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私を信じないでください

 朝の校舎は、少しざわついていた。

 いつもより大きな声があるわけではない。

 廊下を走る生徒もいない。

 ただ、視線が動いていた。

 掲示板。

 生徒会室前の回収箱。

 教室の入口。

 そして、伊勢野巫鈴。

 生徒たちは、何かが変わり始めていることを感じていた。

 学校側の調査。

 生徒会の補助アンケート。

 その結果の掲示。

 先生も怖いんだと思う。

 でも、その怖さを生徒に向けないでほしい。

 その一文は、思った以上に深く校内へ沈んでいた。

 誰かを断罪していない。

 でも、誰も簡単には逃げられない。

 その言葉を見た生徒たちは、学校を見る目を少し変えた。

 教師たちを見る目も。

 そして、巫鈴を見る目も。

「伊勢野さん」

 教室へ向かう途中、一人の女子生徒が声をかけてきた。

 別のクラスの生徒だった。

 名前は知らない。

 だが、顔には見覚えがあった。

 掲示板の前で、何度か立ち止まっていた生徒だ。

「昨日の掲示、読みました」

「そう」

「……すごいと思いました」

 巫鈴は、少しだけ目を伏せた。

 その言葉は、最近よく聞くようになった。

 すごい。

 正しい。

 応援している。

 頑張って。

 そのどれもが悪意ではない。

 むしろ、善意だった。

 だからこそ、重かった。

「ありがとう」

 巫鈴は短く返した。

 女子生徒は少し迷ってから続けた。

「私、伊勢野さんなら変えてくれる気がします」

 その瞬間、巫鈴の胸の奥に、冷たいものが落ちた。

 変えてくれる。

 その言葉は、優しかった。

 でも、危うかった。

 巫鈴は、すぐには答えなかった。

 女子生徒は不安そうに目を動かす。

「あ、すみません。変なこと言いました?」

「ううん」

 巫鈴は首を横に振った。

「変じゃない」

 それから、少しだけ息を置いて言った。

「でも、私一人では変えられない」

 女子生徒は、きょとんとした顔をした。

「え?」

「それだけは、覚えておいて」

 巫鈴はそう言って、教室へ向かった。

 背中に、まだ視線が残っている。

 期待。

 それは、敵意よりも静かに人を縛る。

     

 教室に入ると、翔吾がすでに席についていた。

 ノートを開いている。

 以前のように隠すことはない。

 だが、無防備に見せびらかしているわけでもない。

 彼なりの距離を覚え始めていた。

「おはようございます」

「おはよう」

 巫鈴は席に着く。

 翔吾は、少しだけ表情を見てから聞いた。

「何かありました?」

「期待された」

「え?」

「変えてくれる気がするって」

 翔吾は、すぐに軽く返せなかった。

 それが、今の翔吾の良さだった。

 簡単に励まさない。

 考えてから言う。

「……重いですね」

「うん」

 巫鈴は頷いた。

「重い」

「でも、支持が増えてるのは事実ですよね」

「うん」

「それは、悪いことじゃない」

「悪いことじゃない」

 巫鈴は、机の上に手を置いた。

「でも、私を信じる流れになるのは違う」

 翔吾は、その言葉を少し考えた。

「巫鈴さんを信じるのと、巫鈴さんの言っていることを考えるのは、違いますね」

 巫鈴は顔を上げた。

「そう」

 翔吾は、少し照れたように目を逸らした。

「たぶん、そういうことですよね」

「うん」

 巫鈴は短く答えた。

「宮下くん、今の言い方、使う」

「えっ」

「今日の文章に入れる」

「ぼ、僕のですか」

「いい言葉だから」

 翔吾は耳まで赤くなった。

 その反応に、巫鈴は少しだけ笑いそうになった。

 だが、すぐに表情を戻す。

 今日、出す文章。

 昨日の夜、真平の前で書いた言葉。

 私を信じないでください。

 その一文を、巫鈴はまだ胸の中で何度も読み返していた。

 出せば、波紋は起きる。

 支持してくれている生徒の中には、戸惑う者もいるだろう。

 反改革派は、そこを突くかもしれない。

 「支持者まで突き放した」と。

 「伊勢野は何がしたいのか分からない」と。

 それでも、出さなければならない。

 信頼が信仰へ変わる前に。

     

