薬師の葛藤19
それから数日後。
アーゼスはどさくさに紛れて逃げたのだろうか。
探し回っても見つけることはできなかった。
「うん、出来た!」
「燦くん!上手い!いいな〜可愛いな〜」
ユイさんのおかげで完成させられた紅慶刃。
彼女との約束通り絵を描いて、屋敷の大黒柱に貼り付け、僕らは屋敷を後にした。
シキの致命傷とも言えた怪我はみるみる内に治った。
流石薬師直伝のシンマネ、老いて尚、活発化した生命力をシキに授けてくれた。
正に命そのものを、見ず知らずのナイトメアから貰った彼は、後ろ髪引かれる思いでもしているのだろうか。
「なあ、燦」
「ん?」
「ヒトはゲンキンで薄情者な奴ばっかりじゃないか?お前のいる世界はどんな奴らがいるんだ?そのナイトメア、何も知らないで、ヒトってだけで俺を助けてくれたのか?わかんねえんだよ」
「どうなんだろ……少なくとも優しく暖かいものを愛してたよ、その人。それをシキは持っているって思ったんじゃないかな。ユイさん、君が死んだのを見て泣いてたから」
そろそろ、拠点になる桜吹雪の様子も気になりだし、僕らは旅立つ日がやってきた。
「お前の描いた絵を見てきたけどよ〜」
「マジ?いつの間に……」
「アホかお前!」
「あでっ!いきなり暴力はやめて!」
「どうすんだよアレ!ほいほいって。」
そう言ってシキは僕の描いた絵の姿を真似した。
「しょうがないじゃん、あの絵しか思いつかなかったんだから」
「シキくーーーーん!燦くーーーーーん!」
「ユイさん!?」
「作戦勝ちだな……」
驚く僕とは対照的に、シキは不敵に笑う。
「街の人達、私の事、分かってくれてた!行ってきていいって!ブレーキ連中をぶっ飛ばしてこいって!」
「まさか……」
「何かを成すために大事なのは外堀から埋めていく事だからな……俺が街の人達一人一人に……」
……すごい根性と話術だ。
「街はあなたのお陰でここまで大きくなれました。一つ一つの出会いが力になるよう導いてくれました。もう大丈夫、ここからはあなたの優しさで世界を」
アルフレーガシの長がユイさんのソワソワしていた背中を押したのだ。
シキの一つ一つの行動が実を結び、結果を作り出していた。
「よろしくぅ〜いやっほぉおお!!」
「ユイさん、しばらく会わない内にキャラ変わりましたね……」
「ありがとう、燦くん。描いてくれた絵、また戻ってこれるように閉め切った屋敷に置いてきたよ」
「それでいいと思います」
「あの屋敷、実際主人はともかく碌な奴を招き入れてなかったからな〜俺は納得できないけどな〜」
「っどーいう意味!?」
『縁とは面白いものだ。ワシはあの娘を助けるために力を授けたが、思いもよらぬ使い方をしおって……おかげで変な者共さえ招き入れたではないか』
肉体を失い、魂だけになった薬師は満足そうに笑っていた。
ナイトメアと人間は所詮別の存在だ。
それでもたとえいつの日か、愛する者が目の前から姿を消しても、出会った思い出はお互い消えることはないだろう。
天窓から差し込む光が柱を照らす。
そこには心なしか薬師と同じような笑顔をしている【招き猫】の絵が飾られていた。
『今日は暖かいのう……』




