第2節 「化け物」
◆3階廊下
デガラシ「……んん?」
デガラシはまた幻を見たのかもしれない。
デガラシ(また化け物らしき影が……)
何度か瞬きをするうちに、化け物の影はなくなった。
デガラシ(疲れているのでしょうか)
◆2階から3階への階段
同時刻。ヘルは2階から3階への階段を上っていた。頭上に大きな影を感じ、見上げる。
「な…に……これ」
人間を溶かした風貌の化け物がいた。化け物はグツグツという無気味な音を発する。マグマでも沸かしているのかもしれない。口に相当する箇所からは、牙と赤い液体を垂らす。手らしき部位には大きな爪がある。そしてその先まで視線を移すと――
「ぁ……、ぁ……ぅぅ」
首の無い生徒を引きずっていた。ヘルは固まった。心の中で何かが抜け落ちた。化け物は鋭利な爪を振り上げた。その爪1つ1つがよく磨かれたナイフを思わせた。
「ぁぁぁぁぁ」
ヘルの足は動かない。ガタガタ震えるのみだった。
「ヘルッ!!!!!」
そのとき階下から跳躍したヘレネーは、ヘルを片腕に抱き込み、もう片腕に持ったサブマシンガンを化け物に突き付け、ぶっ放す。…… 化け物は散り散りになった。風穴だらけになったその身体から、噴出した液体でヘレネーとヘルは赤く染まった。
ヘレネー「ヘル! 大丈夫か? ケガは?」
ヘル「お姉ちゃん……」
ヘルは抱きついた。
ヘレネー「どこもケガしたところはないか?」
ヘル「ないよ。ない。ないから、もう少しこのままにさせて……」
ヘレネーはヘルを頭をなでた。
ヘレネー(良かった。……本当に良かった。あともう少し遅れていたら……なんともならなかったかもしれねえ)
このときヘルの瞳に影のいっそう増したことには気づかなかった。
*
階下から刃沼が登ってきた。まだ欠伸をしている。目をこすりながら二人を見た。刃沼は二人の服が同じ赤色だったのに気づいた。
「ああ、似合ってると思うよ……そのペアルック」
ヘレネー「刃沼……」
ヘレネーは刃沼を見て、そして化け物の亡骸に視線を向けて促した。刃沼はそちらへ歩いた。
刃沼「生き物……だねぇ。新種の生物? 溶けてるね。……ふうむ。お、この爪はすごい。包丁に使えるかも。(ヘレネーの方を向いて)狩りでもしたの?」
ヘレネー「お前にはそう見えるのか!?」
刃沼「ええ……、だって他にどう見ればいいの」
ヘル「襲われたの……、その化け物に」
刃沼「ああ……、そうか」
納得した。
刃沼「それじゃ、危なかったね」
ヘレネー「ああ。間一髪ってところだった」
刃沼「そういや、最近殺人事件が頻発しているとか? 犯人見つかったってことかな、これ」
ヘレネー「あ!! そうか!」
刃沼「めでたし、めでたし」
他人事のように云う刃沼を、ヘレネーは非難を込めた視線で見た。
刃沼「じゃあ、お休み」
刃沼はふらふらと、覚束ない足取りで立ち去った。
ヘル「お姉ちゃん。あの人って、いつもあんな感じ?」
ヘレネー「睡魔が酷いんだそうだ。オレは近頃、頭の方も酷くなってると思うけどな」
◆909号室 前
刃沼は部屋の前でデガラシと会う。
デガラシ「刃沼、その靴どうしたんです!?」
デガラシは、刃沼の歩いてきた所を指差す。見ると赤い足跡が続いていた。
刃沼「どうしたって……」
刃沼がその赤い足跡を視線でたどると、自分の足元に行きついた。
デガラシ「あと、そうです、忘れないうちにもう1つ云いたいことがあります。また化け物の幻覚を見たんです。幻覚かどうか、はっきりしませんが。わたしもちょっと具合が悪いのかもしれません」
「ああ。そこ」
刃沼は今来た方を指差す
「?」
「化け物はすぐそこで、ぐったりお寝んねしてるよ。私もお寝んねしなくてはー……」
刃沼はヨタヨタと部屋に入っていった。デガラシは刃沼が来た方へ駆け出した。
◆3階廊下 階段付近
ヘレネーとヘルは、とりあえず部屋に戻ることにした。そこへデガラシと会う。
デガラシ「どうしたんですか!! その血! (化け物の死骸を見て)ええ!? ああ……!?」
デガラシはゲホゲホと咳をした。
ヘレネー「お前の一般的反応に落ち着くよ。刃沼はこれをペアルックなんてぬかしたよ」
ヘル「デガラシ姉、化け物のことを、みんなに伝えて。多分、事件の犯人……」
デガラシ「あ……はい! そうですね」
デガラシは化け物と流血の現場を見たショックからか、顔色がやや悪くなった。
ヘレネー「オレは部屋に戻って、ヘルを休ませる」
デガラシ「分かりました」
デガラシは階段を下りて行った。
◆888号室
ヘレネーがヘルの部屋に入り、布団に寝かせようとした。
ヘレネー「ジュースこぼしてんな」
ヘル「…………」
濡れた布団に気づいた。転がる缶ジュースを取り上げ、テーブルの上に置こうとしたとき。中に異物があることにも気づいた。
ヘレネー「こりゃだめだ。ゴミが入ってる。捨てるぞ」
ヘレネーは洗面台へ行って、中身を出した。そして空き缶を脇に置いた。ヘレネーはもう一つ布団を出し、そこにヘルを横にさせた。
ヘル「わたしはもう、大丈夫だから……」
ヘレネー「そっか。ところで聞きたいんだけどな、缶ジュースん中に消しゴムのカスみたいなの入ってたが、ありゃなんだ」
ヘル「…………勉強のとき」
「ん?」
「勉強しているとき、消しゴムのカスを捨てるのに、ゴミ箱まで行くの面倒臭くて。近くにあった缶に入れたの。なんとなく」
「そうか。そのあと間違って飲みそうだから止めた方がいいぞ」
「うん……」
「オレはてっきり、いじめも想像したんだけどな。いじめられてないか?」
「うん……。それは全然。みんな…………優しい人たちだよ」
「そうか。……いつでも守るからな」
「うん」




