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マジェンタの瞳  作者: よろず
第三章バークリン
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始まりの愛3

 昨夜は五カ国の王がその家族達と共に和やかに晩餐会に興じ、朝も全員揃って朝食を取った。そうして午前中は、それぞれの国の正装に身を包んだ王達が城の一室に集まり、五カ国同盟の調印式を執り行う。自国のみならず、大陸中、果ては世界の平和を願った王達の、挑戦の始まりだ。この為に、嫁いだ王女達は様々な知識を吸収して、嫁ぎ先でそれを発揮して来た。その考えに同意する者も多く、各国内でもこの同盟は好意的に受け取られている。

 同盟の発案者であるバークリン国王の戴冠式は、昼食を挟んだ後で厳かに行われた。

 ルドンにある寺院の大主教の祈祷を受けてから宣誓をすると、頭、胸、両掌へと聖油を注がれ、正装である濃緑の軍服の上から赤いマントを羽織らされる。それから宝剣と宝玉の付いた王笏を授かり、歴代の王達が座った宝石の嵌め込まれた椅子に腰掛けると、大主教の手で王冠を頭に乗せられた。

 列席者達から祝辞を受けるライを離れた場所で見守りながら、ヴィーはシルヴァンの戴冠式を想像していた。双子の弟も、このように厳かな雰囲気の中戴冠したのかと考えると感慨深い。

 戴冠式の後でライは国民へ挨拶をするが、ヴィーは暇だ。結婚式の前の晩に花婿が花嫁の顔を見ると縁起が悪いとされていて、明日の式までヴィーはライに会う事が許されない。ただ篭っているのも退屈な為に、ヴィーはこっそり離宮に戻り、町娘の服に着替えてマントを羽織った。腰に差した剣は、マントの中に隠してある。


「お供致します。」

「頼む。一座に顔を出す。」


 すっと現れたオンブルを伴って、ヴィーは離宮の隅へと足を向ける。そこには高い壁があり、梟達はその壁を越えて出入りしているのだ。普通は登れない程に高い壁だが、ヴィーも登れる為にそこからこっそりと街へ出ていた。

 バーンズ一座はこの一年、バークリン国内を旅しており、今またルドンに戻って来て公演をしているのだ。恐らくネスとミアとアユーンは、国王の姿を見る為に人混みの中にいる。フードを目深に被り風に案内してもらいながら、ヴィーは三人の所へと向かった。


「凄い人だな?」


 背後から声を掛けると、振り向いた三人が苦笑を浮かべる。見慣れたマントにフード姿のヴィーと、その後ろで同じくマントのフードで顔を隠したオンブルに挨拶をした。


「この人混み、ヴィーの所為でもあるんだよ?」


 ミアから声を潜めて言われ、ヴィーはフードの中で小さく笑う。


「何企んでるのかと思ったら、色々してたらしいじゃねぇか?」


 呆れた顔のネスに、ヴィーは頷いて見せた。


「宰相閣下に排除されない為にも、大きく動く必要があったからな。」

「大国の城は怖いな。平民が学べる場を作るのかい?」

「エルランにはあるだろう、学校が。」


 問われ、アユーンは頷く。エルランでは、子供の内に民に読み書きや算術を教える学び舎があるのだ。農作などの合間に、子供達はそこに通う事を義務付けられている。だけれど前王時代までは、そこでは読み書きに加えて王族を神のように崇めるようにという洗脳紛いの事も行われていた。


「バークリンは、貴族が民に賢くなられては困るという風潮があったからそういう制度は無いんだよ。」


 民が学ぶ場所は、自分の親からだったり、職場が主だった。中には領主が教育に力を入れている場所もあって小さな学校は存在していたが、ある場所と無い場所の格差が激しかった。


「ライも、領主達と話し合って準備はしている。だけれどまず暮らしが豊かにならない事には民にもそんな余裕は出来ないからね。ルミナリエ様と相談して、私はあちらこちらで学校という制度について紹介して回ってる。」


 ライの助けとなるよう、下地作りをしているのだ。


「なんだかすっかり王族だね?」


 ミアは、少し寂しいと思ってしまう。ヴィーと、ミアと、ネス。一座と共に三人は大陸中を旅して周り、そこでは、悲しい事も辛い事も、嬉しい事や楽しい事だってあった。それをずっと三人で共有して来たのに、今、ヴィーは違う場所にいる。ヴィーの代わりというようにアユーンが仲間に入ったが、それはやっぱり、何かが違う。


「ミア、ずっと同じではいられないんだよ。それでも、変化の中にも変わらない物もあるんじゃないかって、僕は思うようにしてる。」


 暗い顔になったミアに気が付いたアユーンが、ミアの肩を叩いて微笑む。その笑みを見て、ミアは変わらない物について考えてみる。


「あるよ。私は変わらず、お前達が大好きだよ。」


 ヴィーの優しく落ち着いた声で言われ、ミアは涙が浮かんだのを誤魔化すように彼女に抱き付いた。


「私も大好き。」


 ふふっと嬉しそうに笑って、ヴィーはミアの赤毛を撫でる。そして、小声で言われた事にミアは動揺する。


「アユーンとは、上手く行ってるのか?」

「な、なんで知ってるの?!」

「動物達と話せると言っただろう?小耳に挟んでしまった。」

「何処まで、聞いた?」

「何処まで…難しい質問だ。」


 楽しそうな声でヴィーは言う。ミアは、顔が熱くて堪らない。そんな姉達を見て、ネスは苦笑を浮かべている。


「全部知ってんじゃねぇか?」

「ネス!あんたも知ってるの?」

「俺はアユーンから聞いてる。色々相談されてるし、なぁ?」

「うん。女の子って、難しいよね。」

「もう!なんで話しちゃうの?!もしかして父さんも知ってる?」

「知ってるんじゃないか?母さんが話してるだろ。」


 地団駄でも踏みそうな勢いのミアを見て、皆で優しく笑い、ヴィーはそうだと思い付く。


「花嫁の持つブーケ、受け取ると次の花嫁らしいぞ?」

「知ってるけど、明日の式、私達は入れないんじゃないの?」


 ヴィーもライも、一座の皆に出席して貰いたいと望んだのだが、他国の王族が多く出席する為にイライアスによって却下されてしまったのだ。だけれど方法はあると、ヴィーは笑う。


「なんかヴィー、能力の無駄遣いしそうだね?」


 呆れ顔のアユーンに、ヴィーは楽しそうに同意する。


「受け取り易い場所にいてくれ。人混みは他の人間に奪われる可能性があるから、少し離れているんだぞ?」

「わかった!何するの?楽しみ!」


 楽しそうに話す姉達を見て、ネスはアユーンに身を寄せて小声で指摘する。


「どうすんの?これ?」

「予想外の展開だけど、良い演出になるかな?」

「ヴィー、わかって言ってそうだな。」

「だね。ルビーより耳が良いんだよ、彼女。」


 呆れ顔の男二人を、オンブルが静かに見守っている。そんな中ラッパが高らかに鳴り響き、王の登場を知らせた。地面が揺れる程の歓声の中で姿を現した王は、濃緑の軍服に赤いマントと王冠を被り、明るい日の光の下、何処か神々しく、凛々しい姿をしていたのだった。

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