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第3節 「迫る」

◆大広間

 常時この部屋は解放されており、生徒たちがたむろしている。ここにはテレビも備え付けてある。反面、客室にテレビはない。ヘルもまたここへ来て、古いアニメ映像を見ていた。前を横切るタコヤマは黙ったまま、しかめっ面でヘルを見た。そして頭をかかえている。「ガンガンする……なんでだ」とつぶやいて通り過ぎた。

「お前のせいだからな」 遠くで声が聞こえたような気がした。

 ヘルは胸のあたりに、どんよりとしたものを感じた。ポケットの中に手を入れて、そこにある小刀ごがたなを握ったり離ししたりした。

   *

「もういい加減にしてくれ!!」 誰かが叫んだ。

「バカじゃねえのか! もう生徒達を帰すのが筋だろうが!」

 タコヤマ達含め生徒方と先生方とで、何か口論をしていた。

「だから、帰れないんだって!」

「船は無くなってる」

「携帯も圏外だ。通信機も見つからない」

「本島からは遠く離れている。泳いで渡るたって無理な距離だぜ。その上オマケが付いて、この近辺にはサメがうじゃうじゃ泳いでる。絶望」

「あともう少し待てば、迎えの船が来るんだ。じっと待つのがいいと思うぞ」

「それじゃあ遅いってんだよ!! XXちゃんも、XXも、ノイローゼになっちまってんだよ!! どう責任とってくれんだ!?」

 どうも騒がしくなってきた。剣呑な雰囲気にうんざりしたヘルは大広間を後にした。


◆909号室

 刃沼が目覚めた頃、窓の外はもう暗闇だった。

刃沼「やぁ、おはよう……」

デガラシ「こんばんは、ですよ」

「さあって……、風呂、行こうかな」

「わたしはもう行ってきました」

「そう。じゃあ、一人風呂で」

「気をつけてくださいよ」

「何が」

「何がって、刃沼……、得体の知れない化け物としか云いようのない物が現れているんですよ」

「あぁ本当、得体が知れないね。何だろね、あれ。それより風呂だ」

 刃沼はふらふら歩いていく。


◆ホテルの給湯室

 2階にある給湯室の入口付近でツミキが固まっていた。ヘレネーから失敬したのか、ツミキの手にはオートマチック拳銃が握られていた。それを今にも落としそうなほど、脱力し、震えていた。そこへヘルが通りかかった。給湯室の中を覗くと、化け物がむしゃむしゃ食事中だった。屈強で見るからに強そうな生徒が、目の前でなすすべなく食われている。

「たす……たすけ………ゲ……」

 ヘルはうずくまり、耳をふさいで、縮こまった。ツミキは今も、動けないでただじっと見つめるのみだった。さらに生徒数人が通りかかった。

「おい、ツミキ。れよ。最近その銃見せびらかしていたな。まさか、おもちゃじゃねえだろ? 何のためにそんなものを持ってるんだ?」

「おい、危ねえぞ」

「みんな逃げようよ」

 そのとき、給湯室を遠く覗ける場所から、タコヤマは給湯室と反対方向へ逃げ出した。

生徒「なあ……やれよ」

「オレがやろうか?」

「早くしろよ。ビビって動けねえのか? 情けねえな」

「オレに貸せよッ」

 化け物は食事を終えた。そしてツミキたちに気づいたらしい。こちらへ一歩を踏み出してきた。

「わぁッ。まずい」 その途端、生徒数人はツミキを置いて一目散に逃げ出した。

(…………)

 ツミキは頭の中を真っ白にしていた。考えることが停止していた。ただ見ているだけだった。ヘルはいつのまにか、いなくなっていた。足元から固いものを叩く音がした。拳銃を落としたらしい。化け物はもう一歩、足を進める。どうやら化け物の動きは遅いようだ。逃げて追いつかれる速さではない。にもかかわらず、ツミキの足は遅いどころではない。1歩たりとも動けない。未だ顔面蒼白で固まったままだ。そこへ横の狭い通りから、刃沼が現れた。刃沼はツミキを見つけて話しかける。

「たまにはいつもと違う道を通りたくなった。そしたら迷った……。風呂場どこ?」

「…………」

 ツミキは答えない。だが、何とか口を、わずかに動かした。

刃沼「んー? 何がそんな緊張状態で……?」

 様子のおかしいことに気づいたらしい。刃沼は見回して、場違いなものに気づいた。生きた化け物がいた。鋭利な爪をこちらに突き出している。

「おあつらえ向きっ」 刃沼は落ちていた拳銃を拾い、ツミキに渡そうとする。だがツミキは受け取ろうとしない。それ以前に動こうともしない。

「やられる前に、撃ち殺した方がいいと思うなァ」

 ツミキの手に、拳銃を無理やり握らせた。そのとき、給湯室の壊れかけた天井が突き抜け、新たな化け物が落ちて現れた。さらに2体の化け物が襲いかかる、という状況下。不幸中の幸いなのは、3体とも人間に比べてかなり移動速度が遅いということだった。おまけに知性も低いようだ。

