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第十一話:人間市場でのトリプルデートと母性の牽制

 連日のユニゾン訓練と城塞改築による緊張状態を緩和するため、ヒカルが人間社会の情報を収集する目的と合わせ、深海の戦術師シエルが気分転換の遠出を提案した。


「王よ。連日の内政と軍事的なストレスは、士気にとって非合理的です。レヴィア様、アクア様、テラ様を伴っての外征は、絆の強化と情報収集を兼ねた合理的な『トリプルデート』となります」


「な、なるほど。妻たちのご機嫌取りも王の務めということだな?」


「ええ、ご理解が早くて助かりますわ」


 シエルの提案を受け入れ、ヒカルは紅蓮の激情竜姫レヴィア、蒼玉の理性竜姫アクア、そして磐石の守護龍テラの三人を連れて、人里離れた辺境の人間たちの市場へとやってきた。


 レヴィアはともかく、アクアやテラがこの誘いに乗り気だったのが、ヒカルにとっては意外なことであった。




 ◇◆◇◆◇


 さて、市場の喧騒の中、三人の姫の行動は、その愛の形そのままに対照的だった。


 レヴィアは、ヒカルに触れる全ての視線に耐えられず、常にヒカルの腕に密着し、炎の魔力を無意識に漏らしながら周囲を威嚇した。


「夫どの! なぜあの女が貴方を見るのよ! あの男も! ヒカルは、我の夫よ! 全員焼き尽くしてもいいの!?」


 アクアは、レヴィアの激情を無視し、冷静に市場の動向を観察していた。


「王よ。この市場の価格変動は、近隣の軍事行動の指標となります。この穀物の価格高騰は、古王軍の兵站が非合理的な拡大をしている証拠です」


 テラは、人混みを避けるように静かに、市場の片隅で薬草の収集を楽しんでいた。


 ヒカルは、三者三様の愛を公正に受け止めながらも、内心でぼやいた。


(レヴィアはいつもそうだ。彼女たちは、私がこの三人の美女を引き連れているから見られているのであって、俺自身を見ているわけではないだろうに。この「絆の共感者」の異能は、常に彼女たちの激しい感情を浴びせかけてくる。本当に、休まる暇がない…………)


 ヒカルは、疲労の核心を悟られないよう平静を装った。その時、市場の一角で、酔っ払った商人の噂話がヒカルの耳に届いた。


「聞いたか? 元・天才軍師のヒカルとかいう裏切り者の話だ。なんでも、竜族の手先になって、処刑を逃れたとか」

「なんだよ、そりゃ。人類への反逆じゃないか。裏切り者は地獄に落ちるべきだ」


 その言葉を聞いたレヴィアは、一瞬で瞳を炎で燃え上がらせた。


「許さない…………! 我が夫を裏切り者などと!」


 レヴィアの激情は臨界点に達し、市場全体を炎上させかねないほどの魔力の暴走が始まった。


 ◇◆◇◆◇


 ヒカルは、すぐにレヴィアを抱きしめ、魔力の暴走を鎮めながら、市場から離脱した。安全な場所まで避難すると、ヒカルは腕の中からレヴィアを引き離し、厳しく叱責した。


「レヴィア! 冷静になれ! いちいち敵の悪口に感情で反応し、軍団の士気と市場の安定を脅かすような行為を許すとでも思っているのか! あの場を炎上させては、テラが確保するはずだった兵站資源まで失われただろう!」


 ヒカルの強い叱責に、レヴィアは一瞬ひるんだが、すぐに反論した。


「ですが、夫よ! 我にとって、貴方を裏切り者と呼ぶ人間こそが、全ての悪よ! 我が激情は、貴方に対する最大の防御! 王妃として、貴方の名誉を守る義務を果たしたいだけです!」


 激昂するレヴィアと、それを理性的に咎めるアクアの間で、ヒカルの顔には精神的な疲労の色が濃く出ていた。


 帰路、騒動を治めてくれたヒカルの疲労を、磐石の守護龍テラは敏感に察した。


 テラは、レヴィアやアクアと距離を置き、優しさに満ちた瞳でヒカルにそっと寄り添った。


「主《あるじ》よ。もうお疲れでしょう。テラがお支えいたします」


 テラは、王の腕をそっと取り、その柔らかな身体をヒカルの横に密着させた。

 テラのこの行動は、レヴィアとアクアにとって、さらなる宣戦布告となった。


「レヴィア姉様、アクア姉様。王のお世話は、このテラにお任せくださいませ。主《あるじ》は私がいなければ、この世の疲労に耐えられません。私の癒しでで、ヒカル様をお支えしますわ」


 レヴィアは唇を噛みしめて嫉妬の炎をくすぶらせた。


「なんですって! 献身なら私だってできるわ! 王の真の癒やしは私の情熱的な愛よ!」


 その時、蒼玉の理性竜姫アクアが、一歩前に進み出た。彼女の目は鋭く、分析的だった。


「待ちなさい、テラ。あなたの献身は非効率的だわ。王の疲労回復は、地味な食事よりも、私の冷静な魔力による効率的な睡眠と休息を与えるべきです。王の体力を管理する義務は、私、参謀の役割よ」


 ヒカルは、三者三様の激しい愛に囲まれ、その感情の奔流に耐えることに、激しい疲労を覚えていた。


(この愛情競争が、軍の士気を高めているとはいえ…………この三人の姫たちの愛を公正に裁定する「王の義務」は、休まることがない)


 ヒカルは、次の戦いが、人間社会との戦闘ではなく、三人の妻たちの心との戦いになることを予感した。


 ◇◆◇◆◇


 ヒカルは、疲労の滲む視線を隣に立つシエルに向けた。


「なぁ、シエル……。今回のトリプルデートは……戦略的には、成功だったのか?」


 深海の戦術師シエルは、眼鏡を押し上げ、一切の感情を交えずに答えた。


「王よ。試行錯誤の段階では、誰もが感情の制御を誤ります。貴方が王妃たちの感情の核心に触れるという作戦は、極めて危険でした。ですが、最初から成功を収める作戦など、存在しません。あなたなら、必ず成し遂げられますわ」


 シエルの言葉は、外交的で前向きなものだったが、彼女の冷静な瞳は、王の期待とは裏腹に、明確な失敗を分析していた。


(姫たちの嫉妬のエネルギーが、市場の安定を脅かした時点で、論理的には失敗なのよ。まさかアクア様が、テラ様の献身にまで感情的に反発するなど…………。この愛情という名の非合理なエネルギーの管理は、私が予測した以上に、困難な課題です)


 シエルは、小さくため息をつき、内心でそう結論づけながら、王の疲弊した背中を支えるように静かに寄り添ったのだった。


【第12話へ続く】

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