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第百四十九話:愛の休戦協定と家族の食卓

 神の尖兵『エラー・ビースト』が消滅し、グラウンドを覆っていた赤黒い結界がガラス細工のように砕け散った。

 午後の日差しが再び降り注ぐ中、そこには煤だらけになりながらも、互いに肩を抱き合い、誇らしげに笑う子供たちの姿があった。


「やった……! 勝ったぞ!」


 ライオスが拳を突き上げる。


「論理的に……奇跡的な勝利です」


 シズクが眼鏡の位置を直し、ふらつきながらもVサインを作る。


「みんな、無事でよかった……!」


 ソイルが安堵の涙を流し、ノアやマリンたちと抱き合う。




 結界の外で、手出しができずに歯噛みしていた大人たちが、雪崩を打って駆け寄ってきた。


「ライオス!! ノア!!」

「シズク! マリン!」

「ソイルちゃん! グラウンド君!」


 レヴィアが、アクアが、テラが、セフィラが、ヴァルキリアが、ルーナが。

 普段は威厳ある竜姫たちが、今はただの母親の顔をして、我が子を抱きしめた。


「無茶をして……! 怪我はないの!?」


 レヴィアがライオスの煤けた顔を拭う。その目には涙が光っていた。


「母上……へへ、大丈夫だよ。俺たち、強かったろ?」


 ライオスが得意げに笑うと、レヴィアは言葉を詰まらせ、ただ強く抱きしめ返した。


「……計算外です。貴女たちが、あんな高度な連携を即興でこなすなんて」


 アクアはシズクとマリンの頭を撫でながら、驚きを隠せない様子だった。


「私たちが教えた以上のことを、いつの間にか学んでいたのですね」





 ヒカルもまた、リリアと共に子供たちの輪の中に入った。


「シリウス。よくみんなをまとめたな。お前は立派な指揮官だ!」


 ヒカルがシリウスの肩に手を置くと、シリウスは緊張が解けたように膝をついた。


「……怖かったです、ヒカル様。でも、みんなが信じてくれたから」

「ああ。お前たちは、俺たちの想像を超えていたよ」


 ヒカルは、リリアと顔を見合わせた。リリアは、子供たちの成長に目を細めながら、満足げに微笑んでいた。


「ヒカル様。もう、守られるだけの存在ではありませんね」

「そうだな。……少し、寂しい気もするが、な」






 ◇◆◇◆◇


 その日の夜。


 王城の大広間では、予定されていた運動会の打ち上げに代わり、「勝利の祝賀会」兼「家族の夕食会」が開かれた。

 テラと王室メイド隊が腕を振るった豪華な料理が、長大なテーブルに所狭しと並べられている。


「いただきまーす!!」


 子供たちの元気な声が響く。彼らは昼間の激戦で腹ペコだったらしく、猛烈な勢いで料理を平らげていく。


「パパ聞いて! ボクの風でね、ライオス兄ちゃんの炎をドーンってしたの!」

「私の氷結魔法、タイミング完璧だったでしょ?」

「俺の影縫いも、結構効いてただろ?」


 子供たちは口々に自分たちの武勇伝を語り、親たちはそれを微笑ましく、そして真剣に聞いていた。


「ええ、見ていたわよ。素晴らしい風だったわ、リオ」


 セフィラが息子の頭を撫でる。


「クロノス。影の使い方が上手くなったな。シェイドの教えを守っている証拠だ」


 ヴァルキリアが珍しく素直に褒めると、クロノスは照れくさそうに顔を背けた。


 そんな賑やかな食卓の片隅で、王妃たちがワイングラスを片手に集まっていた。


 レヴィア、アクア、テラ、セフィラ、ルーナ、ヴァルキリア。

 いつもならヒカルの隣を巡って火花を散らす彼女たちだが、今夜は穏やかな空気が流れていた。


「……完敗ね」


 レヴィアがぽつりと呟いた。


「私たちが『教育』だの『英才教育』だのって争っている間に、あの子たちは自分たちで勝手に強くなっていたわ。それも、私たちが押し付けようとした型とは違う、あの子たちなりのやり方で」


「ええ。論理的に考えて、私たちの干渉は過剰だったかもしれません」


 アクアが静かに同意する。


「異なる属性を反発させずに混ぜ合わせるなんて発想、私たちにはありませんでした。あれは、最初から共に育ち、違いを認め合っている『新しい世代』だからこそできたことです」

「わらわたちは、心配しすぎていたのかもしれませんね」


 テラが子供たちの笑顔を見つめる。


「あの子たちはもう、守られるだけの卵ではありません。自分の足で立ち、翼を広げようとしているのです」


 王妃たちは顔を見合わせ、そして小さく笑い合った。

 そこには、かつての張り詰めた対抗意識はなく、同じ「親」としての共感があった。


「……休戦ね」


 レヴィアがグラスを掲げた。


「子育て戦争は、私たちの負けよ。これからは、あの子たちの自主性を信じて見守りましょう」

「ええ。それが、最も合理的な教育方針ですわ」


 アクアがグラスを合わせる。


「賛成です。子供たちの笑顔が、一番の答えですから」


 ルーナも微笑む。


「じゃあ、これからはもっと自由に遊ばせてあげられるね!」


 セフィラが身を乗り出す。


「フン。まあ、たまには手綱を緩めるのも悪くない」


 ヴァルキリアも口元を緩める。


 チン、とグラスが触れ合う音が響いた。

 それは、長きにわたる「教育ママ化」による家庭内戦争が終結し、真の平和が訪れた瞬間だった。




 その様子を、上座からヒカルとリリアが見ていた。


「……やっと、静かな朝が迎えられそうだな」


 ヒカルが安堵の息を吐く。


「ふふ。でもヒカル様、子供たちが手を離れたら、今度は王妃様たちの情熱が、全てヒカル様に向かうのではありませんか?」


 リリアが悪戯っぽく指摘する。


「うっ……。そ、それは……」


 ヒカルが顔を引きつらせると、リリアは楽しそうに笑った。




「パパー! リリアさーん! こっち来て一緒に食べようよ!」


 ノアが手招きする。


「はいはい、今行きますよ」


 ヒカルは立ち上がり、愛する家族たちの輪の中へと歩き出した。


 窓の外には満天の星。

 だが、その星々の配列が、不吉な予兆を描き始めていることに、まだ誰も気づいてはいなかった。


 平和な食卓。

 それは、来るべき「神」との最終決戦を前にした、最後の、そしてかけがえのない安息の時間だった。


【第150話につづく】


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