始まりの愛4
鳥の声に起こされたヴィーは、思いのほか、自分が緊張している事に気が付いた。梟達が用意してくれた朝食をいつも通りに食べるのだが、花婿であるライは顔を見てはいけない為に朝食の席には現れない。彼はちゃんと食事を取っているのだろうかと心配しているヴィーに、オンブルが他の王達と食べているから大丈夫だと教えてくれた。
「ヴィア、これを。」
朝食の後で支度の為に移動しようとしていたヴィーを呼び止めたのは、シルヴァンだった。なんだろうと首を傾げながらも受け取ったのは、ビロード張りの小箱。開けてみると、そこには耳飾りが入っていた。
「母上が、エルランから持って来た物だ。縁起が悪いかと悩んだが、母上も側にいて、お前を見ていたいのではないかと思ってな。…付けなくとも構わない。ただ、側に置いてくれないか?」
「いきなり、泣かせるな…付けるよ、ありがとう。」
「俺も、ガーランド達も、お前の幸せを願っている。」
「私もだよ、ヴァン。お前も幸せになるんだ。」
「なるさ。レミノアがいてくれる。」
「そうだな。私には、ライがいる。デューにはルアナが。」
「ザッカスとマーナには会ったか?」
「あぁ、昨夜、こっそり会いに行った。」
ザッカスは護衛として、マーナは王と王妃の世話をする侍女として共に来ていた。他国の王がいる場で話し掛ける訳にもいかず、二人は陰から、ヴィーの幸せを祈り、式を見届けるつもりだったのだ。
マーナとザッカスは、産まれたヴィーを殺す為に、エルランの前王がラミナに付けた人間だった。だけれど二人は、産まれたヴィーを殺そうとして、出来なかったのだ。奪うのではなく守る事を決め、王の命令に背いてヴィー達双子を見守っていてくれた。
「マーナは、号泣しそうだな。」
「俺の時も、デュナスの時も泣いていたからな。」
シルヴァンに見送られ、ヴィーは侍女に連れられて支度部屋へと入る。
そこにあるドレスは、エルランから贈られて来た物だ。風の報せでヴィーの結婚を知ったアーク王が、用意させてくれと申し出て贈ってくれた。サイズなどはバークリンで測り、書いた紙を鷹のキースが運び作られたドレス。
エルランの伝統的な衣装で、すっぽりと肌を覆うが体の線を強調する形だ。そのドレスに、ヴィーはシルヴァンから渡された母の耳飾りを付ける。きちりと纏められた髪には緑の宝石が散りばめられた、ヴィーの為にとゴーセル王に頼んでライが作らせたティアラを乗せ、ベールで顔を隠す。ベールは、ルシエラが時間を掛けて作ったのに一度使うだけでは勿体無いと、レミノアが使った物を借してくれた。ドレスで隠れた胸元には、谷間に挟んで隠してライから貰ったガラス玉の首飾りを付けている。
完成した自分の姿を鏡に映し、ヴィーは緊張の為に小さく息を吐き出した。これは、王妃としての仕事の第一歩となる。自分に王妃が務まるかと、急に不安になって来た。目を閉じて深呼吸をして、ブーケを持つ。ブーケは、数本の赤紫と淡い青の花で作られた物。
侍女に連れられ辿り着いた会場は、城内の広間の一つ。そこに祭壇を作り、神父の側ではライが待つ。
開かれた扉の先で座る人々の視線を一身に浴び、ヴィーは静々とライの下へと向かう。穏やかに微笑みヴィーを待つ彼の姿を目にしたら、それまで渦巻いていた不安も緊張も、何処かに吹っ飛んでしまった。伸ばされた手に己の手を重ね、隣に並ぶ。
そして二人は、永遠の愛を、誓った。
「ヴィー、とても美しいです。その耳飾り、エルランのドレスと合っていますね?」
ルドンの街を一周する馬車へと向かう道すがら、ライはヴィーへと甘くとろけた笑みを向ける。
「母の物らしい。ヴァンが持って来てくれた。」
「粋な事をなさいますね。」
本当だなと笑い、ヴィーはライの手を借りて馬車へ乗り込んだ。
歓声の中、民へと笑顔を向け手を振りつつ、ヴィーは耳を澄ます。そうして見つけた先に微笑んで、馬車の上で立ち上がった。
