第百五十話:神の警告と未来への誓い
王立学園での「神の尖兵」襲撃事件から数日が過ぎた。
表向きは、平穏な日常が戻ってきたように見える。
校舎の修復はソイルの土魔法とテラの指導であっという間に完了し、子供たちは再び賑やかな学園生活を送っていた。先の戦勝祝賀会で、王妃たちの間で「愛の休戦協定」が結ばれたこともあり、城内の空気はかつてないほど穏やかだった。
だが、空の色は、以前のような突き抜けるような青さではなかった。
薄い膜が張ったような、どこか無機質な灰色が混じる空。
風の竜姫セフィラは「風が重い」と呟き、空虚の斥候王ゼファーは「鳥たちが怯えている」と報告した。
◇◆◇◆◇
王城の地下深く、特別解析室。
そこには、王国の頭脳とも言える賢者たちが集まっていた。
知識の側妃イリス、学術顧問エルダー・ソフス、古竜オーディン。そして、技術統括のアウラ。
「……間違いないじゃろうな……」
ソフスが、複雑な紋様が浮かぶ石板を見つめて呻いた。
「あの日、結界が張られた瞬間に観測された魔力波形。……これは、この世界の『理』そのものからの干渉だ」
「ええ。論理的に表現するならば、『管理者権限による強制介入』の痕跡です」
イリスが空中に数式を展開する。その式は、通常の魔術理論では説明がつかないほど複雑で、そして冷徹だった。
「あの日現れた『エラー・ビースト』は、単なる魔獣ではありません。この世界を『修正』するために送り込まれた、システムの一部……いわば『抗体』のようなものです」
「抗体、か……」
オーディンが重々しく頷く。
「つまり、我々……特に、属性の壁を超えて混ざり合い始めた『次世代』の子供たちが、この世界にとっての『異物』だと判断されたということか」
アウラが無機質な瞳を明滅させた。
「肯定します。観測データによれば、子供たちの『擬似ユニゾン』が発動した瞬間、上空からの監視圧力が最大値に達しました。神は、子供たちの成長を『脅威』として認識しています」
室内に、重苦しい沈黙が流れた。
神、あるいは管理者。
その正体は不明だが、魔王軍とは比較にならないほど強大で、根源的な存在が、明確な敵意を持ってこちらを見ている。
まだ、直接的な攻撃はない。だが、それは嵐の前の静けさに過ぎない。
「……ヒカル王に、報告せねばなるまい」
ソフスが立ち上がった。その背中は、老い以上に、予感される未来の重さで曲がっているように見えた。
◇◆◇◆◇
執務室で報告を受けたヒカルは、窓の外を見つめたまま、しばらく動かなかった。
視線の先には、校庭で元気に走り回るライオスやシズクたちの姿がある。
「……そうか。奴らは、あの子たちを『バグ』だと言うのか」
ヒカルの声は静かだったが、そこには抑えきれない怒りが滲んでいた。
「異なる種族が愛し合い、新しい可能性を生み出すこと。それが『エラー』だと言うなら……俺は、その『神』とやらを絶対に許さない」
「王よ」
イリスが静かに進言する。
「敵の動きは、まだ『観察』の段階です。本格的な侵攻が始まるまでには、まだ猶予があるでしょう。おそらく、数年……」
「5年、か……」
ヒカルは直感的にその数字を口にした。根拠はない。だが、王としての勘がそう告げていた。
「あの子たちが一人前になるまでの時間。……それが、俺たちに残された猶予だ」
ヒカルは振り返り、賢者たちを見据えた。
「イリス、ソフス、オーディン、アウラ。頼みがある。この件は、まだ子供たちには伏せておいてくれ。あの子たちには、まだ『子供』でいる時間が必要だ」
ヒカルは少し考え込み、付け加えた。
「だが、守るだけでは足りないかもしれない。万が一に備え、子供たちも含めたユニゾンブレス――彼らなりの連携技の特訓を、遊びの延長として密かに行う必要があるだろう。彼らの可能性を伸ばしてやってくれ」
「承知いたしました」
賢者たちは深く頭を下げた。
さらにヒカルは、通信用の魔石を取り出し、遠方にいる腹心たちへ次々と指示を飛ばした。