 昼休み。

 日ノ本文化部の部室には、重い空気があった。

 机の上には、巫鈴が書いた文章が置かれている。

 題名はない。

 ただ、冒頭に一文。

 私を信じないでください。

 琴美は紙を読んだまま、しばらく黙っていた。

 萌香も、いつものようにすぐ騒がなかった。

 沙羅は腕を組み、目だけで何度も文面を追っている。

 美優は湯呑を持ったまま、温度を見るように黙っている。

 勇馬は机に肘をつき、眉を寄せていた。

 シャオもズーハンも、今日は茶化さない。

 真平だけが、窓際に座って外を見ていた。

 最初に口を開いたのは、琴美だった。

「……強いわね」

 巫鈴は聞く。

「強すぎる?」

「強い。でも、必要」

 琴美は紙を机に置いた。

「ただ、これを読んだら、応援してた子は少し傷つくかも」

「分かってる」

「じゃあ、そこに言葉がいる」

 沙羅が続けた。

「突き放すんじゃなくて、考えてほしいんだって分かるようにした方がいい」

 美優が紙をそっと引き寄せる。

「最初の一文は、そのままでいいと思います。でも、そのあとに優しさが必要です」

「優しさ」

「はい」

 美優は、ゆっくり言葉を選んだ。

「信じるな、だけだと怖いです。でも、あなた自身の目で見てください、なら届きます」

 巫鈴は頷いた。

「入れる」

 翔吾が、おずおずと手を挙げた。

「あの……」

「何?」

「僕、今朝思ったんですけど」

 皆が翔吾を見る。

 翔吾は少し緊張しながら言った。

「巫鈴さんを信じるのと、巫鈴さんの言っていることを考えるのは、違うと思います」

 部室が静かになった。

 琴美が小さく息を吐く。

「それ、いい」

 沙羅も頷く。

「使える。というか、今回の中心じゃない?」

 翔吾は慌てる。

「いや、そんな大げさな」

「大げさじゃない」

 巫鈴は言った。

「それが、今日の芯」

 翔吾は、また耳を赤くした。

 ズーハンが短く言う。

「GG。二人目が芯を出したな」

「ズーハンまで……」

 真平が窓際から言った。

「一人目が強すぎる時は、二人目の言葉が効くんだよ」

 巫鈴は、紙を見た。

 その通りだった。

 自分が「私を信じないで」と言うだけでは、強すぎる。

 翔吾の言葉があれば、それは突き放しではなくなる。

 信仰ではなく、思考へ戻す言葉になる。

「書き直す」

 巫鈴はペンを取った。

 部室の全員が、黙ってその手元を見ていた。

     

