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第十四話:絆の奇策と鉄壁の将 《アイアン・ウォール》の敗北

 戦闘が始まって数刻。六征竜の一人、鉄壁の将(アイアン・ウォール)が率いる古王軍の土属性部隊は、依然として城塞周辺の大地を硬化させ、ヒカルの軍団に重圧を与えていた。


 敵の総兵力は、こちらの現有兵力(約490体)に対して二倍以上、およそ1,000体という圧倒的な数だ。城門前の防衛線は、不動の防衛将ガイアの部隊が何とか持ちこたえているのが限界だった。


 ヒカルは、このままではジリ貧になると判断し、防御を捨てるという奇策の最終指示を出した。


「テラ! アクア! レヴィア! 三龍連携を再始動する! テラ、お前の防御壁を、あえて崩壊させろ! アクア、水で追撃!」

「「「御意!」」」


 磐石の守護龍テラは、主の命令に従い、築いていた防御壁を自ら内側から崩壊させた。同時に、蒼玉の理性竜姫アクアが崩れた土に向けて高圧の水流を注入。大地は瞬く間に敵の足取りを奪う超粘着性の泥濘地(ぬかるみ)と化した。


 鉄壁の将 (アイアン・ウォール)は、この無謀な防御の放棄に確信的な勝利を覚えた。


「愚王め! 自ら防御を捨てて、泥遊びか! 全軍、泥濘地に足を奪われぬよう、踏み込みを強化し、前進せよ!」


 その瞬間、紅蓮の激情竜姫レヴィアの炎が、フレアが率いる爆炎龍部隊(50体)の陽動で敵の注意が集中した一点に向け、アクアの水の制御と、崩壊したテラの土の魔力によって異常なまでに集中され、一点突破のブレスとなった。


「私の炎は、貴方の泥遊びで終わりなどしないわ!」


 紅蓮の激情竜姫レヴィアが咆哮した。


 ◇◆◇◆◇


 ブレスは泥濘地の魔力を燃料とし、土の鎧を貫通する超高熱の破壊光線となった。


「なっ!? これがやつらの真の狙いだったのか!?」


 鉄壁の将(アイアン・ウォール)の視界は、赤と青の光に焼き尽くされた。彼女が誇る究極の防御魔法は、三つの愛の感情が調和し、論理を逸脱した奇策として運用された力の前では、全く無力だった。


(バカな…………自ら築いた防御を破壊し、弱点を露呈させるだと? 彼は、絆を武器とする竜の王……ヒカル、悔しいが貴様の勝ちだ)


 鉄壁の将 《アイアン・ウォール》は、ヒカルが「絆を武器とする竜の王」として自らの軍団内部と古王軍に認知され始めたことを悟りながら、その強靭な体躯をブレスの超高圧の熱量に硬質な甲冑ごと蒸発し、魔力の霧散と共に大地に還った。


 将を失った古王軍の土属性部隊は、目の前で指揮官が一瞬にして消滅した光景に戦慄した。


「将軍が! 将軍が蒸発したぞ!」

「撤退だ! 隊列を捨てろ!」


 統制を完全に失った兵たちは、恐怖の悲鳴を上げながら、泥濘地を蹴散らし、我先にと城塞から離脱し、敗走を始めた。


 ◇◆◇◆◇


 城塞内では、勝利の興奮と、王妃の座を巡る新たな火花が散っていた。

 ヒカルは、この勝利をレヴィアの功績と認め、MVPを与えた。


「レヴィア。MVPは貴様だ。貴様の情熱が、この戦いを勝利に導いた」


 レヴィアは歓喜の声を上げ、ヒカルの唇に情熱的な抱擁を要求した。


「ふふふっ! 見たかアクア! 王の愛は、私だけのものよ!」


 ヒカルは、周囲の士気が最高潮に達しているのを確認し、作戦室の中央で、レヴィアの要求を受け入れた。


「存分に、受け取れ。これがMVPの証だ」


 ヒカルがレヴィアの頬を優しく包み込み、兵士たちの熱い視線の中、深く、情熱的なキスに応じた。


 レヴィアの唇は、熱を帯びた炎とは裏腹に、信じられないほど柔らかく、恍惚とした魔力を帯びていた。彼女はそっと長く濃い睫毛を伏せ、陶酔したように瞳を閉じた。


 ヒカルは、唇を離した瞬間、全身からどっと疲労が押し寄せた。


(くそっ…………こんなにも情熱的な行為を、俺は軍師として、王の義務として遂行している。勉強漬けでキス一つしたことのない俺が、こんな大勢の前で…………。愛の熱量に押しつぶされそうだ。これは快感ではない。感情をコントロールし、士気を最大化するための無理な仕事だ)


 ヒカルは、自身の肉体的・精神的な本能に逆らい、愛を演じている事実を痛感した。


 その瞬間、炎龍軍団の兵士たちは、地響きを伴うほどの歓喜の雄叫びを上げた。雄叫びと言っても、女性体の多い竜の軍においては、黄色い声とも言えなくなかった。


「うおおおおおお! 王妃様万歳!」

「盟約軍、最高! さすが竜姫様よ!!」

「レヴィア様、お美しいですぅ!!!!」

「きゃぁぁあああ、尊いですわ~~~!!!」


 この熱狂の中、蒼玉の理性竜姫アクアと磐石の守護龍テラは、一瞬たりとも感情を殺し、冷徹な表情を保っていた。


 アクアは、即座にヒカルに背を向け、自身のクリスタル端末を起動させた。


「王のキスの、士気向上効果と、その後の魔力バランスへの影響を記録、分析します。感情論を、論理に変換しなければ非合理的です」


 キスが終わると同時に、磐石の守護龍テラが静かにヒカルの元へ歩み寄った。


「主《あるじ》。激しい情熱は王を消耗させます。これは、薬草入りの温かい飲み物と、手作りの防護布です。テラの献身が、王の休息を確実に提供します」


 ヒカルは、テラの母性的な愛の裏にあるあからさまな誘惑に、わずかに惹かれるものを感じながら、疲弊しきった体に鞭を打った。


 ◇◆◇◆◇


 ヒカルは、戦闘後の報告を終えたフレアとシエルに視線を向けた。


「フレア。お前は今回の『絆』の力を見て、どう思った」


 ヒカルが問う。


 爆炎龍将軍フレアは、その圧倒的な力に恐怖と嫉妬を覚えた。彼の憎悪の矛先は、再びヒカルの傍に立つ深海の戦術師シエルへと向かった。


 フレアは、シエルに露骨な敵意を装った。


「深海の戦術師シエル。貴様の論理では、この非合理な絆の力は計算できまい。貴様の戦略は、この力の前では無力だ」


 深海の戦術師シエルは、フレアの複雑な感情を分析し、その結果をヒカルにのみ送った。


「王。彼の感情は、敵意だけではない。彼は、王の絆という愛の形を、心の奥底で求めている。それは、王妃への忠誠心を装った、助けを求める孤独です」


 ヒカルは、シエルの言葉で、フレアの心の奥底にある孤独に気づき始めた。敵軍の中では、ヒカルの軍師としての才覚と絆の王という異名が広がり始める一方、ヒカルの軍団内部には、次なる感情的な危機の火種がくすぶっていた。


(鉄壁の将(アイアン・ウォール)を討ち、ようやく一歩進めた。だが、これが内戦開始から三ヶ月目の成果に過ぎない。道はまだ遠いな……」


【第15話へ続く】


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