ハグ(前編)
拙い文章かと思いますが、宜しければ読んで下さい。
時刻は午前9時。
今日の主は数ヶ月後にリリースを控えたアルバムのレコーディングを行う為、某所に在る録音スタジオへと向かう。
ここ数日、帰宅時間も遅く休みもろくに取れず忙しそうにしている主をふたりは非常に気にかけていた。
「じゃぁ、行ってくるね。」
疲れた表情を隠した様に笑顔を浮かべながら愛猫達へ出かける前の挨拶をする主。
ドアが閉まり、徐々に遠くなる足音が聞こえなくなった頃、先に口を開いたのはモモの方だった。
「ご主人様、忙しそうだね。」
それに同調する様にモカも続ける。
「うん。何だか今やっているお仕事が大変みたい。」
モカは昨晩、主が自分に擦り寄りながら語り掛けていた話の内容から疲労の原因をある程度察していた。
「そっか。ご主人様はみんなを笑顔にするお仕事をしているからこのお仕事も大切な物なんだろうね。」
「そうだよ。だから今やっているお仕事が一段落したらいっぱい遊んでもらおうよ。」
この様子から主が職業としている『ミュージシャン』という仕事に対し彼女達なりに解釈し、理解しようしている事が伺える。
だが、改まった所でモモが再び口を開く。
「でも、ご主人様大丈夫かな・・・。無理して病気になったりしないかな・・・?」
多忙を極める主の身を案じてモモは不安な気持ちを吐露する。
その気持ちはモカ自身も同じだ。
しかし、自分も同じ様な言葉を口にしては彼女をもっと不安にさせる事となってしまう。
そう思ったモカはモモを慰める。
「だ、大丈夫だよ。ご主人様はみんなを喜ばせるお仕事をしているんだよ? それなのに一緒に暮らすあたし達を哀しませる筈無いよ。」
「でも・・・。もし何か有ったら、あたし達どうしたら良いのかな・・・?」
モモの不安はまだ消えないままだ。
確かに、主が自分達の前から居なくなるような事が有れば自分達はどうなるのであろうか。
しかも、モモには以前の飼い主から飼育放棄されていた過去が有り、その為か心配し過ぎるあまり悪い方へと思考を働かせてしまう癖が有った。
完全に負の連鎖へと陥ってしまった彼女は大きな瞳を濡らして今にも流れ落ちそうな涙を溜めていた。
哀しみくれる相棒へ何を言えば良いのだろう。
かけるべき言葉が見つからず悩んだモカは反射的にモモを呼ぶ。
「モモ。」
『ギュッ・・・』
名前を呼ばれ振り向いたモモは気が付くとモカによってその身体を強く抱き締められていた。
「はにゃ・・・!」
突然の出来事に驚きながらも思わず頬を染める。
数秒間無言が続くと、背中に回していた手をモカが離したタイミングで尋ねる。
「モカ。急にどうしたの・・・?」
少し間を置いたモカは少々自信無さげにしながらも照れた様子でモモに尋ね返した。
「どうかな?少し落ち着いた・・・?」
突然の事で、何の事か理解出来ずにいるモモ。
そんな中、モカは続ける。
「あたしね、ご主人様に抱っこされているとすごく温かい気持ちになれて哀しかった事や辛かった事とかを忘れさせてくれるの。
それは、きっとモモも同じでさっきみたいに『ギュッ』としたら何時もあたしと居る時のモモに戻るんじゃないかなって思ったんだ・・・。」
先程、唐突にハグをしたのはそういう事だったのか。
モモはそう思いながらも目を潤ませながら話す相棒から自分に対してのエールなのだと解釈した。
「もしかして、嫌だった?」
「ううん、全然嫌じゃない。むしろ、モカから温かい気持ちを分けてもらった気がする。」
「本当?」
「うん。モカ、ありがとう。」
モモはお礼を言うとこぼれそうだった涙をそっと拭いモカの手を握ったのだった。
元々1つだったエピソードを2つに分けました。
後編と合わせて読んで頂ければと思います。