは一声鳴いた。


先ほどまで見ていた陰鬱な気分になる植物の森を抜けると、空けた原っぱになっている。

屋敷からそれほど離れていないが、意識しないと着かない程度の場所にあるそこは、基本的に伽羅以外は足を踏み入れない土地だった。


そこに生えるのは木ではなく花だ。小さな花弁を幾つもあしらった可憐な花。

花びらはアースの毛と酷似した緋色で、茎は瑞々しい緑。大きさは、大体伽羅の掌を僅かに超えるくらいの小さいものだ。

だが緋色の絨毯を広げたように大地を埋め尽くし、この不毛な地に不似合いなほど美しい光景は中々圧巻だった。



「こちらにお見えでしたのですね、勇者様」



アースから降りると、赤一色の花畑の真ん中でぽつりと立っていたレイノルドへと近づいた。

呆れたことに剣こそ携えていたものの、防具一つ纏わぬ彼は、薄い普段着のようだった。

その様子に眉根を寄せ、力を編みこみ外套を作ってやる。藍色の外套の突然の出現に目を瞬いた勇者は、私と認めると淡い苦笑を浮かべた。



「やはり、来たか」



待っていたと言外に告げる男に、ひょいと眉を上げる。

昨日までぶっきらぼうな態度と、仏頂面しか見ていなかった気がするが、今日のレイノルドは機嫌でもいいのか随分と表情が柔らかい。

覚えている面影に一瞬だけ重なったが、まさかと首を振る。沸いた疑念を押し殺すと、顔に笑みを貼り付けた。



「こちらで何をされていたのです?」

「・・・それは、もういい」

「何がでしょう?」

「嘘臭い笑顔と、とってつけたような丁寧語だ。昨日も言ったろ?俺は、あんたたちを知ってるって。手記に書かれたあんたは、『勇者』相手にそんな態度取ったことないだろ?」



笑いを噛み殺したように告げるレイノルドに、私は表情を消した。

一瞬、その『手記』とやらにどのように私が書かれているか聞いてみたくなったが、後悔するのは面倒なのでやめておく。

どうせ苛立ったところで怒りをぶつける正当な相手もいないのだ。

何を言っているか理解できないとばかりに小首を傾げてみれば、くつくつと喉を震わせたレイノルドは私へと距離を詰めた。

隣に座っていたアースが私の正面へ立ちはだかるように移動すると威嚇音を発する。

驚いたように目を丸めた勇者に溜飲を下げると、首を撫でて宥めた。

アースが落ち着いたのを確認すると、改めて勇者は言葉を発した。



「歴代勇者の『手記』には、初代のものから含めて必ず登場する人物が三人居る。『魔王』、『梅香』、そして『伽羅』、あんただ。登場人物の性格や行動が『手記』には記されているんだが、中でも女性で唯一の側近であるあんたに関する項目は多い。物珍しさもあったんだろうが、悪魔の中でも異端と言われるあんたに勇者は興味を持っていた。だから、あんたに対して俺の情報量は他よりも多いんだ」

「・・・それで?」

「だから、俺の前で猫を被るな。昨日、あんたの笑顔を見るまでは騙されたけど、本物を見れば贋物は褪せる。それなら、作り物ではない方が俺はいい」



くしゃり、と年相応の青年の笑みを浮かべた勇者に、私は大きく息を吐き出す。

腐っても勇者は勇者らしい。



「私は魔王様に勇者様のお世話を仰せつかっております」

「その俺が良いと言っている。気持ちが悪い態度は止せ」

「・・・私は本来人付き合いは得意としておりませぬ。不愉快に思われるかもしれませんよ」

「今が不愉快だ。俺は本当のあんた・・・・・・と話がしたい。本物のあんたを見せろよ」



まるで口説き文句のようだ。

顎に手を置くと、じとりと眉を寄せる。

不快だと態度で表してやったのに、してやったりとばかりに勇者の笑みは深まった。



「しかしながら、私は」

「いいから。俺が頼んだと言えば、周りも納得するし、あんたの体面も傷つかない」

「私は別に自分の体面は気にしておりません。それに付随する───」

「魔王の体面が気になるって?・・・本当に書かれたまんま魔王至上主義なんだな。だが、俺がいいと言っているんだ。俺が魔王にも話を通す。これ以上続けるなら、融通が利かないと魔王に文句をつけるぞ」



わざとらしく声を低くして腰に手を当てた勇者は、三下の悪役のように腰に手を当てて意地の悪い笑みを見せた。

深く、深く息を吐き出す。

額に手を当てて首を振る私を、慰めるようにアースが舐めた。



「俺の名はレイノルド・フレドリック・ラッチェ。レイノルドではなく、フレドリックと呼べ」



何故か命令形で胸を張る勇者に、もう一度深々とため息をつく。

遠回しな嫌味のつもりだが、全く気付かない勇者に、私は僅かに頭痛を覚えた。

私のため息を敗北と受け止めたのか、レイノルド───否、フレドリックは嬉しさを隠さないで目を細めていた。

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