第十六話:風の自由と、二つの異能の再認識
このタイミングで、ヒカルたちの城は、調和の座と名付けられた。ヒカルの案に対して、珍しく3人の意見が一致したことに、ヒカルは正直驚きを隠せなかった。
さて、城の一室、簡素な司令室に張り詰めた緊張感が漂っていた。盟約軍の緊急幹部会議で、偵察と高速機動力を担う風の竜姫の加入が最優先課題として決定された直後のことだ。
ヒカルは、セフィラとの接触のため、単身での出立を三人の妻たちに告げていた。
「セフィラは『義務』や『束縛』を最も嫌う。正規の外交団を連れて行けば、確実に逃げられるだろう。単身で、彼女の『好奇心』と『自由』に訴えかけるのが、最も合理的な戦略だ」
蒼玉の理性竜姫アクアは、すぐに同意を示した。
「王の分析は合理的です。風の動きは予測不能。大勢で押しかけるのは資源の無駄であり、非効率的です。ただし……」
アクアは冷静ながらも、ヒカルを射貫くような強い視線を向けた。
「……帰還後の状況報告は、私とシエルに一秒の遅れもなく行うこと。これは参謀としての絶対の義務です」
しかし、紅蓮の激情竜姫レヴィアは激しくテーブルを叩き、全身から炎の粒子を噴き出した。
「ふざけないで、夫! 他の女の元へ単身で向かうなど、正妻たる私の存在を否定する行為よ! 貴方は私だけのものよ! 私がいるのに、なぜ、あの奔放な子供の元へ行くの!?」
ヒカルは、レヴィアの猛烈な独占欲と激情がユニゾンの成功率に直結することを理解していた。彼は一歩踏み出し、強い口調で言った。
「レヴィア。お前の愛と激情が軍の最強の矛であることは疑わない。だが、今、軍団に必要なのはお前の矛を活かすための風(機動力)だ。これは王の義務だ」
その言葉に、磐石の守護龍テラが静かに進み出た。蜂蜜色の瞳は深い不安に揺れていた。
「主。わらわは王の義務を理解します。しかし、あの末妹は、時として悪意のない悪戯で、主の御身を危険に晒します。どうか……」
テラは懐から、土色の糸で編まれた小さな護符を取り出し、ヒカルの手に握らせた。
「……わらわの母性の献身、この『磐石の護り』を肌身離さず。陽が落ちる前に必ずお戻りください。主の安全こそ、わらわの命です」
ヒカルは三人の愛を公正に受け止め、深く頷いた。
「分かった。アクアの要求する報告は滞りなく行う。レヴィア、先日の敵との戦いの単独任務のMVP報酬が、まだだったな。だから、帰還後、お前の愛を誰にも邪魔させない独占時間を約束しよう。テラ、ありがとう。お前の護りは、この王の盾となろう」
「本当か、夫よ! それならば、我はおとなしく待っておるぞ!!」
レヴィアは、独占時間の約束に顔を赤くし、吐き出しかけていた炎を収めた。テラは安堵の微笑みを浮かべ、アクアは満足げに眼鏡を押し上げた。
ヒカルは三人の複雑な感情の奔流を背負い、風の竜姫セフィラが棲むという調和の座(ヒカルの城)の北東の山脈地帯、『風の囁く渓谷』を目指して単身、移動していた。
ヒカルは、移動用の馬車の中でも、セフィラの性格を分析することに集中していた。その時、ふと、自身の内に宿る二つの異能へと意識が向かう。
◇◆◇◆◇
竜姫たちと契約して以来、ヒカルは常に自らの胸の中心に、奇妙な『感覚』を抱き続けている。それは、軍師時代には決して存在しなかった、温かくも激情的な、生の感情の熱量だ。
目を閉じると、レヴィアの炎の如き【独占欲:98%】、アクアの氷の如き【理性:75%/警戒:25%】、テラの分厚い大地のような【献身:90%/不安:10%】といった数値が、鮮やかな色となって脳裏に浮かぶ。この感覚こそ、ユニゾンの成否を握る「絆の共感者」の力だ。
(この力は、俺自身が求めたものではない。レヴィアが、裏切られた俺に無理矢理『契約』という名の恩を押し付けた瞬間に、俺の中に『開花』した、言わば愛の副産物だ)
この能力は、竜と『繋がる』ことで得られた、後天的なもの。彼が人間社会で失ったはずの「優しさ」と「信頼」という感情の延長線上に成立している。だからこそ、竜姫たちはヒカルの『王の義務』としての裁定に従い、彼に全幅の信頼を寄せる。
一方で、もう一つの能力、戦場の視覚化(Tactical Vision)は、この「共感者」の力とは全く異質なものだった。
(戦場の視覚化…………。あれは、俺が軍師候補だった頃から、理由は不明だが持っていた、純粋に冷徹な知の力だ)
視覚化の力は、戦場を三次元の立体盤面として認識し、兵力の配置、敵味方の魔法エネルギーの流れ、地形の優劣を、感情的なノイズを一切排して分析する。それは、人間であるヒカルが、孤独に劣勢な戦況をひっくり返すために培った、悲しいほどに「ヒカル自身の才能」だった。
