253.「信楽さんに頼りすぎじゃない?」
矢代興業の新社長予定者は意外な人物だった。
ちょっと思いつかないよ。
「大丈夫なの?」
「社長と申しましても、むしろ看板のようなものでございますからな。
経営自体は取締役会が行いますし最高経営責任者は別に任命させて頂きます。
更に言えば最高執行責任者は引き続き信楽殿に担当して頂きたく」
「なら安心だね」
(身も蓋もないな)
無聊椰東湖が呆れたけどこれが現実だ。
大体、僕が社長で最高経営責任者なのに矢代興業が発展し続けているって事が証明している。
社長なんか飾りですよ。
偉い人にはそれが判らんのです。
信楽さんさえいれば後は何もいらない。
「経営者としては忸怩たるものがありますが、残念ながら否定出来ない事実でございます」
黒岩くんが渋い表情を見せた。
「信楽殿はスケールが違います。
桁違いとでも申しましょうか」
「黒岩くんでもそう思うの?」
「それはもう。
もしあの方が王国におられたら帝国など。
いえ、何でもございません」
ヤバいことを口走りそうになる黒岩くん。
八里くんとかに聞かれないようにしてね。
前世の因縁が原因で矢代興業が崩壊したりしたら困るので。
「まあそれはそれとして。
つまり僕が矢代興業の社長と最高経営責任者を降りればいいんだよね?」
「同時に矢代財団の理事長に就任して頂きます」
そう来たか。
「理事長じゃないと駄目?」
「矢代興業社長を退任していきなり理事では憶測を呼びます故。
やはりそれなりのお立場を維持して頂かねば」
そうなるのか。
確かに社長から平理事だと何か大失態を犯して追放されたみたいだもんね。
「こちらもマスコミへの露出は避けたい所でございます故。
王女殿下および将軍閣下は理事に就任して頂く予定でございます」
なるほど。
確かに僕はともかく高巣さんや晶さんはその必要があるかもしれない。
僕は矢代興業の社長だけど、未成年の僕に世間が納得しているのはそれなりに実績を上げてきたからだ。
ていうか名前が売れているだけなんだけど。
記者会見とかまでやったからなあ。
でも高巣さんや晶さんって社会的には何もしてないように見えるからね。
実際には王国や帝国の人たちの精神的支柱だったりするんだけどそれは言えない。
世間的には単なる女子大生なんだよ。
そんな人たちが副社長やったりしているのは不自然だ。
まあ、前世の身分や人望なんかがあるので低い立場にはつけないからなんだけど。
それでもこれまで特に問題なくやってこれたのは、矢代興業が世間にあまり露出してなかったからだ。
事業自体は派手に喧伝されてるけど株式公開していないから内部情報が見えない。
普通の人たちって有名な会社の名前は知っていても、その経営者なんかに興味はないからね。
せいぜい社長くらいか。
「むしろ高巣さんたちを守るためなんじゃない?」
「それもございます。
矢代財団の理事ならばご身分やお立場から見て不足はございませんし、にも関わらず世間的に露出はほぼございません。
創業者のご家族などがそういった地位についておられるのはよくあることでございます故」
確かに。
助かった。
これで社長とか言われずに済む。
「矢代興業関係はそれでいいとして宝神はどうするの?
僕、理事長降りてもいい?」
期待を込めて聞いてみたけど駄目だった。
「宝神総合大学については矢代殿にお任せ致します。
正直、矢代殿より理事長に相応しい者を思いつきません故」
「そんなことないでしょう。
大学のトップだよ?」
「ご自分ではお気づきになられておられないかもしれませんが、矢代殿は既に宝神の主でござりますれば。
何より末長殿やその配下の方々から万全の信頼を得ていらっしゃいます」
そうかなあ。
まあ、黒岩くんが言いたいことは判る。
宝神って矢代興業から離れた所で何かまとまってるんだよね。
末長家という地元の勢力と結びついた事も大きい。
何かこの辺って日本というよりは末長国みたいなんだもん。
治外法権とまではいかないけど、独自の法則があるような気がする。
「末長家の存在は大きいと思うよ。
でもそれだけでは」
「静村殿がおられます」
黒岩くんが断定した。
あー、それは確かに。
静村さんやそのお仲間の神様たちって厨二病患者のカテゴリーに入れていいのかどうか判らないからね。
矢代興業にも馴染まない。
今は便宜上、社員になってもらっているけど、本来はそんなもんじゃないからなあ。
「矢代殿は静村殿やそのお仲間から信頼されておられます。
これは他の何者を持ってしても代行出来ません。
故に宝神は矢代殿にお任せいたしたく」
真面目腐って言う黒岩くん。
それが本音か。
つまり黒岩くんたちは得体が知れないというか訳が判らない者は全部僕に押しつけたいということね。
炎さんとかも黒岩くんたちには理解の埒外にありそうだもんなあ。
王国や帝国の厨二病患者の人たちって、前世がエルフやらドワーフやら竜人やらの割に常識的だ。
ラノベやファンタジー的なものを忌避する傾向にあるし、真性の中二病患者には近寄らない。
というよりは露骨に逃げる。
黒岩くん達にとっては宝神ってそういう物の集団に見えるんだろう。
だから一カ所に集めて僕に押しつけると。
「判った。
宝神は僕が見るよ」
「ありがとうございます」
黒岩くんは見るからにほっとしていた。
それが目的だったみたい。
僕が社長を辞めるとか財団を作るとかは副次的な方策で、最終目標は矢代興業と宝神を切り離す事だったのかもしれない。
もちろん切り離せるようなものじゃないけど、それは現場レベルでの話だ。
経営陣の視界から外れてくれれば御の字と言った所か。
「てことはシャルさんなんかも?」
「の予定でございます。
もちろんシャーロット様のご意向次第ではございますが」
それはそうだけどシャルさんが断るとも思えない。
あの人は事業とか経営とかにはあまり興味がないからね。
自由に遊べる立場と配下組織があれば、あとは知らない振りをしそうだ。
まあいいか。
それから僕は黒岩くんと基本的な事を打ち合わせた。
僕の矢代興業社長および最高経営責任者退任は3月中に行うことになるそうだ。
まだ株式市場に上場してないので、そういう重要な事を決める株主総会も非公開で出来る。
だからこっそり人事を動かしてしまおうというわけだ。
矢代財団とやらは既に登記も済んでいて事務所も用意してある。
もっともそれはダミーで本体は宝神の内部に置かれるらしい。
それはそうだよ。
だって理事の大半が宝神に勤務したり通ったりしていて、更にその周辺に住んでいたりして。
「矢代財団の筆頭常任理事は末長殿にお願いする予定で、既に了承を頂いております」
「そうなんだ」
「もちろん表看板で、実際の運営は信楽殿が」
やっぱし(泣)。
「信楽さんに頼りすぎじゃない?」
「そこでございます。
矢代殿にサポートして頂ければ」
内助の功かよ!




