第百五十四話:砂漠の決闘・前編
獣王ヴォルグによる痛烈な拒絶から一夜明け、磐石の守護龍テラと不動の防衛将ガイアは、再び獣人族の根城へと向かっていた。彼らの背後には、外交の視察役として、王の息子ライオス(13歳)と、レオーネ皇女の息子ユリウス(13歳)の姿があった。
「ガイア、心得ておいでですね。わらわたちは、あくまで交渉に参りました。武力による威嚇は、王の理念に反します」
テラが念を押す。王への侮辱と、娘ソイルが流した涙を胸に刻んだガイアは、重厚な声を響かせた。
「御意、テラ様。しかし、王の理念を侮辱されたまま、王の代理が引き下がるわけにはいきません。武力ではなく、武人の仁義をもって、彼らの『力こそ正義』という論理を正面から受け止めます」
岩山の城門代わりの場所に、獣王ヴォルグが待ち構えていた。ヴォルグはテラたちの姿を見るや、再び傲慢な笑いを浮かべる。
「ほう。懲りずにまた来たか、軟弱な竜の眷属ども。貴様らの王は、まだ自分の足で砂漠を踏む勇気がないと見えるな?」
ヴォルグは、テラたちをあざ笑うように、大地に唾を吐き捨てる。
「貴様らが持ってきたその『優しさ』とやらは、貴様ら自身を滅ぼす毒だと、何度言えばわかる? 弱者を庇い、痛みを避けようとする貴様らの甘さが、いずれ魔王や神の餌となるのだ!」
ヴォルグの言葉は、ヒカル王の理念、そしてテラや王の姫であるソイルの献身的な愛を、根底から否定するものだった。
ドォン!
ガイアが、テラの制止を振り切り、大地を蹴って一歩前に踏み出した。彼の全身から、岩盤のような強靭な土の魔力が噴き出す。ガイアのBPI(戦闘能力指数)はBPI強化を経て600に達している。
「獣王ヴォルグよ。王への侮辱、そして王の姫であるソイル様の純粋な献身を侮辱したこと、このガイア、見過ごすわけにはいかぬ」
ガイアの瞳には、武人の誇りと、愛する者たちを護る静かな怒りが燃えていた。
「貴様の言う『力こそ正義』という論理、このガイアが、王の代理として、武人の仁義をもって証明してやる!!」
ヴォルグは、ガイアの武人としての覇気に目を見開き、獰猛な笑みを浮かべた。
「ほう? 貴様が、その『優しさに溺れた王』の代理だと? よかろう! 王の弱さを、その肉体で証明してみせろ! ——ただし、武人の誇りにかけて言っておくぞ、竜よ! 貴様は私を殺すことはできまい! 貴様の王の『優しさの枷』が、貴様を縛るのだ!」
ヴォルグの言葉は、竜族の圧倒的な武力(ガイアのBPI 600)に対する、ヒカル王の理念という最大の戦略的弱点を的確に突いていた。
「テラ様。王の御心は、優しさをもって世界を調和させること。しかし、その優しさを護るには、時に、武力という名の『愛の拳』が必要です。どうか、わたくしに、王の理念を武力で証明する義務を果たさせてください!」
テラは、ガイアの揺るぎない覚悟と、彼がヒカル王の理念を否定せずに武力を行使しようとしていることに、言葉を失った。テラの「絆の共感者」の異能が感知するガイアの魔力は、『不動の忠誠心』という揺るぎない音色で満ちていた。
「……承知しました、ガイア。ただし、命は奪うな。王の拳は、愛のためにある。貴様への拳は、王の優しさを護る盾として振るうのです」
テラは、苦渋の表情で決闘を許可した。
「御意!」
ガイアは、ヴォルグへと向かって、大地を揺らす咆哮を上げた。ヴォルグもまた、巨大な鉤爪を構え、大地を蹴る。
ゴォォォォン!!
