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第十話:磐石の守護龍と盟約軍の母

 ヒカル、紅蓮の激情竜姫レヴィア、蒼玉の理性竜姫アクアの三人は、テラの居場所である「大地の迷宮」の深部に辿り着いた。ヒカルの『絆の共感者』の異能が捉えたのは、岩盤のように重厚で、動かない途方もない魔力の圧力だった。


 その魔力の中心から、巨大な土色の竜が姿を現す。その体躯は山脈の一部と見紛うほど大きく、岩のような鱗に覆われたテラの竜体は、太古の権威と圧倒的な孤独を象徴していた。竜は低い唸り声を響かせながら、ヒカルたちを見下ろす。


 テラ(竜体)は、その地の底から響くような声で威圧した。


「わらわの領地を荒らす不埒な輩か。貴様ら、炎の血と水の理を持つ者。なぜ、この磐石の地を侵す。何者も、我の孤独と領地を乱すことは許されぬ……」


 レヴィアは憤然と一歩踏み出し、激しい炎の視線をテラに向けた。


「テラ! 姉を前にして不敬よ! 王(ヒカル)の安全を脅かすでない!! 私たちは、貴女の力を必要として来たのよ!」


 アクアは冷静に、だが力強く応じた。感情を押し殺した声は、その場の湿気を凍らせるかのようだった。


「テラ。レヴィアの言う通り、我々は貴女が求める『守るべき価値ある領地』を持って来た。感情でなく、理で判断しなさい。貴女の力を、無意味な孤独な防衛に終わらせるつもりですか?」


 ヒカルは彼女の孤独の核心に触れる。


「テラ。貴方の力は完璧な守りと聞いている。だが、その完璧さは貴様を孤独にしている。我が軍団は、貴様が命を懸けて守るに足る領地だ。我々の盟約に参加し、その強大な献身の矛先を全軍の防御に向けよ。さすれば、貴方は守る喜びを得られるだろう……」


 テラは静かに問う。


「…………主《あるじ》よ。貴方の優しさ、確かに受け止めました。しかし、主よ、私を受け入れる条件を与えてください。このテラは、主の軍門に下り、二度と裏切らない、絶対の献身を誓いましょう。それを、私の軍門に下る条件とします」


 ヒカルは力強く頷いた。


「よし。テラの献身は、この王が受け入れよう。貴様は、この軍団の全てを守護する盾となれ。これが、貴方との盟約だ!」


 巨大な土竜の体が光の粒子となって分解していく。光の中から現れたのは、蜂蜜色のセミロングを持ち、暖かく、ほんわかした物腰の柔らかい美女だった。彼女の瞳は深く優しい緑色で、その存在自体が安らぎを体現していた。


 人型となったテラは、ヒカルの前にひざまずき、深く頭を垂れた。


「テラは、今日から貴方の主《あるじ》の義務に献身します」


 ヒカルの「絆の共感者」の異能は、テラの愛を「重低音のB♭音(シ♭)」として捉えた。それは、和音の根音《ルート》であり、どれほど上部の音が乱れようと、和声の基盤を崩さない揺るぎない基盤(チェロの持続音)を意味していた。


(これで、不安定なレヴィアとアクアの二龍ユニゾンに、揺るぎない土の根音が加わる。愛の三和音《トライアド》が、初めて構造的な安定を得た)


 ヒカルは、テラの母性的な愛の裏にあるあからさまな誘惑に、わずかに惹かれるものを感じながらも、疲弊しきった体に鞭を打った。




 ◇◆◇◆◇


 テラが軍門に下ったことで、おのずと彼女の補佐竜であるガイア(土/男性竜)も合流し、ヒカルに古風な忠誠を誓った。


 ガイアは、短く刈り込んだ茶色の髪と無精髭を持つ体格の良い巨漢。上半身はほぼ露出し、茶色いレザーのハーネスを着用。武人の誠実さが滲み出る瞳は、大地のような不動の忠誠心を体現していた。


 ガイアは、大地のごとく不動の忠誠を誓う。


「主《あるじ》よ。このガイア、テラ様の補佐として、大地のごとく不動の忠誠を誓います。我が部隊は、岩盤のごとき防衛力と兵站《へいたん》能力を持って、盟約軍の礎となりましょう」


 ヒカルは、テラの力で廃墟の城が瞬く間に難攻不落の城塞へと改築される様を見守った。ヒカルはテラに兵站部門の全権を委ねると宣言する。


 テラは早速、自らの趣味である薬草の収集と手作りの薬草入り料理を振る舞った。


「王の皆様。主《あるじ》の健やかな日々こそが、我らの勝利の土台です。まずは、この薬草入りのお料理で、精をつけてください」


 ヒカルは、テラが差し出した、見た目は地味だが温かい土の香りがするスープを一口飲んだ。その瞬間、彼の疲弊した体が芯から温まるのを感じた。


「これは…………美味い。そして、不思議な力があるな。単なる食事というより、薬草の力が優しく全身に染み込んでいくようだ。テラ、お前の献身は、戦場の激しい炎と氷に晒されていた私の体には、最高の防御となる」


