森の中で…
夕暮れの森の中、長いプラチナブロンドの髪を編んで一つに纏めた男が花を持ち佇んでいた。赤茶色の瞳が見つめるのは、何もない草の上。
「父さん…復讐は、しないよ。ルミネ様の仰る通り、彼女は生きようとしただけだ。」
呟き、アユーンは手にした花をそこに置いて目を閉じた。
アユーンの父は、前王の命令でシルヴィア王女を攫った。その途中で命を落とし、風が運んだ知らせは、不慮の事故で王女も一緒に死んだというもの。小さかったアユーンは、その時の事を覚えている訳ではない。父の事もぼんやりとしか覚えておらず、知っているのは母から聞いた話だけ。王女は生きていて、アユーンの父を殺したのは彼女だと、復讐をしなければ父が浮かばれないと、母は呪詛のように言い続けていた。
アユーンが五つの時に死んでしまった母は、病でだと言われた。だけれど事実は違う。彼女は夫の下へと行きたくて、アユーンを残して自ら死んでしまったのだ。アユーンを育てたのは祖母で、彼は王太子とその母に出会い、外の世界へと興味を持った。そして旅立つ前に、ふと思い出した。父を殺したかもしれない王女の事を。鷹のキースは、第二王女ルミネの使い。旅立つ前にルミネに会い、アユーンは彼女が知っている真実を教えてもらった。もし復讐に取り憑かれるならば自分の目で確かめろと、ルミネはアユーンに告げた。
あの時、あの町。アユーンがあそこにいたのは、ルミネからの『そこにとどまり待て』という手紙を受け取ったからだった。一体何の事かと首を傾げながらもとどまり待ったアユーンは、出会う事となった。
「おとーさん、おかあさんがさがしてるよ?」
茂みから顔を出したのはプラチナブロンドの髪に緑の瞳の女の子。アユーンとミアの娘だ。
「今行くよ。」
アユーンは優しく微笑み、娘を抱き上げる。一座の野営地へと向かうと、二人に気が付いたネスが歩み寄って来た。
「何処行ってたんだ?」
「散歩。ミアは?」
「あっちだよー」
腕の中の娘の導きで、アユーンは妻の下へと向かう。
この一座で、父の仇である王女の話をたくさん聞いた。王女自身とも関わった。その上でアユーンは、復讐をしても何も生まれないと思ったのだ。
「アユーン!」
駆け寄り抱き付いて来たミアを受けとめて、アユーンは娘ごと妻を抱き締める。
「どうしたの、ミア?」
「姿が見えないから心配しただけ。」
甘えるように擦り寄られ、アユーンの顔は幸せで緩む。それを見たネスは、呆れたという顔をしてアユーンの腕から娘を受け取り、何処かに行ってしまった。
「キースから報せが来たんだ。同盟国、また増えたって。」
「学校も上手く行き始めてるんでしょう?」
「そうみたい。世界が、どんどん変わって行くね。」
「でも良い変化。ヴィーとライも、イルネスの王様も、みんなで頑張ってる。」
「彼女は、死んではいけない人だったんだね。」
アユーンの呟きに、ミアが顔を上げてきょとんとした顔になる。
「死んで良い人なんて、いないでしょう?」
「そう、だね…」
「何かあった?泣く?」
心配そうなミアに頭を撫でられて、アユーンは彼女の体を強く抱き、顔を肩へと埋めた。
「少し、泣きたいかも…」
「いいよ。」
何も知らないミアは、アユーンに優しい。アユーンが一時でも、ミアとネスの大事な姉であるヴィーに殺意を持っていたと知ったら、二人はどんな反応をするだろうかと想像してみて、浮かんだ想像に小さく笑った。
「今度は楽しい?」
「そうかも。…ミア、愛してる。君に出会えて、幸せだ。」
「私もだよ。もう一人産まれるし。…今度は男の子かな?」
「男の子なら、護衛にする?」
「どうだろう?でも剣に興味があるなら、やれば良いと思うよ。」
ミアのお腹には、二人目の子供が宿っている。
きっと、アユーンの告白を聞いても二人は変わらない。
ネスは勝てる訳無いだろうと笑い飛ばすだろうし、ミアは困ったように笑って、きっと今みたいに優しく抱き締めてくれるだろう。
「ねぇミア、聞いて欲しい話があるんだ。」
「なぁに?」
「僕が、君達に会った理由。」
答えが返って来ない事を訝しんで、アユーンはミアの顔を覗き込む。アユーンの視線の先で、ミアはぽかんとしていた。
「知ってるよ?」
「え?」
予想外の答えに、アユーンの思考が停止する。
「アユーンに会ったばかりの頃、ヴィーが話してくれた。多分、私がアユーンを好きになり掛けてるって、気付いてたんだと思う。」
「…それでも、僕を嫌いにならなかった?」
「ならなかったよ。だって、アユーンは全然ヴィーの事嫌って無かったでしょう?復讐の鬼って感じじゃなかったし。」
「……ネスも、知ってる?」
「知ってる。」
「なんとも、思わなかった?」
「どっちを?」
「……両方。」
んーと唸って上を向いたミアは考える。その時の感情を思い出している様子の彼女を、アユーンは黙って見守る。
「私達は、ヴィーがやって来た事だって側で見て来てる。何も感じない訳じゃないけど、私達を守ってくれてたって知ってるから、ヴィーの事も怖くない。だから、アユーンだって、大丈夫だよ。アユーンの気持ちは、昇華出来た?」
問われ、アユーンは悩む。だけれど、ふっと笑って頷いた。
「出来たと思う。会えて、良かった。」
会えないままだったら、父を亡くし、その所為で母まで失った思いを昇華出来なかったかもしれない。だから、会えて、良かった。
「愛してるよ、アユーン。苦しみも、悲しみも、私が半分背負ってあげる。それで、喜びは二人で倍にしていこう?」
「うん。そうだね。」
微笑み合う二人の影は重なって、夕闇が濃くなり夜がやって来る。
だけれど包み込むような宵闇の中では、恋人達は寄り添い合い、家族や友が笑い合う。そうして人々は皆、支え合って生きて行くのだ。
この、厳しくも優しい、温かな世界でーーー。