二体の巨体の衝突は、砂漠の空気を震わせ、周囲の岩盤を砕くほどの凄まじい衝撃波を生み出した。砂塵が舞い上がり、二人の武人の意地がぶつかり合う、熾烈な肉弾戦が始まった。
◇◆◇◆◇
熾烈な決闘が繰り広げられる砂漠の岩陰で、ライオスとユリウスは目を凝らしてガイアの戦いを見つめていた。その隣には、母テラの娘ソイルが、母の指示を受け、薬草や調理道具を広げている。
「ガイアおじさま、すごい……。父上や母上の炎とは違う、土の、岩みたいな力だ……」
ライオスは、武人として武力に特化したガイアの戦いに、純粋な感嘆を覚えていた。しかし、その戦い方には、ライオスの持つ『力で守る』という信念に、一つの矛盾が突きつけられていた。
「ユリウス。どうして、ガイア将軍は、炎で一気に焼き尽くすような『破壊的勝利』を選ばないんだろう? 君の知恵で、この戦いの論理的な弱点を教えてくれ」
ライオスはユリウスに問いかけた。レオーネの息子であるユリウスは、身体は細身だが、知性においては誰にも負けない。
ユリウスは額の汗を拭い、冷静にガイアの動きを分析する。
「それは……決闘だからだ。それに、ガイアおじさまは、殺さない。父上の教えを守ってる。王の理念を武力で証明するには、『優しさの枷』の中で勝利しなくてはならない。その枷こそが、この戦いの論理的な弱点であり、同時に王の強さの証明となる」
ライオスは、ガイアの戦いを食い入るように見つめ、苦悩を滲ませながらユリウスに問い返す。
「でも……殺さないで、どうやって勝つの? 守るための強さって、いったい、どこまで力が必要なんだ? 俺の炎は、全部焼き尽くすことしか、知らないのに……」
ガイアの戦いは、ライオスの持つ「最強の炎で全てを焼き尽くす」という単純な武力の論理を、根底から揺さぶっていた。
その時、テラがソイルに優しく声をかけた。
「ソイル。貴女の出番ですよ。王の外交が武力という名の困難に直面しているのなら、わらわたちの献身的な愛で、彼らの心を解きほぐすのです」
テラは、荷馬車から大量の肉や野菜を取り出し、砂漠の熱を利用した特設の炉を築き始める。
「ママ。これは……?」
「獣人族は、『力こそ正義』を信じます。しかし、彼らもまた、生命であり、食事を必要とする」
テラは、調理道具を広げながら、冷静に戦略的な判断を下した。
「腹を空かせた武人は、疑心暗鬼になります。武力による外交が失敗したなら、次は胃袋からの攻略です。貴女の優しさは、彼らの誇りを傷つけた。ならば、次は、彼らが最も受け入れやすい『温かい食事』という形で、愛を届けるのです」
ソイルは、目を丸くしたが、すぐに母の意図を理解した。それは、前話で拒絶された自分の優しさを、形を変えて証明するチャンスだった。
「わかった、ママ! 私、ユリウス兄さんやグラウンドの分まで、愛情込めたスープを作ってあげる!」
ソイルは、ユリウス(知恵)を守るために強くなりたいという、献身的な愛を、調理という行為に込める。
テラは、獣人族の根城へと向かい、高らかに呼びかけた。
「獣人族の女性たちよ。貴方がたの武人が命を懸けて戦っているのです。腹を空かせては、彼らの誇りが持ちません。わらわは、武人の健闘を祈り、温かい食事の炊き出しを行います。命を懸けた武人への敬意です! 貴方がたの参加を歓迎します!」
炊き出しの温かいスープの香りが、砂漠の熱風に乗って獣人族の根城へと流れ込んでいく。武力による対立の横で、テラとソイルの母と娘の「愛の献身」という名の静かなる胃袋攻略戦が始まった。
【第155話へつづく】
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