 書き直された文章は、短かった。

 長くしなかった。

 長くすれば、また巫鈴の言葉が場を支配する。

 だから、短く。

 けれど、逃げずに。

 題名は、こうなった。

 《私を信じないでください》

 巫鈴は、生徒会室でその文章を花園凌央に見せた。

 凌央は、最後まで読んでから、しばらく黙っていた。

 今井律人も、横から文面を見ている。

 やがて凌央が言った。

「……出すなら、今日だね」

「はい」

「支持が増えている今だからこそ、意味がある」

「そう思います」

 凌央はもう一度、冒頭の一文を見た。

「私を信じないでください。かなり強い」

「弱めますか」

「弱めない方がいい」

 巫鈴は少し意外そうに見た。

 凌央は続ける。

「ここを弱めると、ただのお願いになる。今必要なのは、宣言だ」

「宣言」

「そう。君を旗印にするなという宣言」

 巫鈴は、静かに頷いた。

 今井が言う。

「ただ、反発も出ますよ。支持していた生徒からも」

「分かっています」

「教師側にも利用されるかもしれません。『本人も自分を信じるなと言っている』と」

「それも、分かっています」

 凌央が、紙を机に置いた。

「それでも出す?」

「出します」

 迷いはなかった。

 怖さはあった。

 だが、迷いとは別だった。

「学校を変えるのは、私ではありません」

 巫鈴は静かに言った。

「その言葉を、今出さないといけない」

 凌央は少しだけ笑った。

「なら、生徒会掲示として出そう」

「いいんですか」

「いい」

 凌央は言った。

「これは、個人の投稿ではなく、今の学校に必要な文だ」

     

 放課後。

 掲示板の前に、生徒会の新しい紙が貼られた。

 白い紙。

 黒い文字。

 余計な装飾はない。

 生徒たちは、少しずつ足を止めた。

 最初に読んだ生徒が、目を見開く。

 次に来た生徒が、隣で黙る。

 そして、廊下に静かな波が広がっていった。

________________________________________

私を信じないでください

 最近、私たちの活動に対して、多くの声が寄せられています。

 賛成の声もあります。

 不安の声もあります。

 学校への疑問もあります。

 そして、私たち自身への怖さや疲れもあります。

 そのすべてを、なかったことにはしません。

 だからこそ、お願いがあります。

 私を信じないでください。

 私が言ったから正しい、と思わないでください。

 私が間違っているかもしれない、という前提を持ってください。

 巫鈴さんを信じることと、巫鈴さんの言っていることを考えることは、違います。

 これは、宮下翔吾くんの言葉です。

 私は、この言葉が今の私たちに必要だと思いました。

 学校を変えるのは、私ではありません。

 誰か一人の正しさでもありません。

 自分の目で見て、自分の言葉で考え、自分の不安を出せる場を作ること。

 声を出した人を守り、反対した人を黙らせず、間違いがあれば直せる仕組みにすること。

 それが、私たちが目指しているものです。

 私たちを支持してくれるなら、まず疑ってください。

 私たちに反対するなら、言葉にしてください。

 私たちが怖いなら、怖いと言ってください。

 その声を聞けない改革なら、そんなものは新しい支配にすぎません。

 学校を信じるために。

 先生を信じるために。

 生徒を信じるために。

 そして、自分の言葉を信じるために。

 私を信じないでください。

 考えてください。

 伊勢野巫鈴

________________________________________

 掲示板の前には、沈黙が落ちていた。

 けれど、それは重苦しい沈黙ではなかった。

 読んでいる沈黙だった。

 ある女子生徒が、小さく言った。

「……変な人」

 隣の生徒が聞く。

「悪口?」

「違う」

 女子生徒は、紙から目を離さずに言った。

「こんなの、自分で書ける人、あんまりいない」

 別の男子が言った。

「支持してる人に、疑えって言ってる」

「それ、すごくない?」

「いや、怖いよ」

「でも、前よりちょっと信じられる」

「信じるなって書いてるけど」

「だからじゃない?」

 その言葉が、廊下の中で静かに広がった。

 巫鈴は、少し離れた場所でその様子を見ていた。

 前に出ない。

 説明しない。

 ただ、見る。

 掲示板の横で、翔吾が固まっていた。

「ぼ、僕の名前……」

「出したくなかった?」

 巫鈴が聞く。

「いや、その……驚いただけです」

「使っていいか聞くべきだった」

「いえ」

 翔吾は首を横に振った。

「いいです」

 そして、掲示の中の自分の言葉を見た。

 巫鈴さんを信じることと、巫鈴さんの言っていることを考えることは、違います。

 自分が言った言葉。

 それが、掲示板に載っている。

 怖かった。

 でも、悪くなかった。

「……僕の言葉が、少し役に立ったなら」

 翔吾は小さく言った。

「それでいいです」

 巫鈴は、短く答えた。

「かなり役に立った」

 翔吾は、また耳を赤くした。

     