「ふふふ、ありがとうございます、主。嬉しいですわ……」


 ヒカルの素直で心からの賞賛に、テラは頬をほんのりと赤らめ、レヴィアは激しく眉をひそめた。


「な、なんですって!? 料理で王の体を癒やすなど、そんな地味な! 王の疲弊は、私の情熱的な愛の炎で一瞬にして燃やし尽くすべきものよ!」


 アクアは表情こそ変えなかったが、彼女の持つ水色の扇子が、カチリ、と普段より硬質な音を立てて閉じる。


「テラの料理の合理性は認めます。しかし、王の疲労回復は、私の冷静な魔力で、最も効率的な睡眠と休息を与えるべきです。地味な食事で王の関心を引きつけるなど、非合理極まりない情の力です」


 テラは、柔らかな微笑みを崩さずにレヴィアとアクアを牽制した。


「レヴィア姉上様、アクア姉上様。王の義務に専念するための献身的な世話は、この母性のテラにお任せくださいませ。貴女方は、王妃として戦場で輝いてくだされば十分ですわ」


「「・・・・・・!!!」」


 ヒカルは、和やかの空気のはずなのに、この空間だけ空気が張り詰め、気温が一気に下がったような感覚を覚えた。


 爆炎龍将軍フレアは、その光景を複雑な面持ちで見つめ、無意識のうちに腰の剣の柄に指を触れた。これは彼が緊張し、真剣な進言をする際の癖だった。


「王よ。テラ様の忠誠心は、我々戦場を駆ける者にとって、最も頼れる礎です。しかし、母性という愛の形は、激情や理性とはまた違う、底知れぬ厄介な代物に見えます。王の御身を案じます」


 ヒカルは顎先に手を当てたまま、フレアの進言を理解した。


「フッ、確かに。激情や理性と違い、母性は論理で排除できないか。フレア、お前の進言は最も、だ。テラの献身は、感情的な暴走とは別の形で、軍の士気を乱しかねない」


 フレアは、王に初めて「理解された」という事実に、憎しみの視線を和らげた。彼は剣から手を離し、心の中でヒカルへの感情が、明確な憎悪から複雑な敬意へと変質し始めていた。


 ヒカルは指導体制を決定した。シエル、ガイア、アクアの三者で内政・兵站を統括し、フレアとレヴィアは前線指揮官として備えるよう指示した。


 ◇◆◇◆◇


 三属性が揃ったことで、ヒカルはテラを「盟約軍の母」と位置づけ、その母性が防御魔法の強さに直結することを全員に教えた。


 ヒカルは、三人の妻たちに向き直った。


「三人の妻たちよ。この軍団を、戦場だけでなく、内面からも支配しなければならない。そして、軍の士気は、王たる私への愛情の激しさで決まる!」


 ヒカルは、軍の士気向上と統制のため、MVP制度の継続と週6日の当番制を正式に導入した。


 レヴィアは、すぐさま鼻息荒く反発した。彼女の炎の髪は怒りで逆立ち、その目はヒカルを射抜く。


「週6日の当番制? ふざけないで! もしそうだとしたら、正妻たる私が、週5日は私に尽くすべきだわ! 他の女と均等に扱うなんて、王妃の座を軽んじているわ!?」


 アクアは感情を一切見せないまま、冷徹な論理で対抗した。


「レヴィア、論理的には公平なローテーションが必要です。テラを含めた三名で、平等に王の義務を分担すべきです。それが、軍の統制に最も合理的です」


 ヒカルは、一歩踏み出し、激昂するレヴィアを静かに見つめた。


「レヴィア。待て。週6日の当番制は、王の義務を遂行するための『最低限の戦略』だ。だが、その前に、私の王としての義務を果たすためには、私も含めた全員の継戦能力を確保する必要がある」


 ヒカルは理路整然と続けた。


「よって、週のうち一日は、王である私も、そして貴様たちも強制的に休息日とする。これは軍の統制を維持するための絶対的な命令だ。そして、残りの六日は、三龍で均等に二日ずつ分担する。五日を要求するのは、戦略的に見て非合理極まりない。これが、王妃としての最も合理的な義務の履行だ」


 レヴィアは唇を噛みしめ、その炎を収めた。彼女はヒカルの瞳の奥に、疲弊と、それでも王の義務を果たそうとする強い意志を読み取り、抗い難いものを感じた。


 テラは、柔らかな微笑みを絶やさなかった。


「週6日の主《あるじ》の義務、微力ながら全て受け入れましょう。私が王に尽くすことで、軍の士気が上がるのなら、王妃の座を巡る競争も、私の献身が最も優れていることを証明する機会となりますね」


 三龍姫は、静かに激しく王妃の座を巡って競い合い始めた。ヒカルは、この愛情競争が軍の士気を異常なほど高めることを知りつつも、公正な裁定を下すという「王の義務」に、内心で強い苦悩を覚えた。


【第11話へ続く】



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