崩壊24.8
久しぶり、いや、初めてだろう。
本当の人の心に触れた気がした。
柔らかくて、温かくて、拒まれなくて。
自分の気持ちが飴玉のようにじわりと溶けていくのが分かった。
最近そのせいで、困る事が増えて来た。
大切な人の存在が彼を悩ませるようになったのだ。
「ユウゼン君!虹、出なかったね。早く雨降らないかな」
「嫌だよ。雨は身体が冷えちゃう」
「私は平気、寒くないから」
「えぇ……」
この強引なスイという女は、何もかもを主導していた。
ユウゼンは嫌な顔一つせず頷き、彼女と共にいた。
「だって、ユウゼンがいるからね、寒くないんだよ」
「ふふ、そう?」
ユウゼンからは言葉を教えてもらい、話し方を学ばせてくれた。
ほんの少しだけだけど、剣の扱い方も教えてもらえた。
優しく、丁寧に教えてもらえた。
まるで悠久の時を生きているよう、のんびり、ゆったりした男だと思う。
だからこそ、たまに見せる人間味のある顔を見ると、シキはその心に近づいてしまう。
一方スイは、シキに対して、勝手に怒ってきたり、勝手に喜んで褒めてきたり、非常に面倒に思えたが。
でも心の表側がそう思った所で、一度でもそれを触れ合わせてしまえば、本人さえ気づかなくても心を支える大事なものになるのだ。
最近になってそれを認めてしまうようになった。
不思議な女の人だった。
「シキって言うのは、かつて私の祖先が住んでいた場所にあったものの名前。寒かったり、熱かったり、ちょうど良かったり、変わりゆく温度と景色、いいと思わない?」
「それくらい色んなものに出会えたらいいかなって思って付けちゃった」
「今は寒い?普通?それとも熱い?」
「ふつう……」
「うん、良かった」
元々自分には名前がなかったのをスイは理解してくれていた。
理解して、まるで元々自分がそう言う名前だと、思わせるかのように躊躇なく名付け親になったのだ。
名付ける事は、関わり合いになる事。
深い所まで手を伸ばして、いとも簡単に、どこまでも心の扉をこじ開けてしまうのがスイという人。
「ユウゼン、行ってくるね」
「うん。いってらっしゃい。スイ」
そう言いながらも、ユウゼンはスイの手を握る。
「どうしたの?」
握りながら語りかけた。
「僕はね。ヒトが嫌いだったんだ。でも君みたいなヒトもいるって分かって、色々なものが愛おしく思えるようになった。だけど今は、ナイトメア・アクセルとして君とユイを守りたい」
同じだよ。
「この気持ちの本当の答えが見つかるまで、一緒に居てくれないか?」
同じなんだよ。
俺も、出来る事ならそうしたかった。
「……当たり前じゃない」
そうしたかったんだ。
「ずっっっと一緒に居て、そしてたまにお出かけして、色んな景色を見に行きましょう!もうすぐ私も落ち着けるようになるから」
スイはたまに出かける時がある。
二人に拾われる前の頃は、市場や他人の家から物を盗り生きて来た。
そこで沢山見て来た市場で物売りをする人達。
シキは焚き木用の木を取って来たり、衣服を洗ったり掃除をしたり、家事全般の事をこなしている。
それらの行為が、全て生きる為に必要だった事に帰結しているのは、理解していた。
ならばスイは何処で何をしているのだろうか。
気になるのでユウゼンの目を盗んで、跡を付けてみる事にした。
そこで見かけたのは今まで見たことのない一面を、輝きとして放つスイの姿だった。
今にして思えば、あれは宣託者のような仕事だったのかもしれない。
一様に皆彼女を目指して列をなす。
彼女の着ている和服は、鮮やかな花が咲き誇ってきて、反射があるように思える。
髪も光っているよう。
更に近づいてみると、一人は感謝の言葉を言い、次の人は助けを乞う。
助けを乞われたスイは、その人に落ち着きのある声でアドバイスをする。
その人達の表情は心から思っている事を顔に出しているのだと、確信出来た。
スイには何か特別な力が備わっていて、その力がみんなを助けているのだ。
この街を更に盤石なものとしているのは、やはり人間だ。
スイは人間らしいから。