「ミア、次はお前だよ。鳥達よ、届けてくれ。」
ヴィーが空高く投げたブーケは、数羽の鳥が嘴で受け止めて運んで行く。驚く人々が見守る中、鳥達が王妃から受け取ったブーケを落とした先には赤毛に緑の瞳の美しい女。嬉しそうに頬を染めて、彼女はブーケを受け取った。そして、傍らにいた男が膝を付いて彼女の手を取る。
「ミア、愛してる。僕の妻となって下さい。」
驚き目を見開いたミアの視線の先で、アユーンはミアの左手の薬指へと指輪を嵌めて口付けた。固唾をのんで人々が見守る中、ミアは顔を綻ばせ、泣き始めてしまう。
「う、嬉しい!なる!でも一座はやめないよ?」
「大丈夫。エルランには戻らない。僕もずっと君と旅をする。世界を見て、報告する事が仕事になるんだ。」
「アユーン、大好き!!」
ミアに抱き付かれたアユーンは嬉しそうに笑っている。見守っていた人々は指笛と拍手で二人を祝福して、馬車の上ではヴィーが嬉しそうに笑ってライへと擦り寄った。
「ミアが結婚するよ。」
人混みの向こうでの出来事だった為に、見えていなかったライへとヴィーは説明する。それを聞いて、ライも嬉しそうに笑ってくれた。
王妃がブーケを投げてしまうという出来事もあったが、それ以外は滞りなく人々への挨拶を終えた二人は一度着替え、晩餐会へと出席する。
四人の王達はライを囲んで酒を飲ませ潰してしまうおうと悪巧みをして、その妻達はそれを苦笑して見守っていた。
ルミナリエもまた、孫達に囲まれて楽しそうに笑っている。
まだまだ続く宴を中座して、ヴィーはドレスを脱いで湯浴みをする。そうして寝巻きに着替え、王と王妃の寝室として用意された部屋で一人、窓辺に座って外を眺める。
ここまでに、色々な事があった。
生きる為に他の命を奪いもした。きっとこれからも、楽しいことばかりではない。だけれどと、ヴィーは振り返る。
「初めて、失敗しました。」
微笑むのは、愛しい男。頬が赤く染まっているのはきっと酒の所為。
「大分飲まされたようだな。水、飲むか?」
「飲みます。」
水差しからグラスへと水を注いで渡そうとしたら、甘えるように抱き寄せられた。
「口移しが良いです。」
色気のある笑みで、とろりと甘い声で囁かれ、ヴィーは一気に全身が熱くなる。馬鹿な事を言うなと反論しようとした口は、塞がれてしまう。
「…んっ……みず、こぼれる…」
隙間から忍び込んだ舌は酒の香り。苦い酒の味の舌に口内を撫でられ、舐められる合間になんとか抗議をすると、彼は唇を離してグラスの水を一気に煽る。そしてまた、唇が塞がれた。舌で開かれた唇の隙間から、少し温くなった水が流し込まれ、飲み込まされる。
「お水、美味しいですか?」
口の端から少し零れた水をライの舌が拭い、拭いながら顎を伝って首筋へと降りて行く。そういう事が許される時間だとはわかっていたが、ヴィーは何をどうしたら良いのかを知らない。ただ翻弄されて、心臓が苦しい程に鳴り響いていた。
「シルヴィア。少し、お話しますか?」
「うぇ?」
首筋を舌が這う感触に翻弄されていたヴィーは、優しいいつも通りになったライの声に目が点になってしまう。それを見て、ライはくすくす楽しそうに笑いながらヴィーを横抱きにしてベッドへと向かう。降ろされたベッドの上で、ヴィーは優しく抱き締められ、髪を撫でられた。
「アユーンは、強いですね。」
「…知っているのか?」
「はい。貴女の罪も、私が共に背負います。」
「…ありがとう。」
胸元に顔を押し付けて、滲んだ涙がライの服へと染み込んだ。
「一人じゃないよ、シルヴィア。」
「ライにも、私がいる。一人にはしない。心から愛してるよ、ライオネル。」
そうして二人は口付けを交わす。優しいライの唇と指先に翻弄されながらも、ヴィーは、愛する男と溶け合う喜びを知った。




