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第三の観察者

 ――放課後。

 生徒会室のドアが閉まる音は、いつもより重く聞こえた。

 巫鈴は廊下に出た瞬間、息を吐いた。

 通知の光が、目の奥に残っている。

 あれは偶然じゃない。

「見せた」か、「見えた」か。どちらにせよ、内側に回線がある。

 背後から足音。

 ズーハンが追いつき、スマホを振る。

「巫鈴、来てるヨ。もう来てる」

「なにが」

「伊勢野が生徒会に圧かけたって投稿。校内限定の鍵垢。文体、教師寄り」

 巫鈴は一度だけ目を閉じた。

(速い。向こうも速い。だから私は、遅く正確に刺す)

「翔吾は?」

「資料室。もう拡散経路追ってる」

 巫鈴は歩き出す。

「文化部に集合。今日は対策会議じゃない。設計会議」


 日ノ本文化部の部室。

 湯気の向こうで、琴美が腕を組む。

「で? 生徒会の新会長、黒?」

「まだ分からない」巫鈴は即答した。

「黒だと決めるのは早い。決めた瞬間、こっちが敵を作る」

 沙羅が静かに言う。

「じゃあ椅子を割る作戦、通すしかない」

 萌香が湯呑を両手で包みながら頷く。

「三つの集計ってやつ?」

「うん。生徒会、教員、事務局」巫鈴は机に紙を置く。

「同じデータを三者が別々に集計して突合。差分が出たら理由が必要になる」

 シャオが目を丸くする。

「パォ……それ、地味に怖いね。誰もズルできない」

「ズルはできる」巫鈴は切った。

「ただ、ズルすると痕跡が残る。痕跡が残れば、こちらは裁けるんじゃない。説明させられる」

 ズーハンが笑う。

「説明は、沈黙より嫌われるヨ」

 翔吾がドアを開けて入ってきた。

 顔がいつもより硬い。

「来ました。拡散経路。鍵垢の初動は、生徒会の内部です。二段階。最初に会計担当のアカウントが反応して、次に教師っぽい文体の垢が引用」

 巫鈴は淡々と頷く。

「会計……集計の椅子に一番近い」

「はい。あと、もう一つ」翔吾が紙を出す。

「新会長が、今日の会話を要約して職員側に投げてる可能性があります。

 言い回しが、まるで会議録」

 部室の空気が冷えた。

 琴美が低く言う。

「つまり、会長は中継装置か」

 巫鈴は答えない。

 答えない代わりに、紙に一本線を引いた。

「次の手は三つ」

 真平が腕を組んだ。

「言ってみろ」

 巫鈴は指を三本立てる。

「① 生徒会に椅子分割案を正式提出。

 ② 同時に校長・事務局に突合フローを提案。

 ③ そして、第三者席を作る。集計を監査する椅子」

 沙羅が眉を上げる。

「第三者って誰?」

 巫鈴は即答した。

「保護者代表――じゃない。図書館司書」

 全員が一瞬止まる。

 萌香が小声で言う。

「え、あの、図書館のおばさん?」

「学内の非政治領域で、記録の扱いに慣れてる」巫鈴は冷静だった。

「生徒会でも教師でもない。事務局より現場に近い。

 しかも――私の過去を知ってる」

 真平が笑った。

「なるほどな。椅子の脚を増やす。倒れにくくする」

 巫鈴は頷く。

「これで伊勢野が生徒会を乗っ取るは成立しない。私は椅子を奪うんじゃなく、椅子を分解する」


 ――翌日、昼。

 生徒会室。

 巫鈴は提出書類を二通用意していた。

 一つは生徒会向け。

 もう一つは校長室経由で事務局へ。

 新会長が笑顔で迎える。

「また来たのね」

「はい」巫鈴は淡々と差し出す。

「集計者の椅子を一つにしないための提案です」

 新会長が紙を読み、眉を動かす。

「……突合? 二重集計? 三重?」

「三重です」

「重すぎない? 現場が疲れる」

 巫鈴は、即座に返す。

「疲れるのは、疑われる側です。疑われない仕組みがあれば、教師も生徒会も守れます」