「絆の共感者は、竜姫たちの優しさによる恩返し。戦場の視覚化は、裏切られた俺が人間社会で生きてきた孤独な才能。この二つを融合させることで、初めてこの盟約軍は最強の戦力となる」
ヒカルは自らの二つの核を認識し、改めて「竜の王」としての、そして「人間」としての自己を確立した。
◇◆◇◆◇
数刻後、渓谷の最深部に到着したヒカルを待っていたのは、荘厳な城とは対照的な、風に揺れる軽やかな祭壇のような場所だった。
「やあ、まさか本当に来るとは思わなかったよ、元・人類の裏切り者さん……」
声と共に、一陣の突風がヒカルの全身を優しく撫でる。風が収まった場所に立っていたのは、六龍姫の末妹、風の竜姫セフィラだった。
彼女は、他の姉たちのような重厚なローブや鎧ではなく、風を纏うかのようなミニスカートに軽装のレザーベストという出で立ちだ。黒曜石のような瞳が好奇心と無邪気な悪戯心に満ちている。
目を閉じると、「絆の共感者」の力が、鮮やかな色となって数値を脳裏に浮かべる。ヒカルは、今、目の前にいるセフィラの数値を彼の意識に流し込んだ。
【セフィラ:自由への渇望:95%/ヒカルへの興味:50%/統制への嫌悪:80%】
(統制への嫌悪が80%…………この数値を無理に抑え込もうとすれば、彼女の風の音色はすぐに乱れる。レヴィアたちの重すぎる愛とは違う、この軽やかな「自由」こそが、今の俺には必要な安息なのか)
ヒカルは、セフィラの自由という名の無邪気な愛を戦略的に活用することを決意した。
「セフィラ。君の力は盟約軍に不可欠だ。王として、君に義務を果たしてもらいたい」
ヒカルは率直に切り出した。
セフィラはつまらなそうにため息をつく。
「義務? やだね。私の一番の趣味はいたずらとスリル満点の空中散歩だよ。窮屈な『王』の命令なんて、最高の退屈でしかない」
ヒカルの頭上で、巨大な風の渦が不規則に発生し、小石が舞い上がる。彼女の感情が、そのまま周りの環境に影響を及ぼしている証拠だ。
(【セフィラ:自由への渇望:95%/ヒカルへの興味:50%】……王の義務では駄目だ。彼女の好奇心を刺激する言葉が必要だ)
ヒカルは笑った。それは、軍師候補時代には決して見せなかった、裏切られる前の、純粋な少年の笑顔だった。
「分かった。じゃあ、俺は『王』として君を誘わない。君を、退屈な世界から救い出し、誰も成し遂げたことのない『最高の冒険』に誘おう」
セフィラの瞳が初めて真剣な色を帯びる。
「最高の冒険、だって? 具体的には?」
「優しさと絆の力だけで、人類の腐敗と魔王軍の恐怖を打ち破り、全ての種族が争わずに済む『新世界秩序』を創る。これは、世界を変革する、究極の戦略ゲームだ。そして、君はその中核を担う、世界最速の冒険者だ」
セフィラは、いたずらっぽく、ヒカルの周りを高速で一回転し、彼の耳元で囁いた。
「いいよ。その『冒険』、スリルがありそうだ。でも、私は王の部下じゃない。自由を愛する者たちのリーダーとして、君のことを『王』じゃなくて、『団長』って呼ばせてもらうね」
「分かった、団長だ」
ヒカルは頷く。
その瞬間、ヒカルの胸の中に、また一つの感情が加わった。それは、レヴィアの重い独占欲でも、アクアの計算された愛でも、テラの献身的な母性でもない。
【セフィラ:無邪気な愛:80%/いたずら心:15%/自由:5%】
この、軽やかで裏表のない純粋な喜びに、ヒカルは初めて心の奥底で癒やされる感覚を覚えた。盟約軍に、最高の偵察部隊が加わった。そして、ヒカルに、王の重荷を一時的に下ろさせてくれる、最高の『団員』が加わったのだ。
「よろしくね、団長!」
セフィラは無邪気に抱きつき、ヒカルをからかうように頬をペロリと舐めると、まるで弾けるように風と共に飛び去っていった。
ヒカルは、セフィラの単純な喜びに、レヴィアたちの重い愛情とは違う、癒やしと自由な感覚を取り戻した。
続けて、ヒカルはセフィラとの契約を終え、盟約軍全体の「絆の共感者」の数値を内面で確認した。
レヴィア、アクア、テラ、セフィラの四龍姫の感情は、愛の奔流として色鮮やかに彼の意識に流れ込んでくる。だが、フレアやシエル、ガイア、そしてセフィラの補佐竜ゼファーのステータスは、ノイズもなく、完全に空白のままだった。
(やはり、この「絆の共感者」の異能は、竜姫たちとの直接的な盟約にしか適用されないのか…………)
ヒカルは、六天将以下、軍団の中核を担う副官たちの忠誠心の深さや、疲弊の度合いを数値として把握できないことに、改めて冷や汗をかいた。彼らの本心を人間の観察力と経験だけで測らねばならないという事実は、ヒカルにとって最大の戦略的盲点となった。
【第17話へ続く】
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