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閑話【ハーク・アーク】

残酷描写がありますのでR15です。

流血沙汰が苦手な方はご注意ください。

消えかけた意識の中過ぎったのは陽を具現化したような美しい金色。

片方を潰された、残った眼球一つでは焦点を定める事すら難しく、こんな時でも美しいと思えるそれが何かは判らなかった。

体中が悲鳴を上げ、今も生命の証である血液が大量に放出され地面に吸い込まれていっている。

剣を振るっていた右腕は一メートルほど先に飛んでいったはずだが、それがまだそこに存在するのかも判らない。


先ほどまで何故こうなったかを説明していた王女は、もうこの場に居ないのだろうか。

双子にぶつけられる悪意の塊は聞いているだけで吐き気を催し、あれ程慈しみ可愛がっていた妹分は、いつか子のことなら結婚しても良いとした女性とは思えなかった。


朝露に濡れた花が陽を浴びて綻ぶような、鮮やかで柔らかな笑顔が好きだった。

鈴を転がしたような声で『お兄様』と呼ばれるのが好きだった。

砂漠の砂が水を吸うように知識を吸収する彼女に、物を教えるのが好きだった。

年が十も離れた彼女が赤子の時に笑い掛けてくれた日以来、可憐な手が汚れぬように、全ての何もかもから守ってやろうと決めていた。

恋はしていなかったけれど、確かに愛していたのだ。


それは離れた場所に居る己の片割れも同じはずで、何もかも捧げて慈しんだ相手に何故ここまでされなければいけないのか、さっぱり理解できなかった。

ぶつけられた憎悪は厚く重いものだった。

嫌悪に溢れた眼差しは、今まで良くぞ堪えたと感心するほど強かった。

吐き出される言葉一つ一つに悪意が滲み、人の心はこれほどまでに呆気なく踏み躙られるものなのかと、麻痺した心で歪みきった心を感じ取った。

可愛がっている弟も、この王女と同じ気持ちだったのだろうか。

自分たちへのコンプレックスと憎悪に塗れ、それでも綺麗な笑顔を貼り付けていたのだろうか。


泣きたいのか怒りたいのか叫びたいのか逃げ出したいのかさっぱり判らなかった。

ただ判る事は、自分たちが裏切られた現実だけ。


冷静になり考える時間があれば彼らに対し同等の嫌悪を向けるだろう。

しかし生き延びる可能性は万に一つもなく、今も己の体にかぶりついている魔物が人体を租借する音が、体を通して振動で伝わった。

痛みはすでにない。ただ失血ゆえの寒さと、信じたくない残酷な現実に、それでも狂えず正気を保つ精神が悲鳴を上げていた。


だから始めは綺麗な金色は錯覚だと思った。

死に掛けの自分が見た幻だと。

けれど幻は消える事無く存在し、風に流れて揺れていた。



「───貴方たち、捨てられたの?」



その『音』は、今まで生きてきた中で一番美しい音だった。

言葉を発していると認識できず、朦朧とした意識で瞬きを繰り返す。

するとその音はもう一度同じ発音を繰り返し、脳が意味を認識した。

しかしどうにかして返事をしようとしても死に掛けた体で自由になる場所はなく、声を出そうにも声帯はひゅーひゅーと息を漏らすだけ。

それでも強制観念に似た何かが、それに返事をしなければいけないと心を急かした。



「生きたい?」



音は続ける。楽の音より美しいそれに聞き惚れながら、瞳を動かし音の発信源へと視線を向ける。

そこには金色にたゆたう何かがあり、それが『音』を発していると気が付いた。



「死にたくない?」



もう一度、同じ意味でありながら似ていて違う表現で問いかけられる。

それに答える術はなく、それでも僅かに動く部位で意志の疎通を図った。


瞬間、自分を捕らえていた『魔物』が消え去った。

それでも体は地面に叩きつけられる事無く地面から一定の距離を保有し、その感覚に身を委ねる。

抵抗しようにも力は残っておらず、今更逆らう気力もなかった。



「死にたくないのね、貴方たち」

「・・・・・・」

「一つの選択肢を取れば、もう一方の選択肢は消えるわ。それでも貴方たちは望んだ」

「ぁ・・・っ」

「貴方たちを生かしてあげる。けれど覚えておきなさい。純粋な人としての貴方たちは、もう存在しなくなるわ」



静かな宣言の後、唇に何かが押し当てられる。

無理やりに喉奥まで突っ込まれたそれは、何かを擦り付けるとそのまま去った。


何をされたか判らずに居ると、一拍置いて体中を激痛が走る。



「ああぁぁあぁアぁああああ!!」



母音のみで発される悲鳴は、自分の口から出たものだろうか。

それとも同じように声を張り上げる片割れのものだろうか。

死に掛けた瞬間よりも激しい痛み。


涙が溢れて止まらない、そして眼球が再生されているのに気がついた。

叫び声がそこら中に響いて、初めて潰された喉が再生されているのに気づいた。

五月蠅過ぎる自分と片割れの悲鳴に、破裂された鼓膜が再生されているのに気づいた。

痛みを堪えるために地面を爪で引っかいて、捥げた腕が繋がり千切れた指先が存在するのに気がついた。

今すぐに死を望みたいほどの激痛は容赦なく精神に爪を立てる。

けれど狂気に走りたいと望む思いとは裏腹に、何かが強固に意識を繋ぎとめた。



「私の血を一滴与えたの。これで貴方たちはもう人ではない。立場的には私の眷属。けれど怪我が治れば好きな場所に消えればいいわ」



金色の何かが美しい音を響かせる。

音に反応し心臓が脈打ち、胸の奥から歓喜が競り上がった。


この方の傍に存在できる自分が、傍に許される己の身が嬉しくて仕方ないと、幸福が血流に紛れ全身に広がる。

何故そう思うのか判らない。何故そう感じるかも判らない。それでも傍にいることが、自分にとって自然で当たり前だと塗り替えられた何かが叫ぶ。


零れる涙も溢れる唾液も止まらない鼻水も隠せない。

全身の穴という穴から体液を零す自分はさぞかし情けなくみっともないものだろう。

生まれてこの方そんな醜聞を晒した経験はなく、高すぎる矜持に、ほんの一日、否、彼女に裏切られる前ならば自ら死を選び取ったはずだろう。

しかしそんな姿を晒したとしても、目の前の方に拒否されるはずがないと心が訴える。

彼女が自分を嫌悪するはずないと、息をするのと同じくらい自然に信じられた。



「私が貴方たちを拾ってあげる」



静かな宣言に瞬きすれば、漸く目の前の金色が形を整える。

陽を紡いだと思った美しい金色は、波打つ見事な髪の毛だった。


消えかける意識に最後まで刻まれたのは、この世に存在するのが信じられないほどの美を所有する生き物だった。


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