290.「家の者は納得したのか?」
一時とはいえ学生さんたちの関心が相沢さんから外れてくれたのは良かったけど、ほっといたらまた元に戻るに違いない。
そう考えたらしい信楽さんの指示で心理歴史学講座の演習は解散になった。
学生さんたちがゾロゾロとドアから出ていく。
ちらちらとこっち気にする人が多かったけど誰が目当てなのか。
まあいいや。
最後の新入学生が出ていった後にドアが閉められ鍵がかけられた。
残ったのは講師側と在校生だけ、と思ったら渡辺さんと迫水くんもいた。
気づかなかった。
(確かに。
自在に気配を消す位のことはやりそうだな)
無聊椰東湖の言う通り神様なんだからそのくらいは出来るだろうけど。
ていうかむしろわざわざそんなことをする理由が判らない。
何か規制でもあるのか?
僕の疑問をよそに神様たちは自由に動いていた。
「相沢さん。
やり過ぎなのでは」
「そうだよ。
何だよその姿は」
渡辺さんと迫水くんが呆れたように攻めているけど相沢さんは馬耳東風だった。
「渡辺さんと迫水さんですね。
静村さんから聞いています。
初めまして」
アルトの声に誘われてまた相沢さんを見てしまった。
やっぱどうみてもCGヒロイン。
もしくは完璧に仮装した超絶美人コスプレイヤー。
ロボットじゃないかと思ってしまうけど不気味の谷とかは影も形もない。
ただ美しい。
こういうのが現実に出てきたら美人コンテストとか吹っ飛んじゃうんじゃないかな。
ていうか多分コンテスト自体が成立しなくなりそう。
だって映画の俳優とCGキャラを比べるようなものだからね。
相沢さんはそれくらい現実離れしていた。
その絶世の美女は僕を認めると顔を綻ばせた。
心臓が撥ねる?
この僕が?
いきなり腕を引っ張られたかと思うと誰かにしがみつかれた。
比和さんか。
僕の横にいる黒髪美女は無表情だったけど全身の緊張が伝わって来た。
比和さんですら畏れるほどの存在なのか!
「矢代さん!
じゃなくて教授!
先ほどはありがとうございました」
相沢さんは全然感じてないみたいに軽やかに近寄って来ると人なつっこそうに笑った。
何か凄いよ。
よく判らないけどビンビン来てるよ!
でもまあ、神様なんだからそのくらいは有り得るだろうし。
僕は比和さんにしがみつかれたまま頷いた。
「何かみんな固まってたよね。
お役に立てたんなら嬉しいけど」
相沢さんはしかめっ面になった。
「私も困ってるんです。
真面目にしようとするのに皆さん止まってしまって。
静村からはスーパージェッターだと言われました」
「ああ、タイムストッパーね」
やっぱそう思うのか。
25世紀からやってきたタイムパトロールだったっけ。
タイムストッパーは文字通り30秒間時間を止めるという凶器だ。
ジェッターの時間は止まらないけど。
静村さんをちらっと見たら肩を竦められた。
人が悪い。
予め教えて欲しかった。
「相沢講師ぃ。
比和先輩がぁ心配なのでぇそのくらいにして欲しいですぅ」
信楽さんが困ったように言った。
え?
相沢さん、わざとやってるの?
「はーい。
というよりはわざとじゃないですよ。
これは地です」
「よく言うよ」
迫水くんが呆れたように言うけど何で?
信楽さんの指示で机が回の形に並べられてみんなで着席する。
どうやら心理歴史学講座の全体会議らしい。
学生が混じっているけどみんな重度の厨二病だしね。
僕の両側は比和さんと信楽さんだ。
信楽さんの隣がパティちゃん。
残りのメンバーは思い思いに座っている。
僕の正面が相沢さんなのはちょっと心臓に悪いけど。
どうしても実写映画の中にCGキャラが混じっているようにしか見えないんだよ。
こんな状態で相沢さんって今までどうやって生きてきたのか。
「ではぁ説明会を始めますぅ」
信楽さんが言った。
そうなの?
会議じゃなくて説明会か。
つまり相沢さんの。
「改めて紹介しますがぁ相沢麻紀さんですぅ。
静姫様のぉお仲間でぇ、色々と訳ありなのでぇご本人から説明して貰いますぅ」
「ではぁ」と言われて立ち上がる相沢さん。
やっぱりCGだ。
何と言うかアニメやゲームに出てくるヒロインそのものという感じなんだよ。
顔も完璧だけど身体も凄い。
豊かな胸や細い腰、机に隠れて見えないけど下半身も凄そうだ。
まあ、一部の美少女アニメみたいに蜘蛛とかパペットみたいな体形じゃないんだけど、それでもこれだけのスタイルはスーパーモデルくらいしかいなさそう。
いやスーパーモデルのスタイルは違うんだっけ。
そのCG美女はしおらしく話し始めた。
「合流が遅れてすみません。
依代にはすぐになれたのですが、その後の調整に手間取ってしまって。
不自然じゃないくらいに戻すのに時間がかかってしまいました」
「調整」って何?
いや今でも不自然だけど(泣)。
ていうか調整してもこの程度だとしたら、最初はどうだったんだろう。
ラノベによく出てくる、普通の家にいきなり女神が光臨したみたいな状態だったのでは。
「家の者は納得したのか?」
迫水くんが遠慮無く聞く。
相沢さんは嬉しそうに頷いた。
「何とか。
私がいきなり大学に就職して実家を出ると言ったら散々止められましたけど、実演して見せたら渋々ですが許可してくれました」
「きわど過ぎます。
もっとやりようはあったでしょうに」
渡辺さんが呆れたように言う。
やっぱりこの人? たちは知り合いか。
いや神様仲間なんだから当然だろうけど。
でも「実演」って何?
「それでぇ、いつこっちに来るんですかぁ?」
信楽さんが意外な事を聞いた。
ということは相沢さんってまだ実家にいるのか。
「今日、このままお伺いしようかと思って。
荷物は発送済みです。
でも」
相沢さんはそのCG的に美しい顔を曇らせた。
「荷物がちょっと多すぎたかも。
引きこもっていたお部屋の物を全部持ってきてしまったので」
な、なんだってーっ?
神様なのに引きこもり?




