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第三十三話:炎の竜姫の激情と知識の盾

 賢者ソフスとの謁見から半月。


 盟約軍の司令部は、連日の軍議と、古王軍との次の決戦に向けた準備で活気に満ちていた。ヒカルは、この半月でルーナの調律を受けながら、賢者から託された『古代の魔術』の知識と、六征竜の『本質的な弱点』に関する古代文書の解読に費やした。


「王。半月前とは比べ物にならない、鋼のような冷静さですわ!」


 蒼玉の理性竜姫アクアが、クリスタル製の巨大な戦略盤を前にして、感嘆の声を漏らした。隣には深海の戦術師シエルが、ヒカルが示した次の戦場と作戦を、魔力演算でシミュレーションしている。


「アクア様の言う通りです、ヒカル様。ルーナ様の調和の光と、賢者ソフスの知識の盾。この二つが、貴方の『絆の共感者』を、かつてない安定域に導いています」


 ヒカルは、その言葉に頷いた。確かに、ヴァルキリアの闇の音色に怯えることも、レヴィアの激しすぎる愛に精神を消耗することもなく、極めて冷静に戦略を練ることができていた。


「知識こそ、最大の力であり、最大の防御だ。おそらく古王軍は『古代の魔術』を準備している。だが、その対抗策を知っている俺たちが、もう後手に回る必要はない」


 ヒカルの瞳には、かつての追放者の影は微塵もなく、竜の王としての強い自信が宿っていた。


 今回の標的は、炎を司る六征竜、狂炎の破壊者(バーン・ブレイカー)。彼は、古王軍でも屈指の純粋な火力と破壊衝動を持つ、最も危険な将軍だ。


「狂炎の破壊者は、その魔力の大半を『激情と傲慢』に依存しています。彼の炎は、制御されていない『怒り』そのもの。賢者の文書によれば、彼の魔力核は、『最も安定した炎の魔力』、すなわち『守護と治癒の炎』によって一時的に麻痺させられるでしょう」


 シエルが分析結果を読み上げる。その視線は、司令部の一角で、腕をぶんぶんと回して戦闘準備を整えている紅蓮の激情竜姫レヴィアへと向けられた。彼女は、風の竜姫セフィラと談笑している。


「つまり、レヴィアの炎の魔力を、いつもの『激情と破壊』の炎ではなく、『冷静沈着な守護と治癒の炎』へと変貌させることが、この戦いの勝利条件だ」


 アクアは、ヒカルを見つめた。


「それが出来れば苦労はないのですわ……。レヴィアは、あの子は貴方への愛と独占欲が強すぎるあまり、魔力の制御を失いがちです。彼女の激情を冷静な守護へと調律する……。これは、貴方の『愛の指揮棒』が試される、最も難しい試練です」

「分かっている……」


 ヒカルは、レヴィアが自分のために、その最強の炎を制御できず、自滅の道を辿ることを最も恐れていた。この戦いは、彼女の愛を真の力へと昇華させるための、調律の試練でもあった。



 ◇◆◇◆◇


 出陣前。ヒカルが乗る馬のそばで、レヴィアは赤い鱗が輝く戦闘服を纏い、荒々しい炎の魔力を放っていた。その瞳は、獲物を見つけた猛獣のように、狂炎の破壊者への敵意と、ヒカルへの過剰な独占欲で燃えていた。


「夫《おっと》よ。今回は、我の炎のユニゾンこそが、勝利の鍵なのだな! 安心しろ! 貴方は、ただ我を見ていればいい。我の炎の魔力で、あの狂炎の破壊者を、灰の一粒すら残さず焼き尽くしてやるわ!」


 レヴィアは、ヒカルの首に腕を回し、激情的な抱擁を仕掛ける。


「我の炎は、貴方を守るため、全てを焼き尽くす。貴方を独り占めしようとする者は、古王軍だろうと、アクアだろうと、ルーナだろうと、誰も許さない!」


 ヒカルの胸に流れ込むレヴィアの愛の魔力は、あまりにも強く、ヒカルの精神を激情へと引っ張ろうとする。このままでは、彼女の炎は制御不能となり、狂炎の破壊者の傲慢な炎と同調し、破滅的な破壊力をもって両者を滅ぼしかねない。


