王妃様のとある一日
王妃となってからのヴィーは、忙しい。
まず、朝起きてベッドから抜け出そうとすると、隣から伸びてくる夫の手に捕まる。
「おはよう、ライ。」
「おはようございます。まだもう少し、側にいて?」
敬語ではなくなったライに甘えられると、ヴィーの胸はきゅんと苦しくなって、なんでも聞いてしまいたくなる。だけれど本当になんでも聞いてしまっていては、一日の予定が全て狂う事を学習済みだ。悪戯なライの手と唇を程良く回避して、二人でまったりした朝の甘い時間を過ごす事から一日が始まる。
とろり溶けた顔で楽しそうに笑うライは、このまま溶け合ってしまおうかだが仕事が…というヴィーの葛藤する様を見て楽しんでいるのだ。だけれど溶け合ってしまっても構わないとも考えている。
ベッドから抜け出すと着替えるのだが、ドレスは一人では着られない。ライは寝室に他人が入る事を嫌う為に、王妃付きの侍女は梟の女性達だ。
「おはよう、メル、ルース。今日も頼む。」
ヴィーの声で気配なく現れたのは茶色の髪に緑の瞳の若い女が二人。自分の事は自分で出来る為に、この二人が最低限の所でヴィーの世話を焼く。
「今朝は捕まらなかったようですね?」
「主はメロメロですね〜。」
あまり表情が変わらず堅い口調がルース。間延びした口調でにやにや笑っているのがメル。ルースは二十、メルは十九の若い娘だ。そんな二人へ苦笑を返して、ヴィーは昼用のドレスを纏い、プラチナブロンドはすっきりと纏められる。着替えの手伝いをした後二人は再び姿を消して、そのままオンブルを筆頭とした王妃の護衛となるのだ。
支度を終えて着替え部屋から出れば身支度を整えたライが待っていて、二人連れ立って朝食部屋で朝食を取る。そこで、それぞれの予定を聞かされる。
「ヴィー、また後で。」
「あぁ。頑張れよ?」
「はい。ヴィーも、あまり無理なさらないで下さい。」
ライの腕に抱かれ、こめかみへ口付けられて二人はそれぞれ仕事へ向かう。
国土の広いバークリンには社交シーズンという物がある。領地を持つ貴族達は社交シーズン以外には自分達の領地にいて、その妻や子供達も大抵はその領地にいる。王都に別邸を持っている彼らは社交シーズンになると王都へとやって来るのだ。イライアスやノインも王都の近くに領地を与えられていて、そちらの管理の仕事も同時にしている為にかなり多忙だったりする。
王妃のヴィーも、王都に住んでいる貴族のご婦人方と交流をしたり、ルミナリエと共に孤児院への視察へ出たり、王や貴族達と学校制度についての話し合いをしたりと仕事は山積みなのだ。その合間に風や動物達から国内や国外の情報を収集して、纏めた物をライへ報告したりもする。
そうして忙しく働くヴィーの下に、鷹が一羽舞い降りた。
「お帰り、キーラ。」
キーラは卵から孵した鷹の一羽。飛べるようになってから試しにと手紙を持たせて飛ばしてみたのだ。キーラの足に付けている入れ物から手紙を抜き取り、ヴィーはそれに目を通すと、途端顔を輝かせる。
「良い子だね。おいで、ご飯をあげる。」
撫でてやると嬉しそうに一声鳴いたキーラを連れて、ヴィーはライの下へ向かう。風に居場所を聞いたら執務室にいるらしい。執務室には鷹達の餌を隠してあるから丁度良い。
「ライ、キーラが戻った。」
執務机に向かっているライへと歩み寄り、ヴィーは手紙を渡した。ライが目を通している間に棚から箱を取り出して、ヴィーはキーラにご褒美を食べさせる。ご褒美は、生きたミミズだ。
「姫ですか。ゴーセルの喜びが伝わってくる文面ですね。」
「ゴーセル殿は本当にナーディアが好きだな。」
キーラが持って来たのは、グラインからの手紙。ナーディアが産み月だった為に、ヴィーが様子伺いの手紙を出したのだ。その返事に、元気な女の子を産んだと書かれていた。
「あそこは女王も認められています。ですが、まだまだたくさん、頑張るそうですよ。」
キーラへのご褒美と水をあげ終えたヴィーは微笑む夫を見上げてみる。この頃のライは、ヴィーの前では仮面の笑顔を見せない。自然のままの彼の表情は、いつまでも見ていたくなる。
キーラを止まり木に止まらせて、ヴィーは手を洗う。その背をライが抱き締めた。
「私達も、もっと頑張りますか?」
耳元で甘く囁かれるのは、中々慣れる事が出来ない。熱くなった顔を見られたくなくて俯いていると、ライは耳元で楽しそうに笑っている。
「こういうのも、幸せですね?」
「……うん。幸せだな。」
姪の誕生を喜ぶ夫に包まれるように抱き締められ、背中でライが楽しそうに、幸せそうに笑っている。これが幸せでなければなんなのだろう。
「夜、早めに仕事を終わらせます。食事は部屋で取りましょう。」
「わ、わかった…」
夜の甘い時間の約束。
二人の下へ新しい命が宿るのは、遠くない未来。
そうして幸せは、無限に増えていく。
これにて完結となります。
最後まで読んで頂き、本当にありがとうございました。




