第14話 「力」
ーー翌朝。
洞窟の外にある広場。
朝日が森を照らしていた。
シンは木剣を肩に担ぎながら欠伸をする。
「本当にやるのか……」
「当たり前だろ!」
ゼノスは既に準備万端だった。
満面の笑みを浮かべている。
武器は無い。ゼノスの戦闘スタイルは純粋な格闘だ。
「楽しみだったんだぜ!」
「俺はそうでもないんだけどな……」
「嘘つけ」
ゼノスが笑う。
「お前も戦うの好きだろ」
「……否定はしねぇ」
ルキナとバルバは少し離れた岩場から見守っていた。
「始まりますわね」
「うむ」
バルバは頷く。
ゼノスが拳を構える。
「俺にアルカナの力を出さしてみろよ。シン」
シンが首を傾げた。
「アルカナだと?」
「あれ? 言ってなかったか?」
「聞いてねぇぞ」
「あれ」
ゼノスが目を瞬かせて、岩場にいるルキナを見る。
「ルキナも言ってねぇのか?」
「聞かれませんでしたので」
岩場から少し大きな声で返事をする。
シンだけが置いていかれていた。
ルキナがため息を吐きながら近づいてくる。
「アルカナ」
そして自分の胸へ手を当てた。
「私達も持ってますの」
シンが目を見開く。
「マジか」
「ええ」
ルキナは当然のように頷いた。
「ナンバリングで言うと。私のアルカナは3」
「へぇ……」
そしてゼノス。
「俺は8」
「お前ら2人ともアルカナ持ちだったのか」
「そういうことですわ」
「知らなかった……」
「でも、俺みたいに刻印がないじゃないか」
「あるぞ」
そう言うとゼノスは、上着を脱ぎ背中に8と書かれた刻印を見せつけてきた。
「ほんとだ……じゃあルキナもあるのか?」
「変態」
ルキナが身体を両手で隠す仕草をする。
「あ、ご、ごめん」
「ほっほっほ。乙女に聞くで無いわ馬鹿者」
バルバが岩場からヤジを飛ばした。
「がはは!」
ゼノスは笑いながら身体をゴキゴキ鳴らす。
「1つだけ言っとくぜシン」
「なんだ」
「最初から全力で来い」
シンが眉を上げた。
「全力?」
「ああ」
ゼノスの瞳が真っ直ぐ向く。
「手加減されたら面白くねぇ」
「いやいや」
シンは苦笑した。
「全力って言われてもな」
「お前、試験で変な動きしてただろ」
「変な動き言うな」
ゼノスが笑う。
そして、ゆっくりと拳を構えた。
「だから見せてみろ」
シンも木剣を構える。
「後悔すんなよ」
「それはこっちの台詞だ!」
瞬間。
2人が同時に地面を蹴った。
ドォン!!
地面が爆ぜる。木剣と拳が激突し、凄まじい衝撃が森に響いた。
「っ!」
重い。
フィディスより重い。
ゼノスの一撃は技術ではない。
純粋な暴力。
人間とは思えない膂力。
押し込まれる。
足が地面を削る。
「おら! おら!」
連撃に次ぐ連撃。
まるで嵐だった。
シンは必死に受け流す。
だが。
明らかに押されていた。
「どうした!!」
ゼノスが笑う。
「おら! おら! おら!」
顔面に向けて、無数のストレートが飛んでくる。
シンは間一髪でゼノスの拳を避け続ける。
「全力じゃねぇぞ!!」
ドゴォッ!!
回し蹴り。
シンが吹き飛ぶ。
数メートル先を転がった。
「ぐっ……!」
立ち上がる。
腕が痺れる。
呼吸も乱れている。
(強ぇ……)
想像以上だった。
だが。
ゼノスは納得していなかった。
「おい」
ゼノスは拳をゴキゴキ鳴らしながら、シンに近づく。
「石投げの時のやつはどうした」
シンの動きが止まる。
「……」
「あるんだろ?」
ゼノスは笑う。
「見せてみろよ」
沈黙。
そして。
シンは小さく息を吐いた。
「へへっ。見せてやるよ」
すると、0の刻印は熱を帯びて発光する。
そして、世界が静止したような感覚が訪れる。
風の流れ。
木々の揺れ。
ゼノスの呼吸。
全てが見える。
理解できる。
身体が勝手に動く。
思考より先に。
本能より先に。
――最適解へ。
「……っ?」
ゼノスが違和感を覚える。
空気が変わった。
シンが消える。
スッ
「なっ――」
横。
違う。
後ろ。
違う。
上。
違う。
どこにもいない。
そして。
ドゴォォォッ!!