 ヒカルは、ルーナの調律の光を借り、冷静さを取り戻すと、レヴィアの抱擁を優しく解き、彼女の頬に触れた。


「レヴィア。お前の愛と炎は、最強だ。だが、今回の戦いで必要なのは、『破壊』ではなく、『守護』の力だ」

「守護……?」


 ヒカルは、賢者から得た知識の核を、レヴィアの「絆の共感者」を通じて、愛の調律として伝えた。


「そうだ! 俺は、お前の炎を『最高の守護の炎』へと調律する。古王の軍勢に侵された大地を癒やし、傷ついた仲間を治癒する、慈愛の炎へ、とな」


 レヴィアの瞳に、困惑と、ほんのわずかな恐怖が浮かんだ。彼女の炎は、常に破壊を目的としてきた。守護と治癒など、彼女の辞書にはなかった。


「守護の炎……? そんな弱々しい力で、どうやってあの破壊者を倒すというの!? 夫を傷つけようとする者を、焼き尽くさずに、どうして守れる!?」

「良く聞け、レヴィア。守護とは、『破壊の必要性を消し去る力』だ」


 ヒカルは、レヴィアの額に、熱いキスを落とした。


「お前が俺を愛し、守りたいと願うのなら、その炎を、破壊者の傲慢な炎を鎮めるための、絶対的な安寧の光へと変えてみせろ。俺の命はお前の炎の中にある。頼む、レヴィア。俺を守ってくれ。お前の愛の力で」


 ヒカルの言葉と、その瞳に宿る絶対的な信頼は、レヴィアの激情を鎮め、その破壊衝動を、『王の願いを叶える義務』という、より高尚な愛へと昇華させた。


「ふふふ……分かったわ、夫。貴方の願いを、このレヴィアが、最高の守護の炎で証明してやるわよ。我の炎は、貴方を守るため、どんな形にもなれる。貴方への愛こそ、我の調律の核なのだから!」


 レヴィアの炎の魔力が、その場にいる全員が驚愕するほど、黄金色に輝く、静謐な治癒の炎へと変貌した。その炎は、大地を焦がすのではなく、まるで春の陽光のように、周囲の竜姫たちを温かく包み込んでいった。




 ◇◆◇◆◇


 レヴィアの新しい炎の魔力を核とした四龍ユニゾンが、狂炎の破壊者(バーン・ブレイカー)の待つ戦場に到達した。


 敵はヒカルたちのおよそ2倍の軍を戦場に投入して来た。


 狂炎の破壊者(バーン・ブレイカー)は、レヴィアの炎を感知し、歓喜の咆哮を上げる。


 すでに完全竜化したその姿は、体長25メートル級の巨大な溶岩竜。レヴィアの神々しい炎とは対照的な、憎悪に歪んだ破壊を撒き散らしていた。


「来たか! 紅蓮の竜姫! 貴様の破壊衝動は、我と寸分違わぬ! 土も水も貴様らの奇策に敗れたに過ぎぬ! 我ら、古王軍の最強の炎で、この世界を焼き尽くし、本来の秩序を再構築してやろうぞ!」


