三日目【1】
扉の外に生まれた気配に、私は閉じていた瞼を開けた。
瞼を開けても相変わらず広がる闇色に目を細め、自分を抱いて眠る人に視線を向ける。微かに唇を開いて寝息を立てる白檀様に微笑むと、力を使い体を入れ替える。
私の代わりに腕の中に出現したのは、本邸で留守番をしている男が手作りした『伽羅人形ver.等身大ぬいぐるみ』だ。
白い肌や金色の髪の精度は大したものだ。触り心地など自分のものとほとんど変わらないし、吸い付くような滑らかさがある。髪は何も手入れせずともきらきら輝く。瞳こそ私のものより僅かに青が強いが、それでも十分だろう。体温がないが、変わりに子守唄機能搭載だ。
デフォルメされたぬいぐるみを奪われた男の発狂ぶりが脳裏を過ぎるが、柔らかいそれをぎゅうぎゅうに抱きしめて寝返りを打つ白檀様の無防備な様子を目にするとどうでも良くなった。
「・・・白檀様」
「ん・・・」
「勇者に動きがございました。私は命令を遂行するために先に失礼します。結界は継続し、見張りは菊花に引き継ぎます。何かありましたらすぐに駆けつけますので、どうぞゆるりとお休みくださいませ」
「ん」
返事をしているのか、それとも呻いているだけなのか。
不明瞭な声を漏らす白檀様の額に口付けを落とすと、そのまま身を起こす。
有事の際を考え瞼を閉じていただけの私とは違い、本当に眠っている白檀様は、浮き上がろうとする意識に抵抗するよう唸る。
白檀様は私を外套に包むと眠ってしまったが、二人でいたならともかく、一人寝だと風邪を引いてしまうかもしれない。
暫し思案して、力を編みこんで掛け布を作り体を包む。ふわふわとした毛をしたものを作ったのだが、気に入ったらしく眉間の皺が解けた。
子供のような無邪気な様子に小さく笑い、菊花に伝心を繋げると後を頼むと告げておく。忠誠心の厚い彼ならば、白檀様に粗相はないだろう。
その後梅香に伝心を繋ぐと、勇者一行の面倒を引き続き頼むと告げる。元々そのつもりだったのか、彼の返事はあっさりとしたもので、けれど心の内までは読ませない。
何を考えているか判らない幼馴染の行動に違和感を覚えるが、どうせ私では止められない。どちらにせよ、白檀様に対して忠誠を誓う彼なら、白檀様に危害を与えるような策は考えない。ならば、考えるだけ無駄だ。
扉に手を掛けて風呂に入ってないのを思い出した。視線を下げれば少し皺が付いたドレスは着の身着のままだ。暫し思案すると、衣服だけ形を変える。
時計を見ればまだ早朝。闇に包まれた領域では判りにくいが、人間の国でもまだ朝日は昇ってないだろう。
扉を開けると、そこには一匹の獣が居た。
見た目は人間界の狼に近いが、全身を彩る毛は鮮やかな緋色。そして瞳は草原に生える若草色。立ち上がれば成体である私も軽く超える巨体でちょこんと座り込んだ獣は、静かに瞬きを繰り返した。
ルー・ガルー。
彼はそう呼ばれる魔物で、私の眷属の一人だった。
「アース」
「がぅ」
名を呼べば、ふさり、と尻尾を一度だけ振る。
本来のルー・ガルーであれば、人型になり私達と言葉を交わせるが、私の眷属はその力を持たない。
しかしそれは別に気にならなかった。言葉が使えずとも伝心があれば感情が伝わるし、何を知らせたいかは判る。
甘えるように足に擦り寄る獣の頭を撫でると、そのまま思考を読み取った。
部屋の番人として置いておいた忠実な僕は、同時に勇者の監視も任せていた。
動いた気配を敏感に察し、結界を張って外と内を遮断していた私に異変を知らせたアースを誉めるよう手を差し出せば、喉を鳴らしながら手の甲を舐める。
ざらりとする長い下が指をしゃぶり、牙を立てぬ柔らかさで噛み付く。指の股を舐め満足したのか、もう一度手の甲を舐めた。
べとべとになった手を見て思案すると、そのまま彼の首筋を撫でることで解決する。
「追えるかしら」
「・・・・・・」
問いかければ、心地良さそうに目を細めながらこくりと頷いた。