刃沼「おぉい、ピンチだよ。ピンチだってば」

 刃沼は、ツミキの肩をゆらゆら揺らす。けれども、反応がないようだ。

刃沼「ダメかなこりゃ。――借りるよ」

 刃沼はツミキの拳銃を手に取る。そして……。大きな一撃の銃声とともに、化け物は3体とも倒れた。それきり動かない。銃声は確かに一発だけだった。そして刃沼の手から拳銃が落ちた。

「痛つつ……」 手が痺れたようだ。「無理な使い方だったのかなァ……」 刃沼は落ちた拳銃を拾い、ツミキのポケットに差し込んだ。「もしかすると、それ壊しちゃったかもしれないけど、……まあ、命を失うより、マシだろね」 返された拳銃には、弾が3発分なくなっていた。


◆100号室

 その後ようやく、金縛りのような緊張状態から抜け出したツミキは、部屋へと戻った。

ツミキ「信じられないかもしれませんが、化け物が……」

タコヤマ「ああ……。デガラシから聞いたよ」

「そう……ですか」

「ヘルとヘレネーが襲われたらしいな」

「いえ! 今、僕が襲われたんですよ!」

「もう一体現れたのか!?」

「いいえ……、さらに2体現れたので……、合計3体です」

「ヘルの方も含めると4体か。それで、その化け物、どうした」

「僕のこの愛用銃で、僕が3体ともバンバンと退治――」 ツミキは拳銃を手に持つ。

「お前がやったのか? ……違うだろう」

「あ……」 タコヤマはツミキの拳銃を取り上げながら、さらに云う。

「お前が嘘を付きやすいことは知っているよ。だがオレにも嘘をつくのか?」

「……すいません。本当は刃沼とかいう胡散臭い奴です。偶然そこへ来て、私の銃を奪って勝手に撃っていきました」

「そうか――。弾は3発発射したのか?」 拳銃のマガジン(装弾部分)を確認しながら云った。

「ええ、はい」 戸惑いながら返答する。

「大したものだな、そいつは」

「え?」 キョトンとする。

「だってそうだろう。3体に3発なら、それぞれ一撃で仕留めたってことだ。そんな芸当、そうできるもんかね。できるはずがねぇ。その刃沼って奴が化け物を仕込んだ犯人なんじゃねえか? 何か気に食わねえんだ」

「ああ、そういえばそうです」 思いついたように発言する。

「なんだ?」 促す。

「そういえばその刃沼って奴、一発しか撃ってないのに、みんな倒してるんです。やっぱりトリックかなんかですかね」

「おい、ちょっと、何云ってんだ。この通り3発なくなってる」タコヤマは拳銃のマガジンからこぼした弾丸を指さす。そしてさらに云う。

「だいたいお前に今さっき確認したろ。3発撃ったのか? そうです、ってよ」

「…………」 ツミキは矛盾を突かれて押し黙る。その頭の中では様々なこじつけの言い訳を巡らしていた。


◆888号室

 ヘルの部屋へ、タコヤマが開錠して入る。

ヘル「!? 鍵をしておいたはずなのに……」

タコヤマ「合いカギというのもある。おれはどこでもオールパスだ」

「そんな……。ホテルの人から借りたの、……ですか?」

「さあな。それよりヘルさん」 タコヤマはツミキを部屋に入れる。

「今日、こいつが襲われているのに、逃げ出したようですな?」

「だって……」

 タコヤマはヘルの腹部を蹴り飛ばした。

ヘル「うぅ……おごっ……おへっ…………」 ヘルは胃の中のものを出した。

タコヤマ「汚ねぇ」

 タコヤマはツミキに、目で催促する。ツミキも、ヘルを頬をはたいた。

タコヤマ「バカ。外から見えないところをやれ。ヘレネーに気づかれたらどうするんだ」

ツミキ「…………」

 タコヤマはまた、顎でツミキに指示を出す。ツミキはヘルの荷物を漁る。

タコヤマ「ヘルさん、分かってるね? もし、このことを他人に云えば……もっとひどい目に……分かるね?」

ヘル「…………はい」

 漁り終わったツミキは、見つけた紙幣をタコヤマに渡した。

ヘル(云わない……云わないよ……云わない)

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