「ゼファー、ウィンド・ランナー。聞こえるか。……極秘任務だ。人類との連合強化はもちろんだが、エルフやドワーフに加え、南の砂漠に住む獣人族や、北の山岳地帯の天狗族……まだ国交の整っていない勢力との関係構築を急いでくれ。世界中のあらゆる力を結集する必要がある」
『了解です、団長。……風の匂いが変わりましたね。嵐が来そうだ』
『へいへい。面倒な商談になりそうですが、腕が鳴りますな』
通信の向こうで、二人の頼もしいが不敵に笑う気配がした。
「ギルティア」
『はい、ヒカル様。いかがされましたか? 特別予算でも必要になりましたか?』
ヒカルは財務官僚長官にも通信を繋ぐ。
「……ああ、いますぐ必要な予算の話じゃない。もっと深刻だ。おそらく数年以内に、これまでにない大きな戦いが起こる可能性がある。アクアやシエル、レオーネたちと協議しながら、水面下で物資の備蓄と経済基盤の強化を進めてくれ。長期戦になるぞ」
『……承知いたしました。王がそこまで仰るなら、財布の紐を締め直し、鉄壁の財政防衛線を敷きますわ。投資に見合う未来を、必ず勝ち取ってくださいね』
ギルティアの声には緊張が走っていたが、その返答は力強かった。
通信を終え、ヒカルは再び賢者たち、そして虚空を見据えて言った。
「その間に、俺たちも準備を進める。神だろうがシステムだろうが、あの子たちの未来を奪わせはしない。……俺たちが、最後の壁になる」
◇◆◇◆◇
その頃、学園の校庭では……。
シリウスを中心に、子供たちが車座になって話し合っていた。
「……ねえ、シリウス兄さん。あの日から、パパたちの様子が変だよね?」
勘の鋭いライオスが切り出す。
「うん。笑ってるけど、目が笑ってないっていうか……」
ノアも不安そうに頷く。
シリウスは、みんなの顔を見渡した。
彼もまた、父フレアや母シエルから漂う、ピリピリとした緊張感を感じ取っていた。
(きっと、僕たちが知らないところで、何か大変なことが起きようとしているんだ)
「……僕たちは、まだ弱い」
シリウスは静かに口を開いた。
「あの魔獣を倒せたのは、リリアさんがいてくれたからだ。アルテミスが守ってくれたからだ。もし、次にもっと強い敵が来たら……パパやママたちを守れるか?」
「……守る!」
ソイルが力強く言った。
「私、もっと強くなる。テラお母様みたいに、みんなを守れる大きな盾になる!」
「僕もだ! 俺の炎で、どんな敵も焼き尽くす!」
ライオスが拳を鳴らす。
「論理的に……基礎訓練の倍増を提案します」
シズクが眼鏡を光らせる。
「闇に潜んで、敵の先手を取る……」
クロノスが呟く。
シリウスは、弟妹たちの頼もしい顔を見て、微笑んだ。
「そうだね。大人たちが何かを隠しているなら、それは僕たちを心配させないためだ。なら、僕たちがすべきことは一つ」
シリウスは立ち上がり、空を指差した。
その指先は、不気味な灰色が混じる空を、真っ直ぐに貫いていた。
「早く大人になって、パパたちを安心させてあげることだ。……さあ、特訓再開だ!」
「「「オーッ!!」」」
子供たちの声が、曇り空を吹き飛ばすように響き渡った。
その姿を、執務室の窓から見ていたヒカルは、目頭を熱くした。
(……大丈夫だ。あいつらは、俺たちが思うよりずっと強い)
ヒカルは、リリアが淹れてくれた温かいお茶を飲み干した。
不安はある。恐怖もある。
だが、それ以上に、希望があった。
かつて「裏切り」に絶望した青年は今、愛する家族と、守るべき未来を背負う「父」として、ここに立っている。
「……かかって来いよ、神様。俺たちの『愛』は、お前の計算通りにはいかないぞ」
ヒカルは不敵に笑い、未来への誓いを新たにした。
竜の恩返しから始まった物語は、次世代へと受け継がれ、さらなる高みへと昇っていく。
神との最終決戦まで、長くてあと5年。
それまでの日々は、彼らにとってかけがえのない「準備期間」であり、そして「家族の時間」となるだろう。
【第4部 完】
【第151話につづく】
【第5部「複合最終決戦と真の秩序確立」へつづく】
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