騎士と姫君5
腹が膨れ、侍女達が食事の後片付けをするのを見守ってから、欠伸をしたヴィーがごろんと寝そべった。それを見たレミノアまで寝転がり、ミアは戸惑う。寝転んでしまったら髪が崩れてしまうのが気になった。
「こんな所で昼寝か?」
目を閉じた二人を座ったままでミアが見守っていると、カサリと小さな足音がしてヴィーによく似た声が城の方から聞こえた。振り向いた先には、シャツに黒のスラックスという楽な服装をしたシルヴァンが一人で立っている。長い白銀の髪は、右側に緩く青いリボンで結われている。
「あら陛下、ご機嫌よう。休憩ですか?」
腰に片手を当てて呆れた顔をしているシルヴァンを見上げたレミノアがくすくすと笑い、その隣にシルヴァンはどさりと腰を下ろす。
「こんにちわ、王様。」
「見違えたな、踊り子の娘。似合っているぞ。」
「ありがとうございます。」
シルヴァンまでもがごろんと寝転がり、ミアは困ってしまう。
「レミノア姫、お前の兄は何処に消えた?」
「さぁ、存じ上げませんわ。」
「また街に出たらしいが、護衛が撒かれた。時々目撃する騎士達によると、あいつは民と交流しているらしいな。」
「見聞を広げているのですわ。羨ましいんですの?」
「まぁな。俺は毎日書類に埋れている。」
重たい溜息をシルヴァンが吐き出して、レミノアが体を起こす。そして、ぽんぽんと膝を叩いた。
「なんだそれは?」
「枕です。どうぞ。」
「ば、馬鹿か!そんな事出来ぬわ!」
「陛下、お静かに。シルヴィア様のお邪魔になりますし、ミアさんが驚いてしまいますわ。さぁどうぞ。」
真っ赤な顔のシルヴァンからミアは目を逸らす。ヴィーは目を閉じたままで何も言わない。
視線をうろうろと彷徨わせて、シルヴァンは笑顔のままのレミノアを見上げる。そしてそろりと動いて、頭をレミノアの膝へとのせた。
「しばらく、眠る。」
「はい。おやすみなさいませ、陛下。」
風がさらりと双子の白銀の髪を揺らし、ミアは黙ってそれを見守る。ミアの視界の端で、レミノアが優しくシルヴァンの髪を撫でた。その穏やかで慈愛に満ちた表情を見て、ミアはレミノアの気持ちを悟る。
王と姫、姫と王子の恋。寝物語で聞いていたものがすぐ目の前にあるのは、ミアにとって不思議な心持ちになる。しかも元敵国の王族兄妹が、双子のそれぞれに恋をしているのだ。
青く澄み渡った空を見上げたミアは、だけれど、と考える。過去に敵国だろうと、王族だろうと、側にいれば結局ミアやネスと変わらない人間で、一緒に笑って話も出来る。そんな彼らが幸せになれば良いなと、ミアは目を閉じて願った。
しばらくそうして四人が各々で静かな時間を過ごしていると、また誰かがやって来た。マーナとぼそぼそと会話をしているようだ。ミアが振り向いた先には、ヴィーをシルヴァンが迎えに来た時に一緒に居た男がいた。名前はなんだったかと考えていると、ミアの視線に気が付いて男は微笑み会釈をしてくる。それに会釈を返して、ミアは隣のヴィーを見下ろした。
「どうした、ミア?退屈か?」
目を閉じたままのヴィーに聞かれ、ミアは少し驚いたが首を横に振る。
「大丈夫。起きてたの?」
「あぁ。私が起きていると、ヴァンが意地を張る。」
ヴィーの言葉でレミノアの膝の上に頭を乗せて寝息を立てているシルヴァンを見て、ミアは苦笑した。姉の配慮だなと納得して、小声でマーナの側にいる男の事をヴィーに話す。
「デューか。ヴァンを迎えに来たんだろうが、レミノア姫という盾がいるからな。様子見しているんだろう。」
「そろそろ時間切れでしょうか?」
「そのようだな。」
ミアとヴィーの会話にレミノアが反応して、ヴィーの肯定の言葉でレミノアはそっとシルヴァンの額に触れる。
「陛下、陛下、デュナス殿がお待ちですわ。」
レミノアの手は、額から頭頂部までを優しく撫でる。
微笑むレミノアが見つめる先で、シルヴァンが身動ぎをして、両腕がレミノアの腰に回る。
「もう少し…」
ふふっとレミノアは嬉しそうに笑って、甘えるシルヴァンの髪を梳いた。
「わたくしも、もう少し、陛下との時間を過ごしていたいですわ。」
「レミノア…」
「なんでしょう?」
「………なんでもない。手間を掛けたな。」
腰に巻き付けていた腕を離してシルヴァンは起き上がる。その間、ヴィーは寝転んで目を閉じたまま、ミアも空を見上げて目を逸らしていた。
「陛下、またお疲れの時はいらして下さい。」
微笑むレミノアを見下ろしたシルヴァンは視線を彷徨わせ、赤い顔のまま何も言わずに去って行く。その背を見送るレミノアは、幸せそうに頬を緩ませていた。
「レミノア様は、王様が好きなんですね。」
シルヴァンとデュナスの背中が完全に見えなくなるまで待って、ミアはぽつりと呟いた。レミノアは、花が綻ぶように微笑んで頷く。
「お慕いしておりますわ。」
「私が連れ出してしまったからな。レミノア姫を探しに来たんだよ、ヴァンは。」
「そうなの?」
