3.私は前に進みます
「長らくご迷惑おかけしました」
孤児院の居間。風呂あがりの私はニル、ポチ、お子様たちの一同に改めて頭を下げた。
あの事件から二週間、私の心を支配し続けた漠然とした不安はきれいさっぱりなくなっていた。
まるで生まれ変わったような気分である。……私がいうとシャレにならないが、本当に頭にかかっていた霧が晴れてすっきりした。
いろいろと恥ずかしい姿、情けない姿を見せ続けたけれども、
「どうってことねえっすよ!」
「ええ、そうですわね。どうというほどのことではないですわ」
ポチにニルにお子様たちも、私が信じる彼らは信じた通りあっさりと許してくれた。
そのことが嬉しくて、いつになく頬が緩んでしまう。えへへ。
「リンゴ姉さんが元気になってー良かったです」
と、同じく風呂あがりのミケも嬉しそうにしてくれた。
「ミケ。まだ、腕を治すのには時間がかかるけれど、待っててくれるかい?」
「どーせなら、翼になって空飛べるみてーなやつがいーです」
いたずらっぽくミケが笑う。
「あはは。それだとずいぶん時間がかかっちゃいそうだよ」
「いーですよ。五年でも十年でも百年でも、ゆーっくりやって欲しーです」
見合わせて、私もミケに笑いかける。
あんなに言い難かった言葉だったのに、こんなに簡単だった。
私って莫迦だったんだなぁと照れくさくなる。
「これで、リンゴも復学できますわね」
「あー……授業進んじゃったよねぇ?」
「あら、天下の大魔術師リンゴともあろうお方が、二週間の遅れ程度におののくのかしら?」
「はいはい、期待にはお応えしますよ」
袖にするよう対応すると、ニルも満面の笑みを浮かべた。
私にあわせてミケも復職できるよう準備することにした。幸いミケは読みも計算もできる。配置は変わるだろうけれど仕事は必ずある。
「まあ、私がアナーク学園長にねじ込めばどうにでもなる……してみせる……ふっふっふ」
「リンゴ。何か悪い顔してないかしら?」
気のせい気のせい。
その他こまごま、停滞していた二週間をどうしていくか話し合う。多少の手間はあれど解決できないくらいの難事はなく、同時にそれだけのことを許されてきたのだな、と改めて私はみんなに感謝した。
そして、一通りの予定が立ったところで、
「リンゴとミケさんに大事な話がありますの」
ニルはこう切り出した。
「あん? 姫さん、僕は?」
「ポチさんは……ポチさんですし」
「ポチだもんねぇ」
「ポチ公じゃねーですか」
「だから、僕は何なんすか!?」
流れるように展開したポチいじりはさておいて。
「ポチさんも当事者ですけれども、特にリンゴとミケさんにとって大事な話ですの」
つい、とニルは何枚かの紙束を取り出した。
「――ミーシェ・シャル誘拐ならびに暴行事件に関するカルヴァリン子爵家の審問があります」
ミケの事件と銘打ってあるが、その紙束に書かれているのは大半が別の嫌疑についての調査と供述。
うわさであった新開発の武具はすでに完成しており、そのうちのいくつもが子爵邸から発見され、また関係者の家や集会場といった場所でも見付けられるに至り、王家と諮問機関たる元老院はこれを反乱の準備であったと断定。ミケに対して、白昼堂々誘拐を行ったことや尋問を行ったこともこれを裏付ける証拠とされた。
なので、これから行われる『審問』とやらの中身はただの『見せしめ』に相違ない。
「リンゴとミケさんとポチさんは……これに参加する権利がありますわ」
しん、と静まり返る。
八秒か九秒か、そのくらいして最初に口を開いたのはミケだった。
「あたしは、いーです。拷問見て喜ぶ趣味はねーですし、参席者に顔覚えられんのもたまんねーです」
「僕もいいや。正直、あの子爵野郎はもっとたっぷり斬ってやりたかったけど……子爵野郎じゃなくてその係累、どうなるか決まってるやつらの顔を見ても気分悪くなるだけだろ」
二人が答えたことで視線は私に集まる。
「私も遠慮する。ミケが行くなら行くけれど……多分、見てもすっきりしないどころかむしろ吐くし。結果は確実なんだよね?」
「ええ、わたくしたちの誰が参加しても参加しなくても変わりませんわ。……とはいえ、わたくしの参加は決められているんですの……憂鬱ですわ」
情報を搾り取られ済みの、しゃべるどころかどの程度生きているのかすら定かではない人間だった物体が一応、審問されるだけなのだ。子爵本人ならまだしも、どこまで関係あるかすら怪しい相手のその姿に気分を晴らすことはなかなかできないだろう。
「ああもう、気分が滅入りますわ! 夏季休暇の話をしますわ! しまして! するんですの! リンゴに恥ずかしい水着を着せるんですわ!」
「あああああ。ニル、忘れようよ。それ忘れよーよー!」
「お姫様、リンゴ姉さんが着るってー恥ずかしー水着について、詳しく聞きてーです」
「ミケ、なんで食いついたの!?」
「リンゴは、わたくしのデザインした水着なら何でも着ると約束したんですの」
「あれ、そんな約束だったっけ? ちょっと違わなくないかい? ねえ、ねえ、ねえってば!?」
「リンゴ姉さんは、露出度上げた系統よりこーいう系統のが恥ずかしがるです」
「なるほどですわ!」
「なるほどじゃないよ! あと、ミケ、どういう視点でアドバイスしてんのさ!?」
「え、僕はこういう露出度高いやつの方が「何を言ってんのさ」「リンゴをいやらしい目で見ないで欲しいですわ」「ポチ公は恥を知れです」だからぁああああ、なんで僕だけこうなんすかぁあああああ!?」
こうして私たちは笑い合った。
『学園』生活も、その先に待っている夏休みも、さらにその先もその先も、きっと楽しいことがいっぱいあると信じられたから。
――そして、私はいろいろなヒントを与えられていたのに見逃した。
この日が物事を小さく留める最後のチャンスだったのだと、後に私は気付くこととなる。
審問に出ていれば。
新造武器を気にしていれば。
ミケ救出時のことをもっとよく思い出していれば。
スった財布の中にあった小石の意味をよく考えていれば。
財布をスられた子爵の係累と思しき生徒をあの日から見かけなかったことを不審に感じれば。
いくつかの偶然といくつかの必然があって、私は多くのヒントを目にしてきた。
それを幸運にできなかった責任は、おそらく私にあるのだろう。
物語は『勇者』という名の軸を得て、激しく回転し始める。
ここで前半部の物語はおしまいとなります。
明日は終了時点での登場人物の紹介と、次のお話への誘導となる予定です。
更新時刻は22時を予定しています。