 職員室でも、その掲示はすぐに話題になった。

 岸田は、掲示の写しを手にして言った。

「また、うまい文章を出してきましたね」

 声には皮肉が混じっている。

 だが、完全には皮肉になりきっていなかった。

 佐藤は、文面を読みながら眉を寄せた。

「自分への支持を牽制している」

 早乙女が静かに言う。

「普通の生徒にはできませんね」

 大河原は、黙っていた。

 机の上に置かれた写し。

 私を信じないでください。

 その一文が、彼には不快だった。

 なぜなら、それは強かったからだ。

 支持を集めた人間が、支持に酔わず、それを疑えと言う。

 これは、攻撃しづらい。

 独善と言えない。

 扇動とも言いにくい。

 むしろ、扇動を拒んでいる。

 岸田が言った。

「これでまた、支持が増えます」

「だろうな」

 大河原は低く答えた。

「信じるなと言う者ほど、信じたくなる」

 佐藤が資料を置く。

「では、逆効果ですか」

「短期的にはな」

 大河原は言った。

「だが、問題はそこではない」

「どこです」

「彼女は、自分を旗印にする流れを断とうとしている」

 一拍。

「なら、こちらが別の旗を立てればいい」

 早乙女が目を細めた。

「別の旗?」

「伊勢野巫鈴の改革で、救われていない生徒たちだ」

 岸田が、少しだけ笑った。

「なるほど。改革に疲れた生徒、静かに過ごしたい生徒、関わりたくない生徒」

 佐藤が続ける。

「その声を集める」

 大河原は頷いた。

「今度は、声なき普通の生徒を守る、という旗だ」

 その言葉に、職員室の奥で村山がわずかに顔を上げた。

 声なき普通の生徒。

 言葉としては、正しい。

 けれど、何かが引っかかった。

 普通とは誰か。

 声なきとは、誰が決めるのか。

 その問いが、村山の胸の中で小さく鳴った。

 しかし、まだ声にはならなかった。

     

 美術準備室では、灯の会の教師たちが掲示文を読んでいた。

 相沢は、何度も冒頭へ戻っていた。

「私を信じないでください……」

 竹内が静かに言う。

「強いですね」

 志水は、少し困ったように笑った。

「この子、本当に十六歳ですか」

「十六歳よ」

 市子が答える。

「だから危うい」

 岡村が顔を上げる。

「危うい?」

「ええ」

 市子は、掲示文の写しを机に置いた。

「自分を疑えと言えるのは強い。でも、これを言うにはかなり自分を削る」

 準備室が静かになる。

 相沢が言った。

「支えが必要ですね」

「そう」

 市子は頷いた。

「あの子を神輿に乗せないこと。これから大人側が絶対にやらなきゃいけない」

 塚本が言う。

「反改革派は、次に何をしますか」

 市子は少し考えた。

「たぶん、普通の生徒を持ち出す」

「普通の生徒?」

「改革に疲れた子。関わりたくない子。静かに過ごしたい子。そういう子たちを盾にしてくる」

 岡村が表情を曇らせる。

「実際、そういう子はいますよね」

「いる」

 市子ははっきり言った。

「だから難しいの。盾にされているから偽物、ではない。本当にいる」

 相沢が頷く。

「その声も聞かなければいけない」

「ええ」

 市子は、掲示文の最後の一文を見た。

 考えてください。

「伊勢野さんは、そこまで分かっている。でも、全部は背負わせない」

 その声は、教師としての声だった。

 甘やかしではない。

 だが、守る意志があった。

     