 狂炎の破壊者は、大地を溶かすほどのマグマの炎を放ち、盟約軍へと突進した。彼の炎には、古王の威信をかけた「破壊の誇り」が込められている。


 彼は明らかに盟約軍を舐めていた。正面からぶつかれば負けるはずがない。それだけ自分の力に自信があったのだろう。


 ヒカルはその慢心を当然のように利用し、いきなり最大火力を投入した。下手に軍をぶつけ合って互いに疲弊する必要性がないからだ。


「四龍ユニゾン! 四元調和圏《クアドラ・ハーモニー》発動!」


 ヒカルの愛の指揮棒が振るわれる。レヴィアの炎は、狂炎の破壊者の炎と衝突する寸前、静謐な黄金の守護の炎へと変貌した。


 その炎は、破壊者のマグマの炎を焼き尽くすのではなく、まるで鏡写しのように沈静化させ、彼の魔力構成を内側から崩壊させていった。


「なんだ、この異質な魔力の流れは!?」


 レヴィア(炎/D)、アクア(水/F)、テラ(土/A)、セフィラ(風/C)の四つの魔力の旋律が、ルーナの調律を受け、「安寧のメジャー・セブンス・コード」として静かに響き渡った。


 それは、激しく燃える炎とは裏腹の、極めて満ち足りた透明な和音だった。トランペットの守護の旋律は、チェロの重低音に支えられ、ヴァイオリンの自由な音色はクラリネットの理性に包まれた。四つの愛が融合した響きは、戦場に揺るぎない安息をもたらした。


「馬鹿な…………!? 貴様の炎は、なぜ、『安寧』の魔力を帯びている!? 貴様の中にあるはずの、破壊への激情はどこへ行った!?」

「はん? 我はヒカルと言う愛の対象を得たのよ! いつまでもかつての激情姫と侮るとは愚かなことよ!」


 狂炎の破壊者は、自らの魔力が、レヴィアの守護の炎によって、急速に力を失っていくことに気づき、激しく動揺した。ヒカルの『愛の指揮棒』は、狂炎の破壊者の最も強い部分である『激情』を、完全に封じ込めたのだった。


「レヴィアの炎は、今、俺の愛によって、『守護』の力を得た。お前の傲慢な破壊の炎は、彼女の慈愛の炎には勝てない!」


 ヒカルの言葉と共に、四龍ユニゾンの力は、狂炎の破壊者の魔力核を包み込み、あっけなく彼を消し去った。


 そこからは、もはや戦闘ではなかった。将を初手で失った敵は、もはや軍ではなかった。


 時間にして1時間もかからずして、ヒカルたちは1人の犠牲者も出さずに勝利を手にしたのだった。




 この戦いは、どちらの陣営にとっても誤算だった。


 古王サイドは最大級の火力をあまりにあっさりと失い、ヒカルの盟約軍はレヴィアの新たな可能性を得たからだ。


「どう!? 我の実力を見た!? これが愛の力なのよね、そうよね、夫よ!」

「そ、そうだな。さ、さすがは我が愛しの炎の姫だ!」

「くぅーーー。そうよの、そうよの! 我がちょっと本気を出せば、あのような小物など取るにたらんのよ!」


 こうして、盟約軍は賢者から得た知識と、レヴィアの愛の昇華によって、六征竜との連戦の初戦を鮮やかに勝利で飾った。


 しかし、この戦いでレヴィアの力の調整のために、ヒカルは極限まで魔力を使い果たしていた。つまり長期間の休養を取ることを余儀なくされる、という課題が浮き彫りになったのだった。


(古王の次の手は、間違いなく古代の魔術だ。そして、あの闇の王女という最大の脅威に打ち勝つための五龍ユニゾンの準備が、喫緊の課題だ……。幸い今回は敵の油断もあった。だが、今後の戦いのために、さらに周到な準備が必要だ……)


 勝利の裏で、ヒカルは次の戦闘までのインターバルを使って、残る姫たちとの絆を深める必要性を感じていた。


【第34話へ続く】


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ヒカルの義務は、レヴィアの激情的な愛や、アクアの理性的な愛といった、制御不能な竜姫たちの愛の感情を音楽の和音(ユニゾン)として調律し、軍団の戦闘力へと変えること 。彼は裏切りのトラウマを抱えながら、まず古王軍(闇の竜族)との絶望的な劣勢を覆す内戦に勝利し、六龍盟約軍を完成させ、竜の世界の新たな王になることを誓うのだった。

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