 新会長の笑顔が、ほんの少し薄くなる。

「でもさ。これ、誰も責任を取らない仕組みにも見えるよ」

 巫鈴は一拍置き、言った。

「違います。責任を一人に押し付けない仕組みです。責任の集中は、必ず腐ります」

 新会長は紙を机に置き、指先で軽く叩いた。

「……伊勢野さん。あなたって、誰も信じてないの?」

 巫鈴は静かに見返した。

「信じたいから設計するんです。

 信じろ、だけで回るなら、制度はいらない」

 沈黙。

 そのとき、ドアがノックされた。

「失礼します」

 入ってきたのは、生徒会の会計担当――細身の男子だった。

 目が笑っていない。

「会長、これ……共有ノートの集計ツール、業者から見積もり来ました」

 会長が笑う。

「ありがとう。置いといて」

 会計担当は巫鈴をちらりと見た。

「……伊勢野さん、また来てるんですね」

 巫鈴は淡々と答える。

「集計の話です」

 会計担当は小さく笑った。

「集計は、数字で人を救うか、殺すかですもんね」

 その言い回しが、妙に大人だった。

 巫鈴は、心の中でメモを取る。

(この子が椅子に近い)

 会計担当が出ていった。

 新会長は紙を持ち上げ、言う。

「分かった。議題に載せる。

 でも、通るかは別」

「通します」巫鈴は即答した。

「通らないなら、通る形に修正します」

 新会長が苦笑する。

「あなた、本当に……」

 巫鈴は礼をして立ち上がる。

「では、失礼します」

 ドアに手をかけた瞬間。

 新会長が、ぽつりと言った。

「伊勢野さん。

 あなたが椅子を割るのは、正しいよ。

 でもね――割れた椅子の破片って、刺さるの」

 巫鈴は振り返らずに答えた。

「刺さるなら、先に角を落とします。

 ――それも設計です」


 ――その夜。

 校長室前の廊下。

 巫鈴は事務局担当の職員に呼ばれ、待っていた。

 扉が開く。

「伊勢野さん、入って」

 校長と、事務局長代理、そして――理事長がいた。

 理事長は、巫鈴を見るなり言った。

「君は、集計者の椅子という言葉を使ったそうだね」

 巫鈴は頷く。

「はい。権限が集中すると、数字が武器になります」

 校長が静かに言う。

「君の提案は理にかなっている。だが、現場は面倒を嫌う。面倒は敵を生む」

 巫鈴は一拍置き、言った。

「面倒を減らすために、誰かを犠牲にするのが今の学校です。その面倒を、最小の手間で透明化するのが私の案です」

 理事長が、短く笑った。

「……いい。では逆に問う。君は誰を監査席に置く?」

 巫鈴は迷わず答えた。

「図書館司書です」

 校長が目を丸くする。

「司書?」

「政治から最も遠い場所にいて、記録の扱いに慣れ、生徒にも教師にも公平でいられる立場です」

 理事長が指を組み、静かに言った。

「面白い。君は権力を求めないのではなく、権力が腐りにくい形を求めている」

 巫鈴は一礼した。

「はい。私は椅子に座りたいんじゃない。椅子で人が壊れない学校にしたい」

 理事長は数秒、沈黙したあと、言った。

「提案を採択する方向で進めよう。ただし――反発は強い。君の敵を作らない改革は、そろそろ試される」

 巫鈴は、息を吸い、頷いた。

「覚悟しています」

 扉を出た廊下で、巫鈴は一度だけ天井を見上げた。

(椅子は割れた。次は――割れた破片で誰が刺すか、だ)

 そのとき、スマホが震える。

 《匿名》

『図書館を味方にするな。記録は、燃える。』

 巫鈴は画面を伏せる。

(燃えるのは、記録じゃない。燃えるのは、記録を握った人間の欲だ)

 ――そして巫鈴は、次のページを開く。


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