 放課後の部室。

 掲示を見た生徒たちの反応が、次々に集まっていた。

 翔吾は、コメントや会話の断片を整理している。

 沙羅は、それを分類している。

 美優は、言葉の温度を見ている。

 琴美は、腕を組んで唸っていた。

「反応、かなりいいわね」

「いいだけじゃない」

 沙羅が言う。

「戸惑いもある」

 翔吾がメモを読む。

「『応援してたのに信じるなって言われて困った』」

「『でも、考えろって言われたのは納得した』」

「『伊勢野さん、逆に怖い』」

「『自分への批判も載せたのは信用できる』」

「ばらばらね」

 萌香が言う。

「うん」

 巫鈴は頷いた。

「ばらばらでいい」

 真平が窓際で言う。

「その言葉、昨日も聞いた気がするな」

「大事だから」

 巫鈴は答えた。

 ズーハンが、廊下側の窓を見た。

「GG。でも次が来るぞ」

「分かってる」

 巫鈴は言った。

「何が来ると思う?」

 勇馬が聞く。

 巫鈴は少しだけ考えた。

「たぶん、普通の生徒」

 部室の空気が少し止まる。

 沙羅が頷いた。

「改革に疲れた人たち?」

「ええ」

 巫鈴は言った。

「私たちを支持する声が増えた。だから次は、支持していない生徒、関わりたくない生徒、静かに過ごしたい生徒の声が出てくる」

 美優が静かに言う。

「それは、聞かなきゃいけない声ですね」

「うん」

 巫鈴は頷いた。

「たとえ誰かに利用されていても、本物の声なら聞かなきゃいけない」

 萌香が顔をしかめた。

「また難しいこと言う……」

「難しいの」

 巫鈴は、疲れたように少しだけ笑った。

「でも、簡単にしたら間違える」

     

 夜。

 巫鈴は自室で、今日の掲示文をもう一度読み返していた。

 私を信じないでください。

 自分で書いた言葉なのに、読むたびに少し痛い。

 けれど、その痛みは必要だった。

 真平が部屋の入口に立つ。

「今日の掲示、見たぞ」

「どうだった?」

「嫌な文章だった」

 巫鈴は顔を上げる。

「嫌?」

「いい意味でな」

 真平は部屋に入り、机の端に缶のお茶を置いた。

「読んだ人間に楽をさせない。支持するのも、反対するのも、考えなきゃいけなくなる」

「それが狙い」

「だろうな」

 真平は椅子に座る。

「でも、お前も楽してないだろ」

 巫鈴は答えなかった。

 答えないことが、答えだった。

 真平は少しだけ声を柔らかくする。

「疲れたか」

「少し」

「少しか」

「かなり」

「正直でよろしい」

 巫鈴は、机に伏せるようにして腕を置いた。

「お兄ちゃん」

「ん?」

「信じないでくださいって言うの、疲れるね」

「そりゃそうだろ」

 真平はあっさり言った。

「信じてくださいって言う方が楽だもん」

 巫鈴は小さく笑った。

「身も蓋もない」

「本当のことだ」

 真平は続ける。

「人は、自分を信じてくれる人に甘えたくなる。疑ってくれる人は面倒くさい。でも、本当に必要なのは後者だったりする」

 巫鈴は、伏せたまま言った。

「私、面倒くさい人になりたいのかな」

「もうなってる」

「ひどい」

「褒めてる」

 巫鈴は、少しだけ笑った。

 笑えたことに、自分で少し安心した。

 ノートを開く。

 今日の最後の一行を書く。

 ――信じられる人になるより、疑っても壊れない仕組みを作る。

 ペンを止める。

 その一文を見て、巫鈴はゆっくり息を吐いた。

 明日、また新しい声が来る。

 支持。

 反対。

 疲れ。

 不安。

 期待。

 そのどれもが、学校の中にある。

 自分だけを信じさせない。

 自分だけを疑わせない。

 全部を、場に戻す。

 それが、次の仕事だった。

 窓の外には、夜の町の灯りがあった。

 小さな灯りが、ばらばらに並んでいる。

 揃ってはいない。

 でも、消えてはいない。

 巫鈴はその灯りを見つめた。

 信じないでください。

 その言葉の先にあるものを、まだ誰も知らない。

 けれど少なくとも、それは玉座ではなかった。

 巫鈴が欲しかったのは、玉座ではない。

 誰も一人を見上げなくていい、広い場所だった。

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