ポチの知るリンゴ
「鬱展開キツい」という声が多かったので、ちょっとイベント省略して駆け足です
こほん、と姫さんは咳払いをひとつした。
「では、第三回『リンゴを立ち直らせよう会議』の開会を宣言しますわ!」
場所は孤児院。僕らは、広さのある居間にテーブルとイスを残したまま意見を書きつける黒板を持ち込んだ。
開会を宣言した姫さんは黒板の前に立ち、イスに座る僕とミケ姉は小さな拍手で応える。
「わたくしたちは、これまで過去二回、実りのない会議に袖を濡らす羽目となりましたわ……」
「実りがないってーか、姫さんが突撃してリンゴさんに怯えられてただけだったよな」
「うっ……!」
ミケ姉らの事件後、リンゴさんはすっかり落ち着きを失った。
その状況をどうにかしようと、姫さんがいつもの調子でリンゴさんにぶつかっていって、そのまま怯えられた。これまでのことを思えば自業自得という気もしないでもない。
「わたくしは、最初からあのような態度でしたから……どうしていいかわからないんですわよ……」
しょぼくれる姫さん。元気のない姿は本当に珍しいな。
「まー、姫さんの態度って、アレだろ? リンゴさんならなんでも許してくれるーって信頼だったんだろ?」
「ですわ……」
「リンゴさんもそりゃわかってんだよ。つーか、『甘えん坊の妹ができたみたいで面白いよ』って言ってたし。そう、しょげるこたぁないだろ」
「ぽちさん……」
姫さんは迷惑行為スレスレなことをしょっちゅうしでかす。
リンゴさんと一緒になって僕をいじるし、リンゴさんに魔法教えろと迫るし、リンゴさんを着替えさせようと追いかける。
でも、一線は超えない。
可愛がられた末っ子気質というやつかもしれないが、姫さんは『親しくしたい相手に多少の迷惑をかけること』で信頼を表現する。めんどくさいっちゃめんどくさいが、本当に心から嫌われるような真似はしない。するとしてもフリまでだ。
だから、姫さんはその信頼の示し方ができなくなってしまったリンゴさんとの付き合い方がわからず途方に暮れているというわけだ。
「んんっ……ともかく、わたくしたちの前回までは失敗でしたの! しかし! 今回は違いますわ! 今回の会議には彼女が駆けつけてきたんですの! さあ、皆さん、拍手ですわ!」
「……お姫様、そのノリはよくわかんねーですよ?」
紙吹雪まで撒いていた姫さんが盛大に滑った。
「か、構いませんわ! こういうものは、勢いが大事ですの!」
「そーいうもんです?」
「ですわ!」
姫さんが力技で強引に押し切った。
「それで、ミケさん。リンゴの様子はどうなりまして?」
「あたしの見る限りじゃー、少しずつ回復してるよーに思えるです」
リンゴさんとの会話は徐々に硬さがとれてきている。
最初は、どもり、怯えられ、しばしば泣き出されていたが、二週間を経過した今ではそれらが大分解消され、話の最中に多少の冗談も混ざるようになってきた。これをもって、ミケ姉は回復してきていると判断したのだろう。
――ただ、僕の考えだとそれは少し違う。
「回復っつーか、リンゴさんは学習したんだろ」
「学習……ですの?」
「なんつーか……んー……」
こういうの解説するのは苦手なんだよなぁ。僕は頭悪いから。
「リンゴさんは状態が変わらないまま、『こう応対したら怒られない』を学んだんじゃねーかなって……」
つまり、冷静になって言葉を受け止める余裕はできてきたけれども、立ち直ってきたわけではなく問題を胸に抱えたままだというのが僕の見方。
「……」
ミケ姉が押し黙る。思い当たることがあったんだろう。
「ああもう、でしたらわたくしたちはどうすればいいんですの!? 子爵家の一族郎党の首でも並べればいいんですの!? もう彼らなら捕まえてありますわ! やるならすぐにでもできるんですわよ!?」
ばしんばしん、と姫さんは黒板を叩いた。
「姫さん、落ち着けよ。そういう問題じゃねーってわかってるだろ?」
「わかっていますわよ……わかっているから苦しんでいるんですわよ……!」
姫さんは握り締めた拳をぶるぶると震わせていた。
その憤りや苦しみがリンゴさんやミケ姉を真剣に想ってのことだとわかるから、僕としてはありがたくもあった。
「ポチ公は、リンゴ姉さんがこーなったのを見たことはねーですか?」
「……一応あるっす」
一瞬考えて、僕はミケ姉にそう答えた。
「ポチさん、その話を詳しく聞かせてもらえないかしら?」
「お願いするです」
「リンゴさんに口止めされてるんだけど……まあ、こんなときだしリンゴさんも許してくれるっすよねー……?」
僕の目線の先にはリンゴさんの部屋。居眠りした隙を突いてこうして会議をしているというわけだ。
「――ガーナ市の近くの森。姫さんも僕らと行ったあの森に、人を襲う野獣が現れた時期があったんす」
どこかからやってきたのかそれとも旅人でも行き倒れたのか、ともかくその野獣は人の肉の味を覚えていた。
「僕の記憶が正しければっすけど……襲われてケガを負った市民の数は四名、行方不明になった市民の数は三名。野獣は全長で五ヤーグほどの超の付く大物だったと聞いてるっす」