「あぁ。だから私は、寝たふりをしてやった。」
「陛下は、お仕事が煮詰まるとよく会いに来て下さるんですの。わたくしと過ごすのが気分転換になるのであれば、とても嬉しいです。」
「大丈夫。ヴァンは気を許していない相手の側では眠らない。」
「それは…とても、嬉しいです。」
ほんのり頬を染めて微笑むレミノアは、恋する乙女だなとミアは心の中で感想を漏らしたのだった。
日が翳り、庭での日向ぼっこはおしまいにして城の中へと戻った。まだネスは戻らないようで、三人はレミノアの部屋で時間を潰す事にする。
レミノアと会話してわかったのは、お姫様は意外と忙しいらしいという事だった。
貴族の令嬢やご婦人方とお茶会などで交流をはかり、そこから政に関する協力を得たりしなければならないらしい。レミノアはまだ妃候補の為にイルネスの政には関係無いが、今の内に仲良くしておかないといざ妃になった時に苦労するのみならず、妃になれなくとも、自国での評価にも関わる大変な仕事なのだとレミノアは言う。そして、そういう交流のない暇な時間には勉強をしたり、本を読んだり刺繍をして過ごしているようだ。
作った物を見せてもらい、刺繍の腕は中々のものだとわかった。
「王様とは、いつ知り会ったんですか?」
大分打ち解けて、相手が姫君だという感覚も薄れて来た頃、ミアは気になっていた事を口にした。庭での二人が良い雰囲気だった為に聞いてみたかったのだ。
「わたくしが十五の時ですから、もう四年になりますわね。」
「結構長いんですね!好きだなって思ったきっかけって、聞いても良いですか?」
「そうですわね…最初は大嫌いでしたわ。」
にっこり笑って放たれた言葉にミアは絶句する。窓際に座っているヴィーはというと、口元に手を当てて、くくくと喉で笑っている。
「お会いした時には既に妃候補としてでしたから、陛下は興味が無いと一刀両断で、会う度ツンケンとなさるんですもの。綺麗なのはお顔だけで、優しく無い方なのだと思いましたわ。」
「え?じゃあ、なんで…?」
「なんでかしら?きっかけなんてあったのかどうかわかりませんが、わたくしとしても娶って頂く事が仕事ですので、何度も突撃しましたの。」
当時を思い出すような瞳で、レミノアはふふふ、と優しく微笑んだ。
「何度もお会いする内に、陛下と言い合いをするのが楽しくなって来て、陛下の方でも、段々とシルヴィア様との思い出などを話して下さるようになったんですの。それで…気付いた時にはもう、陛下を好きになっておりました。」
「素敵ですね。」
「そうでしょうか?わたくし、嫁ぐのであればシルヴァン様の妻が良いのです。でも…そろそろ父が、痺れを切らしてしまいそうで…」
「え?それって?」
「もう十九ですので、イルネスが駄目ならば他国へと…」
「えぇー?!何それ?なんで?まだ十九じゃないですか!」
女性の婚期は十六歳から二十五歳までが一般的で、それからするとレミノアはまだ余裕がある。驚いたミアに、レミノアは優しく微笑んで教えてくれた。
「王族は子を生さねばなりません。その為に、女性は十四から二十。遅くとも二十二歳までには何処かに嫁ぐものなんです。」
「じゃあ、王様が答えを出してくれないと、恋が叶わないの?」
笑みを浮かべて頷いたレミノアを見て、ミアは泣きそうになる。そんなミアの肩をヴィーが優しく叩いた。
「大丈夫。最後の駒が、私だよ。」
当然ミアにはヴィーの言葉の意味がわからない。だがレミノアまでもが、首を傾げている。
「ヴァンには、後ろ盾になる身内がいない。敵国だったバークリンの姫が嫁ぐには、イルネスには不安があった。」
反発する貴族が多くいるのだ。バークリンの姫など何を考えているかわからない、バークリンはイルネスを乗っ取るつもりだと主張する者たちがいた。それだけならば側妃に迎えるだけで両国の体面は保たれる。だが問題は、シルヴァンもレミノアに好意を寄せてしまっている事と、妃は一人しかいらないとシルヴァンが心に決めている事にある。
宰相は元王妃の父で、その元王妃は前王を殺している。ガーランド一家はシルヴァンの支えではあるが、元が他国の生まれだ。彼らでは後ろ盾としては弱過ぎる。
「そこで私が登場だ。私には貴族達も国民も好意的だ。そんな私がレミノア姫の後ろ盾となれば良い。そうすれば、反対派の貴族達を黙らせられるんだよ。」
「シルヴィア様、そう簡単にいくものでしょうか?」
不安そうなレミノアにニヤリと笑い掛け、ヴィーは自信満々に頷いた。
「私を見つけたのは貴女の兄上だろう?それなら、信じられるか?」
「そんな…でも兄上は、本当にシルヴィア様を」
「わかっている。彼が私を見つけたのは偶然だ。私がいなくとも彼ならなんとかしたさ。ただ目標達成が早まる駒を手に入れただけ。それに私は協力する。」
ミアは、ヴィーが大丈夫だと言うなら大丈夫だと経験で知っている。王と姫の恋が叶うのを間近で見られないのは残念だが、上手くいけば良いなと、心から思った。




