210.「それ、面白い?」
女の子たちがなかなか戻ってこなかったので僕はリビングで珈琲煎れて飲んだりテレビを観たりして時間を潰した。
待つしかないよね。
まさか見に行ったり出来ないし、だからと言ってこの機会をとらえてシャワーとか浴びるわけにもいかない。
だんだんお腹が空いてきたんですが。
納屋くんの所で蕎麦を食べたりファミレスでパフェ食べたりしたけど、どっかに消えてしまったらしい。
大して動いていないけど色々あったからエネルギーを消耗したんだろうな。
「お待たせしましたぁ」
「申し訳ありません。
ダイチ様」
お正月番組らしい芸人の集団が何か騒いでいるような番組を観ていたら二人がリビングに入ってきた。
恐れていたような振り袖とかじゃなくて助かった。
でも二人とも室内着にしてはフェミニンな可愛い格好だ。
スカートとか短くない?
まあ女子高生は真冬でもミニスカート履くらしいけど。
「室内は暖かいですぅ。
このくらい当たり前ですぅ」
「私は……いえ何でもありません」
信楽さんはのほほんとしているけど比和さんは当惑している。
押し切られたか。
まあ僕としてはどうでもいいんだけど。
ていうか実を言うとこの程度なら埼玉の矢代家では散々見ているからね。
僕以外の住民は全員女の子だから時々暴走するんだよ。
さすがに冬になったら収まっていたけど、春から秋にかけては凄かった。
ある日なんか帰宅したら僕以外の全員がホットパンツ姿になっていたりして。
あの時はさすがの僕も醜態を曝しそうで、夕食もそこそこに自分の部屋に逃げ込んで籠城したんだっけ。
僕の無言の抗議が効いたらしくて以後はそんなことはなくなったけど。
でも何かのきっかけでファッションショーが始まったりしたからね。
僕も随分修行になった。
だからこのくらいでは動じない!
(その歳で枯れたか)
違うよ!
「すぐお食事用意しますね」
比和さんが頬を少し赤らめながらエプロンを纏ってキッチンに入る。
それはそれでラノベ的というかアレなんだけど。
信楽さんの方は僕が煎れた珈琲を勝手にマグカップに注いでソファーに座っていた。
そんなのこの家にあったっけ?
「そのカップは何?」
「私ぃのですぅ。
お泊まりセットに入ってますぅ」
何という用意周到な。
海外旅行用のトランクが必要なわけだ。
ひょっとしたら枕とかも入っているのかもしれない。
いや考えるな。
信楽さんは芸人には興味がないみたいで勝手にテレビのリモコンを操作して番組をザッピングしていた。
何か異様に慣れてない?
「信楽さんって僕んちに来た事が……ああ、あったっけ」
「はいですぅ。
比和先輩と一緒にぃ文化祭の打ち上げをするというこでぇお夕食をご馳走になりに来ましたぁ」
溜息をつく。
「でも帝国の将軍にバレてぇ」
そうでした。
懐かしいな。
夕食の準備を手伝って貰った王国の護衛兵の中に帝国の美人局にひっかかった人がいて情報が漏れたんだよね。
晶さんが見逃すはずがない。
その結果、ご近所の人たちを巻き込んだ大規模ホームパーティになってしまったんだった。
ということは、あの時の参加者はみんな矢代家を知っていることになる。
何てこった。
「でもぉ、今まで矢代社長のお家にぃお泊まりした人は居ませんでしたぁ。
一番乗りですぅ」
信楽さんが得意げに言うけど意味なくね?
「埼玉の矢代家ではみんなで共同生活しているじゃん」
「それとこれとは話が別ですぅ。
矢代先輩のぉ実家にお泊まりしたという事実がぁ重要ですぅ」
実家と言ったって両親もいないし、あまり意味がない気がするんだけど。
まあいいか。
キッチンでは比和さんが忙しく働いていた。
トントンと何かを刻む音がしていたり、炊飯器から湯気が出ていたりするから準備は進んでいるみたい。
せき立てたくはないけど本当に腹が減ってきてしまった。
お腹が鳴りそう。
「矢代社長ぅ。
どうぞぉ」
信楽さんが箱を差し出してきた。
ポッキーか!
「二、三本くらいならぁ比和先輩もぉ気にしないと思いますぅ」
「ありがとう」
本当は失礼かもしれないけど背に腹は変えられない。
僕は素早くポッキーの箱から何本か引っこ抜いて口に放り込んだ。
素早く噛み砕いて飲み込む。
気づかれなかっただろうね?
大丈夫みたい。
いや別に悪い事してるわけじゃないんだけど。
せっかく一生懸命夕食を作ってくれている比和さんに悪い気がするんだよ。
でも。
ポッキー数本で空腹が嘘のように収まった。
チョコレート菓子は偉大だ。
雪山で遭難する時には絶対にチョコレートを持っていかないと。
「ありがとう」
信楽さんに小声でお礼を言うと「秘書ですのでぇ」と言われた。
いや信楽さん、社長の秘書は解任されているはずだけど。
最高執行責任者と秘書の兼任は出来ないよね。
「今だけですぅ」
謎の理屈で誤魔化された。
まあいいか。
それにしてもここまで予測してお菓子を買い込んでいたんだろうか。
底の知れない先見性だよね。
「違いますぅ。
私ぃが食べたかっただけですぅ」
心を読まれた(泣)。
(どっちにしても怪物だよな)
まあ、僕の周りにいる女の子ってチートじゃない方が珍しいからね。
僕自身は凡人なんだけど。
ふと気づくと信楽さんが熱心にテレビを観ている。
時代劇だった。
しばらく見ていたけど筋がよく判らない。
ていうかそもそも登場人物の生活環境や本人たちの関係なんかも不明だ。
何か廃屋みたいな暗い和室で着物姿のおっさんたちが深刻そうにボソボソ話しているシーンが延々と続くんだよ。
僕だって水戸黄門とかそういうドラマは見たことがあるけど、ああいうのは物凄く判りやすく作ってあるから僕でも理解出来た。
悪代官とか(笑)。
あれ、悪役令嬢とは似て非なる物なんだよな。
ラノベで言うと悪宰相みたいなものか。
でも今信楽さんが見ている時代劇って本当に話が進まないというか、いつまでたっても暗い部屋で暗い顔した中年男たちが話しているだけだもん。
「それ、面白い?」
聞くてしまった。
「面白くないですぅ。
でも安心出来ますぅ」
理解不能?