襲われた市民の証言が集められ、すぐさま大討伐隊が結成された。その中には、当然リンゴさんの姿もあった。
「討伐中に大事故でも起こったってーんです?」
ミケ姉の疑問に首を横に振る。
「野獣の討伐は、リンゴさんの協力もあって、たった一週間で終わったんすよ。討伐隊も軽傷以上のケガ人はゼロ。完璧な内容だったっす」
加えていえば、予算もずいぶん抑えられた。リンゴさんがほとんど無償で力をオヤジに貸してくれたのが大きかったという話だ。
ともかく、討伐自体は何も問題がなかった。
「討伐の帰り、リンゴさんたち討伐隊は市民の小さな女の子に会って『森の危ないのはなくなったの?』と聞かれたそうっす。そこで、リンゴさんたちは『ああ、森の危ないのは私たちがちゃんと退治してきたから大丈夫だよ』と答えちまったんす」
何も間違ってはいないやりとりだった。
「……一週間後、その女の子が森の中の沢で発見されたっす」
女の子に答えたとき、リンゴさんだけでなく大の大人が何人も何人もその場に居た。少なくとも、リンゴさんひとりを責めるような理由はなかったし、女の子の両親ですらリンゴさんも討伐隊も責めなかった。
「二週間ほどリンゴさんは今みてぇな状態になって、女の子の両親にすげぇ額の香典を無理矢理押し付けたっす。それで、ようやく元の調子に戻っていったっすね」
それがいくらなのかはわからないが、オヤジの口ぶりから家が建つくらいの額だと想像できた。
「……どうして、リンゴはそれほど関係が薄いことにまで責任を感じるのかしら?」
姫さんが苦しそうに声を出した。
「多分、リンゴさんは『助けられる』から」
「助けられる?」
「姫さんならわかんじゃねーか? 『子爵の一族郎党捕まえてあるから、リンゴが元気になるなら今すぐにでも首切る』って言い出しただろ? アレって『ミケ姉にひどいことをしたやつら』だからそこまで言えたんだろ?」
今の姫さんがどれだけの権力持ってるかは知らないが、もしミケ姉が本気でやつらを憎んでいるなら、多少の道理は引っ込ませてみせるだろうと僕は予想している。
「でも、それとこれとは違いますわよ」
「同じことだ。『前もって何かしていれば悲劇を発生させずに済む力があった』から苦しむ。リンゴさんは、できることの範囲がきっと僕らの想像できる範囲よりずっとずっとでかい。王だの貴族だのを鼻で笑えるくらいでっけえ責任があるんだろうな」
リンゴさんはとんでもない魔法の力を使える。
だが、その代わりに常に力をセーブしたまま他の人の何百倍もの回数開催されるハンデ戦で全勝しないといけない。
「無視すればいいじゃないですの! どうして……っ!」
姫さんは継承権を棄てたとはいえ王族だし、僕は無爵位とはいえ貴族の嫡子。持っている力は平民よりずっと大きいし――それにあわせて無視してきた物事の数も多い。
だから、僕らは惹かれる。
『リンゴ・ジュース』という名の、理想でありながら絶対に無理な生き方に。
「――リンゴさんは、優しすぎんだろ」
真正面から向き合わなくちゃいけない問題じゃない。
諦めて脇にそれれば良いだけの話。
ただの不幸で、被害者本人すら納得している終わったこと。
――リンゴさんは『大恩人と自分を慕うミケを裏切り、その腕を切り落とした加害者になってしまった』のだと思い込んでいる。
それが最大の相違で、一番の間違い。
「……なるほど、そういうことでしたの」
「ですか」
「ま、多分そーいうこった」
ミケ姉の腕を奪ったのはあの子爵野郎で、その大本の原因を作ったのはミケ姉のスリ。リンゴさんは関係ない。
「わかりましたわ! それならば、リンゴに正しい認識を植え込めばいいだけの話ですの!」
「お姫様。何か、いー案があるです?」
「ええ、とびっきりの方法を思い付きましたわ。ふふふ……これで、リンゴはわたくしのものですわぁ……」
「おいちょっと待て姫さん。リンゴさんは渡さねえぞぐはっ!?」
げし、とミケ姉の肘を喰らう。
「ポチ公じゃリンゴ姉さんには釣り合わねーです」
「み、ミケ姉、だ、だからって姫さんなら釣り合うってこともねっすよね?」
ミケ姉はきょろ、きょろ、と僕と姫さんを見比べて、
「お姫様ならいーです」
「ふふん」
「えええええ!?」
おいおいおいおい。
「いやいや、ミケ姉。待ってくれっすよ。リンゴさん、女。姫さん、女。僕、男。ほら、姫さんより僕のが自然っすよね!?」
「ふ」
「鼻で笑われた!?」
え、なんで? 姫さん、なんでミケ姉の評価高いの?
「こんな大事な推測黙ってたポチ公にゃーリンゴ姉さんはぜってーやれねーです」
「い、えっ、ちょ、違うってミケ姉! だって、前のときも二週間くらい話しできる状態じゃなかったし!」
「そういえば、ポチさんが口止めされていたリンゴの過去を勝手に話してしまった件もありましたわね」
「ちょ、姫さん!?」
「あたしも証人になるです」
「ひどっ!?」
わいわい、と。その後しばらく僕はいじられた。
こうして、リンゴさんこそ居ないものの、孤児院では二週間ぶりにミケ姉と姫さんが楽しそうに会話している姿が見られた。




