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二日目【3】

幸せと不幸の天秤はいつだって公平であるとのたまったのはどこの賢人であろうか。

少なくとも現在の私はそれを身を持って理解する立場にあり、恐ろしく面倒で嫌だと訴える心を宥めつつせかせかと足を動かした。

力を使えば一瞬で終わる移動も、基本的には使わない。急いでるわけでもなし、歩いていれば面倒な相手その一と顔を合わせ、じとりと眉間に皺を寄せた。

しかし私の顔色を読むのを得意としているくせに、空気は一切読む気がない幼馴染は細い目をさらに細めて笑顔で近寄ってくる。小悪魔状態の私の1.5倍近くある長身の彼は、あっという間に距離を詰めると挨拶の前に私を片腕で抱き上げた。

丁度彼の腕に腰掛ける状態で持ち上げられれば、自然と視線は絡み合う。殺気を篭めて鋭く睨みつけているのに、飄々と躱すのはさすがと誉めるべきなのだろうか。

渋い顔をしているだろう私の頬を、何が楽しいのか知らないが崩れた表情で指先でつつく。思い切り噛み付きたい衝動に駆られたが、どうせ喜ぶだけなので止めておく。代わりに心底嫌々ながら口を開いた。


「───何か用なの?」

「はははっ、朝からつれないな伽羅。まずは挨拶からじゃないのかい?」

「挨拶云々をあなたが言えるの?いきなり抱きかかえて頬を突付きだすような礼儀知らずに、礼儀を守る謂れはないわ」

「手厳しいな。じゃあ、僕から挨拶したら返してくれるね?おはよう伽羅。今日も飛び切りの美人さんだね」

「下らない修飾語は必要ないわ。私相手に美辞麗句は不要よ。───おはよう、梅香。今日も朝から鬱陶しいわね」

「君への愛が溢れて止まらないだけだ」

「怖気が走るからやめて頂戴」


冗談抜きで一気に鳥肌が立ち、寒気に体をすり合わせる。

そんな私を情けなく眉を下げて苦笑しながら眺める梅香は、つれないなと一言呟いてから移動を開始した。どこへ向かうかなど問う必要もない。彼が来たなら行き先は一つだと始めから判っているのだから。

白檀様との心温まる触れ合いの後、自室に戻った私を迎えたのは相変わらず白いドレスだ。蝶をかたちどった繊細なレースが幾重にも巻かれたドレスは、腰元を大きなリボンで結ぶ子供向けのものだった。

明らかに私の趣味ではないそれを用意したのは菊花に違いない。この城で私に白い服を着せるなんて悪趣味な行動は彼以外は取らないのですぐに判ったが、この恥ずかしさ溢れる子供向けドレスを一体どんな顔をして選んだか見てみたい。

一瞬そう考えたが、慌てて否定した。普段どおりの顔で選んでいれば詰まらないと思いながらも納得できる。しかしそうでなかったら、色々な意味で怖すぎた。

レースの感触が気に入ったのか、スカートの裾についているそれを指先で弄る梅香を好きにさせていたら、悪戯な指先が裾から潜り込んで来た。腿を直に這う掌を思い切りドレス越しに抓り、涙目になった幼馴染を見上げる。


「勇者様一行は?」

「もう食堂へ案内したよ。君が指定したとおり、広すぎる場所ではなく人数が丁度入る部屋だ。彼らについているのは君が選んだ人間の部下。コックも指示通りに彼らの希望を取り入れた朝食を作っている。───君は、『勇者は嫌いだ』と言いながらどうしてそこまで甘いのかな」

「甘い?どこが?最低限のもてなししかせずに、狭い部屋に押し込めた私のどこが甘いと言うの?私の眷属を彼らの下につけろと言うの?人の相手は人で十分。違うかしら?」

「そう、人の相手は人で十分だ。態々君が気紛れで拾った死に掛けの人間を彼らの世話役として与え、彼らが気後れしないように各々が傍に居られる席を与え、彼らが警戒しないように食事を選ぶ自由を与えた。それを甘さと言わずして何と言うんだい?」

「全ては白檀様のご意思よ。白檀様は私に彼らの面倒をみるように勅命を受けているの。あなたも見ていたでしょう?」

「ああ」

「なれば私はそれを完璧に遂行する義務がある。白檀様のお望み通りに全てを滞りなく進める義務があるのよ」

「───だから君は彼らに本性をさらすつもりなのか?」

「・・・それを、白檀様がお命じになられたなら、享受するのが私の存在意義よ」

「君は、馬鹿だね」


しみじみと言われた言葉は、彼との付き合いの中でもう四桁以上は聞いただろう。それだけの永き間を共に過ごした幼馴染は、普段の彼らしくない、どこか泣きそうな眼差しを私に向けていた。

その視線の意味を知らないとは言わない。その視線がいつも私を見ていて、どんな想いを持っているか知らないなどと私は言えない(・・・・)

彼の想いは私にとって価値があるもので、それを梅香自身が明確に理解している間は、私達は共にあり続けるのだろう。


「馬鹿で結構よ。そんなの、昔から知っているわ」

「追加するよ。ただの馬鹿じゃなくて、酷く残酷で賢い馬鹿だ」


矛盾する言葉を吐き出した梅香に視線を向ける。

いつも通りに一直線にこちらを見詰める眼差しに、その篭められた熱さに私は哂った。


「随分と矛盾してるのね」

「男心は複雑なんだ」


絡めた視線は一瞬。そして次の瞬間には、燃え盛る焔のように熱く宿っていた何かを瞳から消し去った梅香は、にこり、と心の内を読ませぬ笑顔を浮かべた。

口端を僅かに持ち上げることでそれに応えると、私達は試練の場へと向かった。

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