「がっ!?」
ゼノスの腹部に衝撃。
シンはそのまま、木剣を振り抜いた。
ゼノスが吹き飛ぶ。
十メートル。
二十メートル。
三十メートル。
岩へ激突する。
「ゼノス!?」
ルキナが目を見開く。
立ち上がったゼノスも驚いていた。
「はは……」
口元から血が流れる。
そして笑った。
「最高じゃねぇか」
ドォォン!
再び突撃。
だが。
当たらない。
拳が空を切る。
蹴りが空を切る。
全部読まれている。
全部避けられる。
「くそっ!! 当たらねぇ!!」
次の瞬間。
拳を連続で突き出した。
「バースト・テンペストォォォ!!」
ドドドドドドドドドッ!!
空気が弾ける。
無数の拳圧。
目に見えない弾丸。
大地を抉りながらシンへ殺到する。
木が吹き飛ぶ。
岩が砕け散る。
普通なら避けられない。
だが。
シンは歩いていた。
ただ歩いていた。
右へ半歩。
左へ一歩。
首を傾ける。
身体を僅かに捻る。
それだけ。
全ての拳圧が掠りもしない。
まるで未来を知っているかのようだった。
「はぁ!?」
ゼノスの目が見開く。
シン自身も何も考えていない。
身体が勝手に最適解を選ぶ。
故に。
当たらない。
一撃たりとも。
「だったらこれはどうだ!!」
ゼノスが両腕を引いた。
「ブラスト・ナックル!!」
ドゴォォォォォォン!!
巨大な拳圧が一直線に放たれた。
地面を削りながら迫る暴風。
だが。
シンは消えた。
否。
最小限の動きで軌道から外れていた。
拳圧は背後の巨岩へ命中。
岩が爆散する。
轟音。
土煙。
しかし。
シンは既にゼノスの目の前にいた。
「なっ――」
ドゴォッ!!
木剣の先端が腹部へめり込む。
ゼノスの身体が吹き飛んだ。
ドォン!!
「これが……」
ルキナが呟く。
「シンの力……」
勝負あり。
誰もがそう思った。
その時だった。
「……っ」
シンの膝が揺れる。
視界が霞む。
身体が重い。
0の光が消えた。
「はぁ……はぁ……!」
呼吸が荒れる。
「ちっ」
ゼノスが笑う。
「時間切れか」
シンは答えられない。
限界だった。
そして。
ゼノスが構える。
ーーレオ・フォルティスーー
全身の筋肉が膨れ上がる。
空気が震える。
ルキナの顔色が変わった。
「まずいですわ」
バルバも立ち上がる。
「うむ」
ゼノスは狂気的な笑みを浮かべている。
「最後だ」
拳を握る。
「吹っ飛べぇぇぇぇぇ!!」
地面が砕ける。
一直線。
シンへ向かう。
今のシンは避けられない。
直撃する。
誰もがそう思った。
瞬間。
ゴォォォォォッ!!
巨大な魔法陣が展開された。
「そこまでじゃ」
バルバだった。
ゼノスが空中で停止する。
「なっ!?」
「終了ですわ」
ルキナも魔法を発動していた。
2人まとめて拘束される。
「えぇぇぇぇ!? もう少しだったのによ!」
「やりすぎですわ!!」
ルキナが怒鳴る。
周囲を見れば。
地面は陥没。
岩は粉砕。
木々はなぎ倒されていた。
もはや訓練場ではなく災害現場だった。
「た、助かった……」
(完全に俺の負けだ。止められなければやられていた)
バルバはため息を吐く。
「まったく……」
そしてバルバがニヤリと笑った。
「良い勝負じゃった」
シンとゼノスは顔を見合わせる。
一瞬の沈黙。
そして。
「シン次は勝つ」
「ゼノスそれ俺の台詞だ」
2人は笑った。
こうして。
2人の最初の勝負は――
決着の付かないまま終わった。




