新たな日常3
お茶会の後は昼用ドレスから夜会用のドレスへと着替える。重たいドレスを着せられ、髪を結われ、化粧を施され、日に何度着替えるのだとヴィーは溜息を吐き出す。毎日のように繰り返していれば慣れるはずだがヴィーは未だに慣れず、ドレスは肩が凝ってしまう。だがその憂鬱は、レミノアからもらった物で多少軽減していた。
「ただの美しい髪飾りなのですけどねぇ。」
しみじみと呟いたマーナが手にしているのは、美しい青い宝石がついた髪飾り。これはレミノアから譲り受けた物だ。
「あまり弄っていると怪我をするぞ。」
ヴィーに苦笑を向けられたマーナは、はいはいと頷いて綺麗に結われたヴィーの髪へと髪飾りを数本差し込んだ。この髪飾りには仕込みがされていて、勢い良く振ると刃が飛び出す仕組みになっているのだ。自国内の貴族の家で開かれる夜会で何があるという事はないのだが、武器が側に無いと落ち着かないと零したヴィーへとレミノアが見せた仕込み武器の一つだった。綺麗な飾りよりも仕組みの方に興味津々で瞳を輝かせたヴィーを見て、やはり普通の姫とは違う風に育ってしまったのだなとマーナが溜息を零したのは誰も知らない。
「まるで夜の精霊のようですね。美しい白銀の御髪に青い刃を隠しているのが余計に魅力を増しています。」
ヴィーの支度が整うのを馬車の側で待っていたライのうっとりとした視線を受け止めて、ヴィーは甘い笑みを浮かべる。
「レミノア姫からもらったんだ。見覚えが?」
「はい。母のお気に入りの一つです。」
ヴィーの着ているドレスはライの瞳の鮮やかな青。サテン生地はヴィーが動く度にサラサラと音を立てて揺れる。ライの手を借りて馬車へと乗り込み、続いてライも乗り込んだ。扉が閉められ、馬車はゆっくりと走り出す。ガタガタと揺れる馬車の中、向かい合って座る二人は笑みを浮かべて見つめ合う。
「こうして毎晩貴方と共に夜会へ出向くのも、そろそろ終わりかな?」
寂し気に落とされたヴィーの呟きに、ライは浮かべる笑みを深くして手を伸ばした。膝の上に揃えて置かれていたヴィーの手を握り、親指で優しく甲を撫でる。
「何が聞こえましたか?」
「終わりの音だ。」
そうですかと微笑んだまま答えて、ライは赤紫の瞳を覗き込む。碧い瞳の奥には、燻る熱が揺れている。
「終われば始まります。そして私は貴女を手に入れる。」
「ライオネル、地位など関係なく、私は貴方の隣にいたい。」
「光栄です。愛しています、シルヴィア。」
馬車の中を満たすのはとろりとした甘い空気。馬車が止まるまで、二人は飽きずに互いの瞳を見つめ合っていた。
夜会の時、男性が帯剣するのは特に禁止はされていない。それは、前王が即位する前までイルネスが戦に明け暮れていた名残りの風習の一つなのだが、ライは夜会に参加する時に帯剣している事は一度もない。それは他国の王太子であるが故で、敵意が無い事を示す意味があった。
馬車から降りた二人が会場に入ると人々が一斉に礼をとる。人垣が割れた奥から現れたのは金の髪を短く切った紳士。碧い瞳が二人を捉えると、彼は嬉しそうな笑みを浮かべた。
「今宵のお招きに感謝致します、カールトン伯爵。」
ヴィーとライがそれぞれに礼の言葉を述べると、カールトン伯爵は右手を胸に、左手を腰に当てた礼をとる。
「ご機嫌麗しゅう存じます、シルヴィア王女殿下、ライオネル王太子殿下。昼間は娘を茶会にお招き頂き、夜には我が家に来て下さるとは、恐悦至極に存じます。」
「同席したレミノアもお嬢様とのお話は有意義だったと申しておりました。わたくしも、可愛らしい方々と同じ時を過ごせ、楽しませて頂きましたわ。」
「勿体無きお言葉に御座います。妻が申しておりましたが、ライオネル王太子殿下の妹君、レミノア殿下は政にもお詳しいとか?」
会場の中へと二人を案内しながらカールトン伯爵は会話を続ける。それに答えるのはヴィーで、ライは隣で穏やかに微笑んでエスコートに徹している。
「あまりに博識でわたくしも驚きましたわ。陛下とも話が合うようで、仲睦まじいご様子ですの。ねぇ、ライオネル様?」
「そうですね。まるで私と貴女のようです。」
「わたくし達も他の者から見たら、レミノアや陛下のように映るのかしら?」
甘く微笑み合う二人を見て、カールトン伯爵はこれは参ったと額に手を当てて笑った。
「お二方のお噂は聞き及んでおりましたが、ここまでとは存じ上げませんでした。レミノア殿下と我が国のシルヴァン陛下。シルヴィア殿下とライオネル殿下。二組のご成婚で前王ジルビオール様の念願、二大国間の和平が叶うのではないかと我々は期待しているのですよ。」
「わたくしと陛下も、父の意志を引き継ぎたいと考えておりますの。その為には皆様の助力が欠かせませんわ。」
「勿論です。我々も一丸となり、シルヴァン陛下のお力となる心算で御座います。」
「そのお言葉を聞けて嬉しいですわ。」
これまでにライと二人で訪れた夜会で繰り返して来た内容の会話をして、ヴィーはカールトン伯爵から忠誠のキスを手袋の指先に受ける。地道な宣伝活動だ。ぽっと湧いて出た失踪していた王女の存在と、元敵国の王女であるレミノアの存在をイルネスの中で確固たるものへと変えて行く。それを昼間は茶会で婦人や令嬢に、夜は爵位持ちの男性達へと人を変え場所を変え、毎日繰り返して来た。
夜会に訪れた他の客とも言葉を交わし、休憩を兼ねて二人はダンスをする。曲に合わせてステップを踏みながら、微笑み合う。
「わたくし、ダンスもこの言葉遣いも様になって来たと思いませんか?」
「初めの頃は少し頬が引きつっていましたからね。近頃は自然です。」
「あら、そうだったかしら?」
「えぇ、無理をなさっている様子が可愛いらしかったですよ。」
「わたくし、可愛いと言われるのは嫌いですの。ですが貴方に言われるのは嬉しいわ。」
蕩けるように微笑むヴィーを至近距離で眺め、ライの顔が真っ赤に染まる。すぐに気を取り直して、砂糖菓子のような笑みを浮かべたライが口を開いた。
「最近の貴女は甘え方が上手くなりましたね。うかうかしていると心臓が破裂してしまいそうになります。」
「赤い顔のライオネル様を見るのも好きですわ。いつもの仮面のような笑顔が崩れるのを見られるのは、わたくしの特権かしら?」
「私を動揺させるのはいつでも貴女です。愛しいシルヴィア。」
青いサテンのドレスがさらりと舞い、ライの髪を纏める赤紫のリボンが風に揺れる。
お互いしか見えていないという様子で微笑み合う隣国の王太子と自国の王女の姿を、多くの人間がうっとりと見つめていた。




