第12.5話
「琴美祢様が料理上手なのは意外でした」
「そ、そうか? そんなに意外か?」
「はい、かなり」
「そ、そうか?
うん、夕飯も食べたし、次は風呂だな……」
「お風呂ですね。では、着替えと寝具の用意をしておきます」
そう言って、支度に入ろうと空になった皿を重ねていく。
それを運ぼうとした直後、琴美祢様が素早く皿を攫っていく。
「片づけは俺がやっておくから、カルミアは先に風呂に入ってきなよ」
「いえ、でも、琴美祢様より先なのは……」
「いいから入ってきなよ。
着替えはタンスの一番下から二番目に入ってる。お風呂は、玄関近くの扉の先だから」
それだけ言って、琴美祢様は皿を台所へと運んでいく。
「……では、失礼します」
私はその言葉に甘えて、着替えを持って脱衣所へと向かった。
※
持ってきた着替えを籠に置き。身に着けていた衣類の全てを脱いで、洗濯機へと放り込む。
脱衣所から風呂場の扉を開けると、ムアッとした蒸気が流れてきた。
奥の方には大人1人がすっぽりと入れそうな浴槽。
2畳くらいの空間に私は足を踏み入れる。
「──これが、浴場……データで見たことはありますが、実物は結構小さいのですね」
初めて見る場所に、雰囲気に、少しばかり立ち尽くしていまう。
良い感じの暖かい湯気に当たっていると。冷えていた手足が暖かくなっていく。
「……ぁッ」
入ってきて数分呆けていたことに気が付く。
「私は一体なにをしていたのでしょうか? 琴美祢様も入る手前、早めに出なくては……」
急いで扉を閉め、鏡の近くに置かれたシャワーの位置を調整し私は体を洗い始めた。
※
体を洗い終わった私は、浴槽を前に立ち止まっていた。
「これが、浴槽……」
初めて見るお湯が入った浴槽。
浴槽のお湯から湯気がゆらゆらと立ち上がり、部屋に広がっていく。
これに、体をつけるんですよね?
「……」
意を決意して、そろりそろりと片足ずつお湯に入れていく。
少し熱いお湯に足を馴染ませて、最後に体を湯に沈める。
その直後、
「ふぁ~」
不意に間の抜けきった声が出た。
声を出した私自身が驚いたが、そんな驚きもお湯の中へと一瞬で解けていく。
それ程までに、私自身がお風呂の魅力に毒されていた。
今日の身体の消耗が一気に消えていく。全身の力が抜けて、体が勝手に湯に身を任せ始める。
「これが、お風呂……。これを生み出した人は、まさしく、天、才です……」
濛々と立ち込める湯気が、湯の浸かってない所も温めてくれる。
これが、極楽というものなのでしょうか?
これなら、お湯が冷えるまで浸かっていられます。
体の力が自然と抜けていく中。
ふと、自分の口元に手を当てて、色々な表情を作ってみる。
笑顔、あきれ顔、図星。今日見た皆さんの表情を何度もマネしてみる。
だけど、どれも当てはまらない。というよりも、分からない。
琴美祢様は、私が笑みを作った時、気分はどうかと聞いていました。
私は今、気分が向上しています。この場合の表情は……笑顔? なのでしょうか?
口の端を引っ張り笑みを作ってみる。
「……」
しばらく笑みを作って手を下ろす。
「何か、違う気がします。でも、それが何か分からない……」
暫く考えるがやはり答えはでない。ここは、琴美祢様に聞くしかないでしょうか……?
ですが、やはり琴美祢様を困らせてしまうのではないでしょうか?
カルナ様は、分からないことは琴美祢様に質問しろと言っていましたが。本当によろしいのでしょうか……?
「ッ!」
考えていると湯気が薄まっているのに気が付いた。どうやらかなり長い間風呂に入っていたようです。
「急いで出なくては!」
立ち上がり風呂を出る。
──次の瞬間。
「あ、れ?」
突然、足の力が抜けて床に膝をついた。
続いて激しいめまいに襲われる。視界が歪み、キーンと耳鳴りが高まっていく。
力が入らない。視界も、くらくら、と……これ、は──。
※
「ぅ……ッ。ここ、は……?」
はっきりとしない意識の中、私は天井を見上げていた。
いつもとは違う薄暗い天井。
薄暗い? 光が差し込む方へ視線を向ける。研究所には無いカーテン。その隙間から月明かりが部屋を照らす。
そうです。ここは琴美祢様の部屋でした。
ゆっくりと、体を起こす。
「ぅ……ッ」
視界が、ゆらゆらと揺れる。まだ、視界が安定しない。
手で自分がいる場所を確認する。
ふかふかと柔らかいベット。その傍に、ふさふさとした硬い無数の紐のような感触……。
紐?
顔をそちらに向けと、そこにベットに頭を乗せて眠る琴美祢様がいた。
その近くの机には、水が入った桶とタオルが置かれていた。
どうやら私はまた、琴美祢様に迷惑をかけてしまったようですね……。
突如、胸がキュッと絞められる感覚が襲ってくる。
胸の辺りを触るが特に外傷のようなものはない。
「これは、いったい何なんでしょうか?」
少し考えるが答えはでない。
兎に角、今は琴美祢様が風邪を引かないようにするのが最優先です。
頭の中を切り替えて、琴美祢様の肩に手を伸ばす。
「琴美祢様! 琴美祢様ッ! 起きてください」
「……ぅ……ッ」
肩を揺すって名前を呼ぶが、眠りが深いのか起きる様子はない。
仕方ありません。せめて、風邪を引かないように毛布を……。
琴美祢様が起きないよう布団から這い出て、毛布を琴美祢様に掛ける。
「……」
すやすやと安やかに眠る琴美祢様。
その顔を覗き込み、私は尋ねる。
「琴美祢様。私はあなたを選んで良かったのでしょうか?」
「……」
眠たままの琴美祢様が答えることは無いが、私は続けて話す。
「あのとき私は、無理を言って貴方様に仕えさせて頂きました」
そのことに後悔はない。
ですが、琴美祢様のデータ上、私の相方としては経験不足なのは事実。
それを分からない琴美祢様ではないはず。
でも、あのとき琴美祢様は私を迎え入れてくれました。
だから、私は──
「私は自分の目標が果たせなくなったとしても、貴方を絶対にお守りします。
それが、琴美祢様の目標を閉ざすことになっても──」
次回予告、プロジェクト・アーミー第13話
琴「守りたいと思っていても、傷つけてしまうことがある……
なら、傷つかない様に、最初から離れていた方が良いのだろうか?」
カ「でもそれでは、いざという時に守ることができない。
結局は、傍に置くのが一番の安全地帯なのです。
琴美祢様、どうか私を離したりしないでください」
琴「どんなことがあっても離れる気はないよ。君が俺を必要としなくなるまでは……」




